第7話 カラスのウォルター

 不意に声が聞こえたから、ギョッとして周囲を見渡すが誰も見当たらない。

 鼻の利くポチも唸り声をあげるどころか、肉から垂れる肉汁をじーっとハッハしながら見ているだけだし……。彼が反応しないってことは危険な声ではないと思うんだけど。

 しかし、見えないとなるとどう対処していいものか……。

 

 おそらく危機はないだろうと思ってはいるが、襲われる可能性が無いわけではない……その証拠に緊張から額に冷や汗が浮き出てくる。


「良介さん、上です」

「確かに上から声が聞こえたけど、君のような悪魔族の姿は見当たらないぞ」

「あれは悪魔族じゃありません。カラスですよ」


 改めて上空を見上げると、焚火の明るさで一羽のカラスがグルグルと上空を旋回しているのがハッキリと見て取れた。

 しっかし、カラスがしゃべるとは……異世界恐るべしだよ。カラスならこの断崖絶壁を越えるのもわけないし、人間並みの知能があるとなると……厄介な奴らかもしれない。

 

「まずは降りてきて話をしないか?」


 俺は警戒を解かずにカラスへ呼びかけると、カラスはすううっと降りてきてあぐらをかく俺の膝へと降り立った。

 すると、ポチが突如唸り声をあげはじめたのだ。

 やっぱり、危険なのかこいつカラス

 

 しかしすぐに、そうではないと俺は理解する。なぜなら、ポチがカラスを押しのけるように顔を俺の膝に乗せてきたのだから……。

 おおお、なんて可愛い奴なんだ。俺はたまらずポチの頭を撫でまわし「よーしよーし」と可愛がる。

 押しのけられたカラスは気にした様子もなく、顎をあげてくちばしを俺の方へ向けるとパカっと口が開いた。


「我が輩、誇り高きレイブン族のウォルター・ゴールドスミスと申す者。貴殿らの焼く肉を少し分けてもらいたい」

「んー、鹿一匹を食べきることはたぶんできないから、余った分を君にあげてもいいんだけど……」


 俺はそこで言葉を切り、カラスの様子を伺う。しかし、カラスだけに表情から感情を読み取ることがまるでできねえ。

 

「おお、ありがたい。我が輩、この辺りを毎日飛んでいるのだが、久しく火を見ていなかったのだ。焼けた肉は格別のごちそうなのだよ」

「お? この辺りのことには詳しいの?」

「いかにも」


 もしかしたらカラスなら知っているかもしれないから聞いてみるかあ。

 実は一つ早急に手に入れたい物があって、この様子なら肉をチラつかせれば知っていることならなんでも教えてくれそうだし……まあ、知らなかったとしても肉を分けるつもりだけどね。

 だってさ下手に恨まれるより、友好的に接していきたいって考えているんだ。それが安全にも繋がるし、俺の気持ちにも合致するから。

 もっとも……危急と言いつつも焼ける肉を眺めていて、思い出したことなんだけどね。

 

「ウォルター。もし知っていたら教えて欲しんだけど」

「なにかな? 肉と食すことができるのだ。何でも教授するぞ」


 どんだけ肉が食べたいんだよこのカラス! 予想以上に食いつきがいいな。肉だけに……。

 まあ好都合だ。

 

「塩……岩塩のありかを知っていたりするか?」


 肉を見ていて思い出したのは、塩のことだったんだ。

 人間、いや動物のほぼ全ては塩が無いと生きてはいけない。塩分不足になると、そのうち衰弱して倒れてしまうからな……。

 

「岩塩ですと。それならば、鹿を追って行けばよろしい。鹿は塩分補給に塩を舐めるのだ。つまり、鹿を発見、いや鹿でなくても構わぬのだが、犬でも狐でも。我が輩は鹿を勧めるがね、というのは鹿は我が輩のように飛べないが身軽で傾斜が急なところでも狭い窪地にでもどこにでもいけるのだ。それに、あ、いや待て。鹿は上空からならともかく、人間だと……」


 な、長いよ。結局のところ何なんだよお。まだしゃべり続けているし……。

 

「要するに? どうなんだ……」

「場所は知っておる。明日の朝にでも案内しようではないか」

「あ、ありがとう。じゃあ、ウォルターも入れてみんなで食べようか」


 肉を与えたらそのままどっかに飛んで行ってしまうんじゃないかとも思ったけど、まあその時はその時だ。塩があることは分かったから、それだけで充分だよ。

 俺とウォルターが会話している間に肉がいくつか焼けていたようで、ライラが次の肉を焚火にくべてくれていた。


「ありがとう、ライラ。最初の肉はポチにあげてくれ」

「はい!」


 ライラはポチに向けて肉を掲げると、ブロックの床へそれを置く。

 対するポチは、ハッハと興奮した声を出しながら焼けた肉の前でお座りすると口を開けて何かを待っている。

 あ、忘れてた。

 

「ポチ、食べていいぞ」

「わうわう!」


 ポチは喜色を浮かべると、がつがつと肉を食べ始めた。

 「ういやつよのお」と心の中で呟くと、残りの焼けた肉はウォルターとライラに食べてもらう。

 俺の分ももうすぐ焼けるし、食べている間にすぐ次のが焼けてくるだろう。

 

「おお、かたじけない。感謝する。我が輩、火は使えない故、焼けた肉を食すことは格別なのだよ。焼けた肉はピラーの次に美味なのだ。これは――」


 だから長いって!

 

「要はどういうことなんだ?」

「一言で申すと、『旨い』」


 はああ、なんか疲れるやつだなこいつ……。

 じゃあ、俺も鹿肉を食べるとするかな。

 

 焼けた鹿肉を顔に近づけると香ばしい香りが漂ってきて、俺の胃袋をガンガン刺激する。

 大きく口を開いて一気に鹿肉にかぶりつく俺。

 

――まずい……


 味付けを何もしていない肉は……ちょっとお口に合わないな……。

 いや、この状況下で贅沢はいっていられないけど、食べられるだけ幸せと思わなければ。明日、塩をなんとしてもゲットするんだ。

 

 ◆◆◆

 

 食べ終わる頃には辺りがすっかり暗くなってしまい、俺はまたしても抜けていたことを思い出す。

 そう、家だよ。ライラには今晩またあの狭い空間で我慢してもらうにしても、ポチの寝床がないじゃないか! 

 つぶらな瞳で俺を見つめてお座りし、尻尾を振っているポチの姿を見るとますます後悔が深まる。

 

 いや、暗くても何とかなるはずだ。

 試しにタブレットへ家を映してみるが、暗くて何も映らない。

 だあああ、こんな時だけ予想通りの反応をするんじゃねえ。タブレット!

 

「どうされました? 良介さん」


 頭を抱える俺へ、ライラが心配そうに尋ねてくる。

 

「あ、何とか明るくできないものかなって思ってさ」

「それでしたら、松明じゃダメですか?」

「光が弱いかもだけど……かがり火みたいにして幾つか立てれば何とかなるかも!」

「では、さっそく準備をしましょう」

 

 パタパタと手際よく太目の枝を選別していくライラ。

 焚火はまだ燃え盛っているから、焚火の近くであれば充分な明るさはある。そして、小枝は焚火の燃料が切れた場合のことを考え、すぐそばに置いてある。

 ライラと協力してかがり火をつくると、改めて家をタブレットで映してみる。

 

 お、これならいけそうだ。

 タブレットの操作ができれば何のことはない。俺はオープンデッキに使っているブロックを次足して足して、一回り大きな家を作ることができたのだった。

 

「ライラ、今日はそこの狭い家で寝てもらうことになるけど、明日になれば改築するから今日だけ我慢してくれ」

「いえ、良介さん、屋根のある寝床を準備してくださって助かります。入り口は閉じなくても平気ですのでそのままで大丈夫です」

「え、それって危なくないかな?」

「窪地の外よりよほど安全ですよ。窪地は凶暴なモンスターが入ってこれませんし」

「い、いやでも、蚊とかヒルとかが入ってきたり……」

「なんでしょう? それは?」


 え、こんな暖かい地域にいて蚊もヒルも知らないのか? あ、でもそういえば、俺もここへ来てから見てないな。

 自分で言うまで気が付かなかった。暗くなってから焚火を囲んでいて蚊に喰われないってありえないことだよ。てことは、ここには蚊がいない?

 それならそれで好都合だから、特に言うことはないけど……。

 

「いや、俺の知ってる土地にいる血を吸う厄介な虫なんだよ」

「そ、それは恐ろしそうです……」


 一体どんな生物を想像しているのか分からないが、ライラは顔を青ざめさせて首をぶんぶんと振るう。


「ポチ、一緒に寝よう。ウォルターはどうする?」

「我が輩も中へ入ってよろしいかな?」

「ああ、問題ない。じゃあ寝ようか。おやすみ、ライラ。また明日な」

「はい。良介さん。おやすみなさい」


 ライラは丁寧にお辞儀をすると、もう一つの家へと入っていった。

 よっし、俺たちも寝るとするかな。

 

 家の中に入ると、人が三人分ほど寝転がるスペースがある広さになっていた。うん、これくらいあればポチと寝るのになんら支障はない。

 俺はポチのお腹や背中をモフモフした後、彼と共に丸まって就寝する。昨日と同じく、寝ころんだ途端に急速な眠気が襲ってきて意識が遠くなっていく。

 

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