第21話 おまじない
あれから三日たとうとしている。狩りや採集をして食料を蓄えつつ、家を含めた拠点の改装に時間を割いた。
日が傾き始める頃、扉の設置がやっと完了したのだ。
……ほとんどライラが作ってくれたんだけどね。俺がやったことと言えば、バナナとココヤシの葉っぱを集めたことくらいという……。
長い枝を蔦で括って扉の外枠を作り、葉を折り合わせてシート状にしたものを外枠に被せて蔦で縛る。
こうして完成した扉を入り口に設置すると、開閉できるように(ライラが)調整を行った。道具が何もないのにこれだけの物ができるなんて、ライラの野外知識は素晴らしいな。
窓も同じようにして葉っぱのシートで窓枠を作ったんだけど、葉っぱから太陽の光が差し込んできて部屋の雰囲気が抜群になったんだ。
「ライラ、ありがとう。すごいよ!」
「いえ、あり合わせですので、窓の開閉はできないですが……」
窓の微調整を行いながら、ライラは褒められたことが恥ずかしいのか少しだけ頬を赤らめてはにかむ。
「これで雨の日にブロックで窓を埋めなくてもすごせるね」
「ええ、もうすぐ雨季に入りますので、間に合ってよかったです」
「雨季?」
「はい。一年を通して雨は降るのですが特に雨の降る時期があるんです。それを『雨季』と呼んでいます」
なるほど。地球の雨季は乾季とセットになっているが、異世界では意味合いが違うんだな。
熱帯雨林は、雨が降らない時期があると森林を支えきれない。一年を通して多雨だからこそ書いて字の通り熱帯「雨林」なのだ。
雨季じゃない季節でも熱帯雨林が維持されていることから、地球の熱帯雨林並みの雨が通常期でも振っているはず。それを上回る雨季とはどれだけの雨が降るのか怖くなってきた……。
「ライラ、それなら激しい雨が続いてもいいように外も改築しておきたいんだけど」
「はい!」
「といってもブロックで屋根を広げて、ゴミを遠くに捨てなくて済むように焼却炉を作るだけだよ」
「楽しみです!」
ブロックで作るからタブレットを操作するだけの簡単なお仕事だ。
ちゃっちゃとやってしまおう。
◆◆◆
いよいよガイアたちと会う日になったんだけど、朝から小雨が降り続いている。
着替えがないから、こういう時にとても不便だ。洗濯も俺だけだったらしばらく下着姿になっていればいいんだけど、ライラの手前気が進まないんだよね。
俺だけ洗濯して彼女だけ汚れたままってのは気が引ける。え? ライラも下着姿にさせればいいじゃないかって? そっちの方が問題だろ!
そうそう、体だけは俺が池に行っている間にライラが小川で洗うようにしている。
「ライラ、行ってくるよ」
「気を付けてくださいね。お会いするのは人間なんですよね?」
ライラは朝食を食べている時から、緊張した態度を崩すことが無かった。彼女は人間に対する恐怖心を持っているから、俺が一人で行くのが不安なのだろう。
本気で俺のことを心配してくれている態度が彼女から見て取れるのから、嬉しくもあるけどね!
「ライラ、彼らと会った感触だけどそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「先日は良介さんがヒュドラから人間を救ったから友好的だっただけかもしれません……日を改めて数を集めて……」
「わざわざ俺一人にそこまでしないって!」
「し、しかし……良介さんが食べられちゃったら……私……やっぱりついていきます!」
「大丈夫だよ。俺は人間だし、それに男だからね」
「男の人でも同じです!」
ま、まさか……異世界の人間の男たちは野郎でも構わず喰っちまう奴らなのか? そうとは思えないんだけどなあ……二人とも気のいい人たちだと思う。
し、しかし、
「ライラ、近い近い!」
「え? つ、つい」
と言いながらもライラは更に一歩進み俺へ抱きついて来た。
ぬ、ぬおお。彼女の柔らかな体の感触がダイレクトに……頼むから俺の煩悩を刺激しないでくれないか!
い、いや。ライラは不安で心配だから密着してきたんだって分かってはいるけどやっぱりさ……。
「良介さん」
「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
ライラの背中をポンポンと手のひらで叩き、彼女の頭をそっと撫でる。
一方の彼女は俺の胸へ顔をうずめ肩を震わせるのだった。
しばらくギュッと抱きしめているとライラは落ち着いてきたようで、震えが止まる。
「待っていてくれるかな」
「はい! 絶対無事に戻ってきてくださいね。約束です」
「ああ、じゃあ手を出して」
俺はライラの小指に自身の小指を絡ませるとおまじないの言葉と綴った。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボンのーます」
「良介さんの国のおまじないですか?」
不思議そうに首をコテンと傾けるライラに、俺は無言で頷きを返す。
「では、私もおまじないをしてもいいですか?」
「うん」
ライラはつま先立ちになって俺の目に手をやると、ブツブツと何かを呟いている。
「もういいかな?」
「も、もう少し……ゆ、勇気が……良介さん、絶対に目を開けちゃダメですよ」
「あ、うん」
しばらくそのまま待っていると、唇に柔らかな感触が。な、なんだなんだ。
指? それとも唇? 目をつぶっているから分からねえ!
「もう目を開けていいですよ」
目を開けると耳まで真っ赤になったライラの顔が目に入る。
「じゃあ、行ってくるよ」
「良介さん、お願いが……」
普段は何でも言ってくれとこちらから言っても何も言って来ない彼女がこんなことを言うなんて珍しい。
「なんだろう? 俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
「あ、あの、その……」
口ごもるライラの言葉を待っていると、彼女は頬を染めたまま上目遣いで俺を見つめて口を開く。
「もう一度、ギュッとしてくれませんか?」
な、なんて可愛いことを言うんだライラは! ワザとかワザとじゃないよな?
ぬうう。キュンキュンする。
俺はライラを抱き寄せると、背中に両腕を回しギュッと彼女を抱きしめた。
「待ってます」
「うん」
◆◆◆
あれだけ感動的な別れをしたわけだが、少なくとも命の危険を心配してはいない。ヒュドラの鱗をタダ同然で受け渡す可能性はあるけど、別に道具が手に入るならそれで構わないし、俺にとってヒュドラの鱗の価値なんてノコギリ以下なわけで……。
そういう意味で俺にとって失うものは何もないのだ。
襲い掛かってくることはまずないとは思うが、一応ポチに傍へいてもらうとしよう。
窪地の上に登り、巨大化したポチに騎乗して目印を頼りにヒュドラの鱗を収納した地点まで進む。
既にガイアたちが来ているようで、ポチに気が付いた彼らは大きく手を振っていた。
ん、でも二人じゃなくて三人いるな。はて?
「よお、待ってたぜ!」
「今日はよろしく、ガイア」
まず挨拶をしてきたのはガイアだった。俺はポチから降り、がっちりと彼と握手を交わす。
続いてヨハンとも同じように挨拶をすると、見知らぬ少女が俺の前に出てきた。
少女はウェーブのかかった金色の髪を左右で括り肩口ほどの長さになっていて、やや釣り目の青い瞳をしている。魔女っ娘のような赤い三角形の帽子をかぶり、胸元に黄色いリボンをあしらった赤いブレザー。
見た感じは中学生くらいに見えるんだけど、何より俺の目を引いたのは耳だ。長く尖端が尖った耳は人間のものと明らかに異なる。
「はじめまして、俺の名前は良介と言う」
「ご丁寧にどうも。うちはニーナ。行商人や」
人形のような愛らしい見た目とは裏腹にぶっきらぼうな喋り方で少し驚いたが、そんな心中は外には見せずニーナと握手を交わす。
「ニーナはエルフなんだぜ。少しがめついがいい奴だから安心してくれ」
ガイアが口を挟んできたが、ニーナにチョップを喰らっていた。いくら事実でも本人を目の前に「がめつい」はないだろう!
そうかあ。エルフ、エルフかあ。悪魔族だとピンとこなかったけど、ファンタジーな世界に定番の種族が出てくるとやっぱりテンションがあがるよな。
俺はニーナから手を離すとガイアへと向き直る。
「ガイア、鱗の運搬はどうする?」
「おう、馬を四頭、馬車を二台持ってきているからな。全部積み込み可能だぜ」
「じゃあ、先に全部積み込む?」
「それなんだが、馬で何回か馬車まで往復しないとなんねえ。ここじゃあ馬車は走れないからな」
ガイアは地面を足先で叩くとガハハと豪快な笑い声をあげた。
不整地なうえに、場所によっては雑草が膝の高さまであるからなあ……ガイアの言う通り車輪がすぐに詰まって進めなくなっちゃうよな。
「それじゃあ、ポチにも鱗を持ってもらって馬車まで行く?」
「そうするかあ。あんたに見繕ってきた荷物の中には馬車に置いてある物もあるからな。口頭で伝えて欲しいものがあったら、ここに持ってこようと思っていたが、ちょうどいい」
「おお、それは楽しみだ。行こう!」
ガイアたちが持ってきたロープで鱗を重ねて縛り、分担して鱗を持つとガイアに先導してもらって馬車に向かうこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます