第20話 苦いです

――翌朝

 燻製にしきれなかったヒュドラの肉を確認したところ、まだ腐ってきてはいなかったので急ぎ燻製にすることにした。

 ちょうど肉を燻製用のかまどにセット完了したところで、ライラが起きてきて顔を出す。

 

「おはようございます。良介さん」

「おはよう。ライラ。かまどに火をつけてもらえるかな」

「もちろんです! 今日は早いんですね」


 ふふふ。そうだろう。いつも俺が一番起きるのが遅かったのから、太陽が出る前に起きてきたのだ。

 え? わざわざ起きる必要があったのかって? いや、特に理由はない。たまたまトイレに行きたくなって起きてきたら、もうすぐ日が昇りそうだったのでそのまま起きていただけに過ぎない……。


「ライラ、しばらく準備するものとか食料の確保とかで忙しいと思うけど、そのうち時間ができるからそれまで一緒に頑張ろう」


 かまどの前にしゃがみ込み、火の魔法を使うライラの背に向けて声をかけると、彼女はかまどの中に目をやりながら言葉を返した。

 

「全然忙しくなんかないですよ! ここに来てからずっと楽しいです」


 ライラは立ち上がってこちらに向き直ると朗らかな笑顔を見せる。

 その顔に一瞬だけドキリとしてしまったが、俺は心の内を隠し平静を装うとコホンとワザとらしい咳をした。


「今日は昨日ウォルターに案内してもらった木の実を採ってこようと思う。ライラは俺が戻ってくるまでに水浴びをしていてもらえるかな?」

「それでしたら、私もココナツの実を採ってきます。水浴びはその後、ご一緒しますか?」

「え?」

「じょ、冗談ですよ?」

「そ、そうだよな。ははは」


 一瞬本気にしてしまったじゃないか。でも、いい傾向だ。ライラは硬すぎるところがあるから、こうやって自分を出していってくれると俺も安心する。

 真面目で一生懸命なところはいいところなんだけど、気負い過ぎて潰れないか少し心配なんだよな。

 

 この後ヒュドラの肉をウォルターに与えて、ポチも物欲しそうにしていたので彼にもたんまりとヒュドラの肉を与えた。

 ポチにはあげたくなかったんだけど……まあいいか。

 

 俺? 俺は鹿肉とスイカだよ。ほら、鹿肉が腐ったら困るじゃないか。

 ……ヒュドラの肉をガイアたちが買い取ってくれないかな……。

 

 ◆◆◆

 

 例の赤い木の実を採って戻ってくると、ライラが編み物をしていたから彼女の横に座り教えてもらいながら俺も同じ作業を行う。

 前回よりはマシにはなったが……見た目を抜きにしても、実用性のある物を作るまでには遠い道のりになりそうだ……。

 

 そんなわけで、昼頃まで編み物をした結果、更に二枚の葉っぱとヤシの繊維のラグが出来上がり、さっそく俺とライラの部屋に設置する。

 うーん、ラグが置かれただけでも人の住んでいる部屋って感じがしてきてよいよな! 何か昨日も同じ感想を述べていた気がするぞ。

 

 こうなってくると、人間贅沢が出てくるわけで……ベッドや布団も欲しいしちゃんとした窓と扉も作りたくなってくる。

 

 家の出口の外枠をペチペチと叩きながら部屋の妄想をしていたら、急にライラの声が!

 

「うお、ライラ。ち、近い」

「す、すいません。何度お呼びしても反応がなかったので……」


 つま先立ちになっているライラは、息が俺の首筋にかかるほど至近距離にいたのだから驚いた……。

 

「妄想をしていて気が付かなかった。ごめんごめん」

「……」


 ライラが飛びのくように俺から距離をとり顔をふせる。何かまずいことを言ってしまったのかなあ?

 戸惑う俺に対し、彼女は耳まで真っ赤にして何かブツブツと言っているではないか……。

 

「そうですよね。良介さんだって男の人なんだし……」

「ん? ライラ、もう少し大きな声で話をしてもらえるか?」

「あ、いえ、何もないです!」


 あからさまに動揺した様子で、両手を思いっきりワタワタさせるライラ。

 何だか話が噛み合っていない気がする……。

 

「扉とかベッドとかあればいいなあって考えていたんだよ。さっきは」

「そ、そうでしたか! 扉と窓は枝と葉っぱと蔦を使って簡易的なものを作りませんか?」

「そういや、初日にそんなことをライラが言っていた気がするよ。作れそうなのかな?」

「やってみないことには。お昼の後で作ってみますか?」

「うん! やってみよう」


 お昼という言葉に反応したのか定かではないが、ポチが舌を出して小川の辺りからこちらに駆けてきた。

 彼は俺の足元までたどり着くと、「くうんくうん」と甘えた声を出しながら顔を俺のズボンへ擦り付ける。

 

「よおし、よおし、ポチ。お昼にしよう」


 俺はポチの首元をモフモフさせると、彼はハッハと嬉しそうな声を出して舌を出す。

 

 お昼はココナツジュースと採ってきた木の実を食べることにしたんだけど、やっぱりこの木の実……食べ応えが無さ過ぎて食料にするには微妙だなあ。

 舐めるだけで実は全部無くなってしまい大きな種だけが残る。


「ライラ、この木の実のことを知っている?」


 俺は向い合せになってペタン座りしているライラに質問を投げかけた。


「いえ、悪魔の村ではこの木の実は食べません。理由も分かりました」


 ライラは舐めた後の種だけになった木の実を手で転がしながら、首をコテンと傾ける。


「ちょっと物足りないお昼になっちゃったけど、夜にいっぱい食べようか」

「はい!」


 んー、それにしてもこの種……どっかで見たことがあるんだよなあ。

 俺は種をつまみ左右から観察してみる。やっぱりこれ、見覚えがあると思う。

 

 俺の思っている物と同じか確かめてみるとするか。そういや、ライラも言ってたな……。うん、やってみよう!

 

「ライラ、火をつけてもらえないかな?」


 煮炊き用のかまどを指し示して、ライラに頼むと彼女は笑顔で火をつけてくれた。

 種を鍋に入れてコロコロ転がしながら炙ってみると、懐かしいいい香りが鼻孔をくすぐってくるじゃあないか。

 これは、やはり――

 

 ――コーヒー豆に違いない!


「ライラ、この木の実は使えるよ!」


 急にテンションの上がった俺の声に表情が固まってしまうライラ。

 

「え、それは一体?」

「この木の実の種を適度に焼く――焙煎というんだけど、焙煎をした後に種を砕いて煮出しを行い、種を取り出したら飲み物になるよ」

「そんな使い方があったんですか」

「うん、俺はこの飲み物……コーヒーが好きでさ。残った木の実から種を取り出して焙煎してみるよ」

「お手伝いします!」


 まさかまさかだよ。ジャングルサバイバルでコーヒーが楽しめるなんて思ってもみなかった。

 大丈夫だ。焙煎の仕方は分かる。問題は火加減の調整をどうするかだ……薪で燃やした火でうまくできる自信はない。だけど、何度かやっているうちにきっとうまくいくに違いない。

 

――二時間後

 ライラの乾燥の魔法を使うことで、砕いたコーヒー豆を煮出すところまで進めることができた。

 豆をす布が無いのが難点だと思ったけど、ココヤシの繊維で作ったシートで代用が効いたので問題無しだ!

 

 出来上がったコーヒーをコップに注ぎ、一杯をライラに渡しもう一つを俺に。

 コップを手に持ちコーヒーに鼻を近寄せてみると、なんともいい香りが漂っているじゃないか。これは期待できる!

 焦る気持ちを抑えながら、少しだけコーヒーを口に含んでみる。

 

「お、なかなか、いけるじゃないか」


 酸味が強いけど、飲めないことはない。あああ、異世界でコーヒーが飲めるなんて幸せだ。

 一方ライラは、コーヒーを見つめて眉をしかめていた。

 

「苦いです……」

「飲んだことが無いんだったら、そうだよなあ……。牛乳と混ぜるか砂糖を入れるかしないと合わないよね」

「す、すいません。砂糖ですか……良介さんは砂糖がお好きなんですか?」

「ん、砂糖をそのまま舐めるのは好きじゃあないけど」

「砂糖はとても高価なんですよ! 牛乳はそうでもありませんが……ここに乳牛はいませんし」

「だよなあ」


 そうか、この世界にも牛乳や砂糖があるのか。いずれ手に入れたいものだ。

 気候的に砂糖を収穫するとしたら、サトウキビになるんだろうけど高価ってことは余り栽培されていないのかな? それか俺の想像のつかないような物から採れたりして……。

 牛乳があるってことは、牛もいるってことだよな。高くないってことは、少なくとも悪魔の村では一般的な動物で多く飼育されているのだろう。

 しかし、もし牛を手に入れる機会があったとしても専門的な知識がないから飼育は難しいだろうなあ……。

 

「そうだ。ライラ、鶏って村で売っているのかな?」

「鶏は市場に行けば簡単に手に入ります」


 ほう。鶏ならゲージを作って餌をあげれば飼育できそうな気がする。

 想像すると急に卵を食べたくなってきた! 次にガイアたちに会った時に頼んでみるかな。

 俺は玉子焼きを頭に思い浮かべ口元が緩むのであった。

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