第22話 道具ゲット

 馬で北へ進むこと十五分くらい経過するところで、ガイアたちの馬車があるところまで到着した。ガイアたちが「街道」と言っていたが、俺の想像していた街道と少し様相が異なる。

 街道は石畳の道が広がっているのかと思いきや、草を抜いて土を固めただけの簡易的な道で、幅も馬車一台分くらいしかない。


「ガイア、この道はどこまで続いてるんだ?」

「俺はこの辺りまでしか来ねえからなあ。ニーナ」


 俺の問いかけにガイアは頭をボリボリとかいてニーナの名を呼ぶ。

 

「ほんまにガイアはいつもてけとーやな。りょうちゃんは街や村の位置を知らんかったんやっけ?」


 やれやれと言った風に長い耳を真ん中で下へ折り曲げて肩をすくめるニーナ。

 

「うん、ここから外に出たことが無いからね」


 俺の「設定」は現実と同じで「外部の知識が全くない」でガイアたちが納得してくれたから、この辺り下手な嘘をつかなくて済むから助かるぜ。

 

「そうやなあ……うちらが逢引したヒュドラの鱗の場所を中心に説明するで?」

「あ、逢引って……そ、それで頼む」

「うちらの逢引場所から南に行くと断崖絶壁があるねん。ほんで北に進むと今いる街道。ここからがーーーっと西に進んだら――」


 ニーナの説明は簡素で分かりやすい。

 今いる場所を中心に考えると、南に断崖絶壁……つまり俺たちの拠点「窪地」がある。西に進むとバーデンという小さな街。更に西に進むと大きな港街ジルコンがあるらしい。

 ガイアたちはバーデンとジルコンを中心に活動しているとのこと。そして、ここから北北東にも村があり街道はその先にもまだまだ続いているそうだ。

 南東方向に進むと悪魔族の勢力圏で一般の人は近寄らないと言う。

 

「悪魔族?」


 俺は知らないフリをして彼らに問いかけてみる。

 

「悪魔族と人間は昔っからなんやかんやあるねん。ほんまエルフまで巻き添えにせんといてほしいわ」


 んー、これだけだと何のことか分からないな。もう少し聞いてみたいところだったけど、ガイアが会話に割り込んできた。

 

「良介、悪魔族に会ったら逃げろ。奴らは死に物狂いで人間を倒そうとしてくるからな。あんたがヒュドラを倒した場所なら分かるだろ?」

「ああ」

「あんたが来た南側……南東方向は悪魔族と人間の勢力圏が入り混じるところなんだぜ。どこで生活をしているか知らねえが、断崖絶壁をぐるりと回って南東には行くなよ」

「断崖絶壁から南東は悪魔族の住処なのか?」

「おうよ。やっこさんの村はもっと遠いところにあるらしいが、奴さんらは飛べるからな。人間より行動範囲が広い」


 なるほど。それだったら俺が悪魔族と会っていないと逆に不自然かもしれないな……。俺は南西方向に住んでいることにするか。それなら悪魔族と会っていなくても不思議じゃない。

 いっそ、窪地に住んでると打ち明けるか? いや、まだその時じゃないな。

 しかし、ガイアたちとライラに接すれば接するほど俺の疑問は深まってくる。

 彼らは悪い言い方をすれば超のつくほどのお人よしだ。相手を騙そうとか搾取してやろうという悪意をまるで感じない。実はそうなのかもしれないけど、話は通じるし理解も見せる。

 現代社会なら人と人は生暖かい優しさで接しているが、これは物が豊富にあるから便利な社会インフラが整っているから人の精神に余裕が出て倫理感を重んじることができるからだと個人的には思っているんだ。

 一方、異世界は生きていくのにギリギリとは言わないが食べるためにほとんどの労働時間を割いているんじゃないだろうか? つまり余裕がない。

 にも関わらず彼らはこんなにも人がいいんだ。

 

 ならばなぜ、悪魔族と人間という種族の違いだけでこうも反発しあうのか? ライラとガイアが直接会って理解しあえばわだかまりはいずれ解消されていくように見るんだけど……。

 

「どうしたん? りょうちゃん、悪魔族とうたことあるん?」


 ニーナの問いかけに俺は心臓がつかまれたようにドキリとする。

 まさか考えていることが読まれたわけじゃあないと思うが……。

 

「あ、いや。もし会ったら捕まえてみようと思って」


 適当な言い訳をすると三人は目を見開いて驚く。

 しかし、ガイアがすぐにガハハと大きな笑い声をあげながら、俺の背中をバシバシと叩いた。

 

「そいつは面白れえ。捕まえたら俺にも会わせてくれよな!」


 痛いって、ガイア……叩きすぎだよ! ガイアは見た目通り力が強いみたいで軽く叩いているつもりなんだろうが時々咳が出そうになるほどの衝撃を背中に受けるからなあ。

 いや、悪気が無いのは分かるから悪い気はしないんだけど。

 

「大魔法使い様、あなた様にとって些事かと思いますが、悪魔族は魔法も弓も使いますからご注意を」


 今までずっと黙っていたヨハンが懸念点を述べた。

 魔法か、確かにライラは魔法を使っていた。彼女は自分は「生活魔法くらいしか使えない」とか言っていたなあ……。

 ライラしか見ていないから実感がわかないけど、実は悪魔族ってとっても強い種族?


「そんなに危険なのか? 悪魔族って?」

「まあ、好き好んで悪魔族とやり合う戦闘狂もいるが、俺はなるべくならご遠慮願いたいね」

「戦闘力の平均値は高いと推測されます。最低でも中位の冒険者クラスの実力はあるそうですよ」


 ひやりと冷や汗を流しながら、二人に聞いてみると口々に聞きたくない情報が飛び込んでくる。

 悪魔族……お会いしたく無くなってきた……。


「雑談が盛り上がってきたところ悪いんやけど、そろそろ荷物を見いひん?」

「おう、そうだな。見て行ってくれ!」


 盛り上がる俺たちへ目を向けニーナが呟くと、ガイアが俺の肩を叩き馬車を指さすのだった。

 

 ◆◆◆

 

「まずこれが依頼されていた物だな」


 ガイアは大きな布袋を引っ掴むと俺へ放り投げた。

 あ、危ないって! 刃物も入ってんじゃないのこれ?

 

「開けていいかな?」

「おう。もちろんだぜ!」


 布袋を地面に置いて手触りを確かめてみる。ん、これは麻かココヤシの繊維のようにザラザラして荒い繊維でできているな。丈夫そうだし、大きな袋自体も活用できるからありがたい。

 紐で括られた口をほどき、袋を開く。

 中には大きな袋と同じ材質でできた袋ときめ細かい繊維でできた袋が入っていた。

 荒い繊維でできた方を掴み開けてみると、ノコギリ、ノミ、カンナといった大工道具が入っている。ナイフも二本入れていてくれたようで大助かりだ。

 お、おお。砥石まであるじゃないか。素晴らしい。

 

「刃物はそんなところでいいか?」

「ああ。助かる」

「もう一つは服と布が入っている。俺じゃあどんなのがいいか分からねえから、ニーナに見繕ってもらったんだぜ」

「さっそく見てみるよ」


 きめ細かな繊維……これは亜麻かなあ。まさか生糸ではないだろうし……。亜麻は熱帯では生育しない。もっと冷涼な地域から持ってきたか、近くに高地があるのかどちらかだろうなあ。

 いずれにしても人間は広い範囲で交易していることが亜麻から分かる。


「その布が気に入ったん? その中には亜麻の布ボルトは入ってへんけど、馬車には積んでるで?」


 俺の様子を見て取ったニーナが口を挟む。

 布ボルトって余り聞き覚えの無い言葉だけど、たぶん長い棒に布を巻物状に巻き付けた物だと思う。

 手に持つ袋の中身を見てみると、俺の予想どおり布ボルトが二本出てきた。少し灰色ががかった白と藍染めされたコバルトブルーの物だ。

 触った感じ、これは綿だな。綿はあるんじゃないかと思っていたから、納得すると共に非常にありがたい。綿製品には慣れ親しんでいるし、肌触りも俺にとってこれが一番だからな!

 

 他にはズボンが二本とボタンの付いていないV字型に胸元があいたシャツが二枚入っていた。

 ん、何故か女物らしき短いスカートとノースリーブのシャツが入っているじゃないか。

 いぶかしむ俺にガイアがニヤニヤとした顔で声をかけてくる。

 

「それは俺が気をきかせてニーナに頼んだんだぜ。いるだろ? 連れ込んだ時に」

「ちょ! そもそも人がいないだろ、この辺は!」

「呼べばいいじゃねえか。任せろ」


 そんな自信満々で言われても……。困る。


「馬車の方も見てみてや。いろいろ持ってきてるで」

「ありがとう」


 ニーナが馬車の幌を開くと、俺は馬車の中に入り中身の説明を彼女から受ける。

 彼女は道具が手に入らない俺に何が足りないのかをきちんと考えていて、欲しい物が次から次へと見つかった。

 変な喋り方だけど、彼女はなかなかのやり手なのかもしれない。

 

 モルタルの材料などの建材、針と糸などの小物類、食器やフライパン、ポチが運搬するための背に乗せる神輿のような台車……などなど多数の物を手に入れることができた。

 手に入れた物を満足気に見ていると、ニーナが思いついたように手をポンと叩く。

 

「今回は持ってきてへんけど、鶏くらいなら持ってこれるで」

「ほ、本当か! じゃあ、家畜動物も欲しいな」

「りょうちゃん、おっけーや。まだまだ鱗代には足りひんから、持ってくるわ」


 うおお、牛は飼育できるか分からないけど鶏やヤギならいけると思う、鶏卵食べたい……。

 俺はこの後、彼らと昼食を楽しむのだった。

 

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