第23話 スカート

 ポチに神輿を乗せて皮ベルトでしっかり固定し荷物を載せると、彼は軽々と立ち上がり「わおん」と一声鳴く。


「ポチは力持ちだなあ!」


 俺はポチの首元をわしゃわしゃと撫でると彼は気持ちよさそうに目を細める。

 

「良介、また四日後に来る。気を付けてな!」

「ああ、いろいろとありがとう! ガイア」


 ガイアと固い握手を交わすが、彼の横に立つヨハンが何か言いたそうに口を開いては閉じてを繰り返しているのが目に映った。

 

「ヨハン、どうしたんだ?」

「あ、いえ。この犬のような生物は大魔法使い様の使い魔なのですか?」

「いや、俺の飼い犬ペットだよ」

「な、なんと。魔法の縛り無しにこれほどの生物を使役しているとは……恐れ入りました!」


 ヨハンは感激したようにワナワナと震えている。またしても勘違いの溝が深まった気が……。

 

「りょうちゃん、これワンコみたいに見えるけどちゃうの?」

「ああ、犬だよ」


 うん、紛れもなく犬である。特技は巨大化。

 

「大きさが変えられる犬なんて聞いたことも見たこともねえな」

「おっちゃん、これ妖精犬クー・シーとちゃうか?」

「いえ、伝説上の妖精犬クー・シーでしたらサイズは変わらないはずです」


 三人は何やら口々に囁きあっているけど、ポチはポチなのだ。

 彼が巨大化の能力を持とうとも、俺にとっては可愛いペットということは変わらない。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「おう! 気をつけてな!」


 三人は手を振って俺を送ってくれた。俺はポチの首元に捕まると、彼はゆっくりとした速度で元来た道を進んでいく。

 

 ◆◆◆

 

 窪地に降りて拠点が見えてくると、俺たちの姿に気が付いたライラが手を振り一目散にこちらに駆けてきた。

 俺はポチの歩みを緩めると彼から降りる。

 

「戻ったよ、ライラ」

「良かったです!」


 ライラは両手を広げて、ハッとしたようにまた腕を元の位置に戻す。

 その動きが微笑ましくて、俺はついつい声を出して笑ってしまったのだった。

 

「良介さん、意地悪です……」

「ごめんごめん」


 俺はライラの頭を撫で、彼女の肩を叩く。

 一方のライラは撫でられるままに目を細めていたものの、まだ拗ねているご様子。

 分かった、分かったって。あまりいじると後が怖そうだ……。

 

「……ん」


 そのまま腕を回しライラを軽く抱きしめると、ようやく彼女は満足気に俺の胸に顔を埋める。


「心配かけたな。でも、全く問題なかったよ」

「そうでしたか。さすが良介さんです。でも、少し意地悪です……心配したんです……」


 じとーっと上目遣いで見つめてくるライラの頭を再度撫でると、俺は彼女から体を離す。

 心配かけたんだから、抱きしめて欲しいってのは充分に分かった。分かったからもうその目はやめてくれよ……。

 

「いろいろ荷物があるんだ。手分けして荷物を降ろそう」

「はい!」


 ◆◆◆

 

 ガイアたちから受け取った物を次から次から荷降ろししていって、最後にポチ専用神輿をオープンデッキに降ろす。

 

「ん、雨に濡れると余り良くないな」

「家に運び込みますか?」

「いや、手軽に建物を作れるんだから、ブロックで倉庫を作ってしまおう」


 俺は近くの木をブロック化させて、ポチの神輿が余裕で入るほどの小屋を作成する。床は家と同じでブロックを少し積み上げた高床式にした。

 小川の近くだから、増水対策はしておくに越したことはないからね。


「良介さん、扉はどうされますか?」

「せっかくだから、大工道具で作ってみようかな」


 そうは言ったものの木を切り倒して板にするのはなかなか大変な作業だよな。ブロックで家を作っていたからお手軽に思えるけど、本当は扉一つ作るのだって相当な時間がかかる。

 腕を組んで悩んでいると、ライラがおずおずと口を挟む。

 

「良介さん、まずは荷物を全部整理しませんか?」

「そうだな。後からやり方は考えようか」

「はい!」


 荷物を家の中に入れる物と、倉庫に入れる物に分けて運び込んで行く。荷物のうち保存の効く食料は、ブロックを箱状にして密閉することにした。それ以外は平積みにしている。

 

「よっし、こんなもんかな」

「はい。でも、良介さんらしいですね」

「ん? そうかな」

「ええ。武器は一切無くて、食料や布、道具を重視したんですよね」

「あ、まあ。一応、手斧があるじゃないか」

「それは……武器として使うつもりがありませんよね……」

「う、うん」


 いや、弓とか剣とかもガイアたちは準備してくれていたんだけど、持っていたところで使いこなせるわけがないじゃないか。

 どっちも持ったことさえないしな……。弓はいずれ暇になったら練習してもいいかもしれないが、狩りに使えるほど上達するには何年かかるのやら。

 あ、そういえば。

 

「ライラ、弓を使えるの?」

「……」


 ん? ライラが急に口をつぐみ、うつむいてしまったじゃないか。

 悪魔族は弓が得意とかガイアたちは言ってたから聞いてみたんだけど……まずいことを聞いちゃったかな?

 

「あ、いや、深い意味はなかったんだ。忘れてくれ」

「あ、あの。良介さん、私……弓が苦手なんです……鳥さえ狩れない程に……だから、採集ばかりで」

「ああああ、いや、弓くらい使えなくたっていいじゃないか。俺なんて持ったことさえないから」

「あ、悪魔族は弓を幼いうちから練習するんです……でも私……」


 あああああ、地雷を踏んでしまったようだ。

 何か、何か……。

 

「あ、そうそう、ライラ。布をもらってきたから服にもタオルにもできるぞ。針と糸もある」


 ライラはクスッと可愛らしい声を出すと、袋から服を取り出していく。

 へたくそな俺の話題逸らしがおかしくなったのかな? それでも、笑ってくれて嬉しいよ。

 ん、んん。ライラが裾の短いスカートを掲げて、微笑んでいるじゃないか。


「そのスカートはライラが使ってくれていいから」


 ライラが気に入ってくれたのかなと思ってそう言ったものの、次の彼女の言葉がとんでもないものだったのだ!

 

「良介さんが履かれるんじゃないんですか?」

「いや、そんな趣味はないけど……そのスカートはライラが使うといいよ」


 ライラは彼女らしくないニヤリとした表情で俺を見つめていたけど、何かに気が付いたのか表情が固まってしまった。


「どうしたの? ライラ」

「……」


 ライラは黙ったまま、不安気にまつげを震わせる。

 あ、そうか。そういうことか! 分かっていたのに彼女へ説明が足りなかった。


「ごめん、ライラ。不安にさせてしまって」

「いえ……良介さんが私のためを思ってと分かっていますので……」

「いや、そうじゃないんだ。君のことを人間に話をしたわけじゃないんだよ」

「では、このスカートは……。やはり、良介さんの趣味ですか?」


 だあああ。なんでそうなる。

 俺は頭を抱え、天を仰ぐ。


「ライラ、彼らはいろんな物を持ってきてくれていたんだよ。その中にスカートがあっただけなんだよ。だから、ちょうどいいと思って持って帰ってきただけだって」

「そういうことにしておきます。私は良介さんがスカートを履いても構いませんから」


 完全に勘違いしているよね? これ以上突っ込んでも藪蛇だと思った俺は、この件に関しては触れないことに決めた。

 しかし次に何を話せばいいかと黙ってしまい、ライラも俺と同じように口を閉じているから微妙な空気が流れていく……。

 その空気を打ち払うようにライラすっくと踵を返すと、家の中に引っ込んで手に大きな網を持って戻ってきた。

 

「ライラ、それは?」

「良介さんが外出している間にヤシの実の繊維で作ったんです」

「お、おお。魚を獲る為の網なのかな?」

「はい。うまくいくか分かりませんが、こんな大きな網でよかったんですか?」

「うん、ポチの馬力はすごいからな。じゃあ、さっそく行ってくるよ。夕飯は期待していてくれ」

「ご一緒したいところですが、荷物の整理をしておきますね」


 ライラは子供を見るような目線を俺に送り、やれやれと言った感じで肩をすくめた。

 だってえ、ポチと底網漁をやれるって言われたら、今すぐやりたいって思うじゃないか。仕方ない仕方ないんだ。

 

「ポチ、池に行こう!」


 俺が呼びかけると、ポチは嬉しそうに俺の周りをグルグル回るとお座りして舌を出す。

 彼の頭と首をモフモフしてから、俺は彼と共に池に向かうことにしたのだった。

 

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