第8話 ごめんね同士

 家は窓が無く真っ暗闇なんだけど、目が覚めて外に出てみたら朝焼けがちょうど終わったくらいの時間だった。

 我ながらベストなタイミングで起きたんじゃないかと自画自賛していたけど、「ふああ」とあくびが出てしまう。


「おはようございます! 良介さん!」

「おはよう。ライラ」


 ライラは小川で顔を洗った後なのか顎からしずくがポタポタと落ちていた。

 タオルとかあればいいんだけど、残念ながら道具類は一切ここには存在しない。あるのはライラのポーチに入っていたナイフ二本とマグカップほどのサイズがある青銅の鍋だけだ。

 これでは煮炊きさえままならないし、食べ物は全部手づかみなんだよ……。

 やることは山積みだけど、優先順位をつけて順番にこなしていこうじゃないか。あれもこれもと気だけ焦っても仕方ないからなあ。

 しかし、彼女は道具一つない惨状を見て何も思わないんだろうか? 思っていても黙っているだけだよね。きっと……。

 

「ライラ、君は俺のことをまだ世捨て人の賢者と思っているのかな?」


 ライラが俺に失望して何か事を起こすかどうか見極めよう。なんて思って黙っているか悩んだけど……とっととぶっちゃけてしまった方が良いと考え直し、彼女へそう問いかけた。

 すると、彼女は困ったように俺から目線を逸らして手をワタワタと振る。

 

「あ、いえ、その、良介さんの魔法は間違いなく賢者様のものだと思っていますが、その、余りにも……」

「そうだろう。俺が一人で生活していたように思えないだろ?」

「は、はい」

「君との溝が深まる前に正直に話すよ。聞いてもらえるかな?」


 ライラは神妙な顔で首をゆっくり縦に振る。

 彼女の了解を得た俺は、その場であぐらをかくと、彼女にも座るように促した。

 

「ライラ、俺がここに来たのは君に会ったその日のことなんだよ」

「それってどういう……」


 絶句するライラへ俺は言葉を続ける。

 

「気が付いたら森にいた。魔法なのかそうじゃないのか分からないけど、窪地に突然飛ばされたんだ」

「そ、そんなことがあるんですね。だから、何も持っていないんですね」

「そうなんだよ。転移の魔法とか使えたらいいんだけど、残念ながら使えないんだ。しかし、俺にはこの能力がある」


 床にしている木のブロックをペチペチと叩く俺。

 そうだ。ブロック作成のアプリがあるから、誰も外にでることが叶わない窪地でも生活していくことができる。

 

「そうでしたか……転移の魔法は聞いたことがありません。ですが、良介さんが賢者様ではないにしても、私はあなたについていきたいです」

「ライラがいてくれるのは、俺にしたら大歓迎なんだけど……」


 この先を言っていいものか言い淀んでいると、ライラは両手を前で組み縋るような目で俺を見つめてくる。


「申し訳ありません!」


 急に目に涙を浮かべ床につきそうなくらいの勢いで頭を下げるライラに俺は動揺を隠せなかった。

 

「ど、どうしたんだ……いきなり」

「わ、私は良介さんの優しさに甘えて、このままここで暮らそうと思ってました。あなたが道具を持っていなかったり、野営の知識を教えて欲しいと言われたのをいいことに……」

「そ、それなら、俺だってそうだよ。君が都合よく来てくれたから、利用することばっかり考えてた。ごめん」

「いえ、私が……」

「お互い様だよ。顔をあげてくれないか?」


 ライラの謝罪を聞いて俺は心臓を鷲掴みにされた気分だった。彼女は自分一人だと窪地から出ることができない。つまり、俺は自分の気分一つで彼女の命運を左右できる立場にいたのだ。

 意識はしていなかったけど、窪地にいる以上彼女は俺の依頼を無碍むげには断れなくなってしまう。それを俺は彼女が人がいいからとか勘違いしていたんだよ……。

 こんな簡単なことにさえ気が付かなかったなんて……「ごめんな、ライラ」俺は心の中で再度彼女へ謝罪の言葉を述べた。


「はい。良介さん」


 ライラは真っ赤な目で笑顔を見せる。

 いじらしい態度を見せるライラへ、つい彼女の頭を撫でようと手が出てしまうが、何とか思いとどまり手を膝の上に戻す。

  

「ライラ、嫌なことはハッキリと嫌と言って欲しい。絶対に強制はしないと約束する」

「嫌なことなんてないです……。良介さんが話をしてくれたのです。私も本当のことを言います」

「村に帰りたくないのは昨日聞いたよ」

「村が嫌いなわけじゃないんです。採集に来たなんて、あなたに嘘をついていたんです……飛竜のことは本当のことですが……」


 飛竜のことは正直に言わなくてもいいんじゃないかな……。まあ、そこがライラらしいといえばらしいのか。

 

「ゆっくりでいいから聞かせてくれないか」

「はい。私は村で選択を迫られていたのです」


 ライラは自身が村で置かれた状況をゆっくりと語り始めた。

 彼女は結婚か奉公に出るか迫られていたらしい。結婚相手は彼女が嫌っている相手でどうしてもその男とは結婚したくはなかったそうだ。じゃあ、もう一方の奉公に出るという選択肢なのだが、これもまた彼女にとってはなかなか辛い。

 悪魔族の有力者の元に働きに出るそうだが、少女たちの仕事の多くはメイドになる。ドジっ子な彼女は細やかな仕事が苦手だし、行き先の有力者の人格もまた問題だったという。

 どういうことかというと、これまで幾人ものメイドが心労で倒れているといういわく付きの有力者で、奉公に出る者が極端に少なくなったそうだ。その分、給与は他の三倍以上みたいだけど。

 そんな有力者の元へ彼女の両親は元より彼女を奉公へ出させる気はなく、形だけ彼女へ選択肢を与えただけに過ぎない。

 進退極まった彼女は、逃げることを選ぶ。日課になっている採集のフリをして……。

 

「なるほど。事情はよく分かった。遠くまでと思ってこの辺りまで来たのはいいけど、飛竜にってところかな」

「はい。そのような感じです。今思うと、準備も何もなく逃げたのは浅はか過ぎたと思います……」

「そうでもないさ。俺が君に会うことができた」


 我ながらキザなことを言ってしまい、顔が赤くなる。でも、彼女が準備を行って今より遅く逃げていたのなら……飛竜に追いかけられることがなかったのなら……俺はライラに出会っていないだろう。

 一方の彼女は目を伏せ、まだ何か迷っているようだ。

 

「ライラ」


 俺は彼女へ呼びかけると、立ち上がって彼女の手を握り、そのまま引っぱりあげる。

 立ち上がったライラに目線をしかと合わせたが、彼女はまだ不安そうな顔をしていた。

 

「良介さん……私……」

「ライラ、これからもよろしくな!」


 俺は笑顔で彼女へ語り掛けると、彼女はようやく顔をほころばせ、

 

「はい!」

 

 と力一杯応じる。

 

「ライラ、お互いのことが分かったところで、塩を探しに行こう。いろいろ作りたい物はあるんだけど、まずは生きるために塩からだ」

「分かりました!」


 頷きあう俺たちへウォルターがヒラリと舞うと俺の肩にとまり会話へ割って入ってきた。

 

「話はまとまったかな。塩のある場所へ案内しようではないか」

「おう、頼むぞ! ウォルター」

「だが、その前にやることがあるであろう。良介君」

「ん?」


 ウォルターに刺激されたのか分からないが、俺の腹がぐううと悲鳴をあげる。

 あ、そういえば朝食を食べていなかったな。

 

「そうだな、まずは朝食を食べようか」

「では、スイカを採ってきますね」


 ライラはコウモリのような翼をはためかせると、木の上へと飛んでいく。

 すぐにライラはスイカを二つ抱えて戻ってくると、再び飛び上がりスイカを採りに木の上へ舞う。

 

 俺はさっそく小川にスイカを放り込んで汚れを取っていると、匂いを嗅ぎつけたのかポチがいつの間にか隣でお座りしていてハッハと声をあげていた。


「ポチもお腹がすいたのか?」

「わんわん」


 可愛い奴め。俺はポチの首をわしゃわしゃすると、スイカを抱えてオープンデッキに戻る。

 それと入れ違いにライラが新しいスイカを二個抱えて小川の前に降り立つと、スイカを軽く洗い流した。

 

「じゃあ、みんな、食べようか!」


 手を叩き、ことさら明るい声で俺はみんなへ呼びかける。

 

 

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