第6話 バーベキュー
「よっし、じゃあライラ。戻ろうか窪地へ」
「は、はい!」
さっき「一緒にいてくれて構わない」とか一応は言ったけど、面と向かってちゃんと「一緒に暮らそう」とか言うのは気恥ずかしくて……こんな言葉になってしまった。
俺はポチのふさふさの頭を撫でながら、タブレットを手に出現させる。
あ、戻る前にやろうと思っていたことを忘れてた。
俺は崖ではなく、今立っている場所にブロックで階段を作成する。
さっそく階段を登り一番上まで行くと、美しい緑の景色が目に飛び込んきた!
お、おおお。よく見える。ライラの言っていた通り、俺が出現した場所は円形の断崖絶壁に囲まれた窪地だ。
窪地の直径はだいたい二キロくらいかなあ。細かいところを見ていこう。
俺が家を建てた小川から右手に進んだ崖の中腹から水が流れていて滝のようになっている。あそこから、水が流れて小川になっているってことか。
じゃあ、小川の終着点は……あったあった。小さいが湖のようになっている箇所がある。窪地はほぼ全域が木で覆われている。おっと、もう一つ確認しないと……断崖絶壁に横穴らしきものは一つも無さそうに見える。
横穴があったとしても、人間が入れるサイズのものは無さそうだ。これなら問題ないかあ。
よっし! 確認した限り、大型動物が入ってこれるようなルートは見当たらない。これだったら、多少は安心して窪地で自給自足をしていくことができると思う。
「わあ、ここからだと窪地が良く見えますね」
隣に立ったライラが手を額に当てて左右を見渡している。
「ライラならよく見ている風景じゃないのかな?」
「いえ、飛ぶ時は体力もつかいますし、ゆっくり景色を眺めている暇がないんです」
「そうかあ。だいたい見終わったから戻ろうか」
「はい!」
階段を降りてから再びタブレットを出し、今度は崖を下る階段を作る。
「あ、鹿も持って帰ろう」
俺の言葉に反応したポチがわうわうと俺の膝をカリカリする。
「ポチが鹿を持ってくれるの?」
「わおん」
ポチの鳴き声が終わらぬうちに、彼はポニーサイズに変化すると鹿を口でくわえた。
便利なもんだなあ。巨大化の能力って。
◆◆◆
家に戻った俺は、小川のそばを少し使いやすくすべく家から小川までの間をオープンデッキのようにブロックを敷き詰める。
途中二つのブロックを抜き取って、ここを火を焚く場所とした。
うん、いい感じだ。
さっそく持ち帰った鹿を
いや、切るだけならできるけど、大量に無駄がでそうなんだよなあ。
「ライラ、鹿を効率よく解体するやり方って知ってるかな?」
俺は横でニコニコしながら見守っていてくれたライラへ問いかける。
「悪魔族なりのやり方でいいのでしたら……私がやりましょうか?」
「いや、俺も解体ができるようになっておきたいんだ。手取り足取りですまないけど、手順を一から教えてもらえるかな」
「はい! 分かりました!」
「まずは血抜きからかな?」
「はい。服が汚れるかもしれません」
確かにライラが言う通りだ。ライラがいなきゃ素っ裸でやってもいいんだけど、さすがにそれはちょっとなあ……。
俺はジャージの上と中に着ているシャツを脱ぐ。我ながら筋肉の無い身体だから、ライラに見られて気持ちいいもんじゃあないな。
「まずはどうすれば?」
「そうですね。手頃な木と蔦で鹿を吊り下げた方がやり易いと思います」
「なるほど」
ブロックをロの字型に敷き詰めて、左右はもう一段だけ積み上げる。こうすることで、中央は高さが二メートル近くになり、作業をする俺は真ん中の高さに立つことになるので手が届きやすい。
太目の木の枝と蔦を持ってきて鹿をそこに括り付けると、いよいよ準備完了だ。
――三十分後
解体が終わったが、思ってた以上にくるものがあった……。ライラの前だから平静を装っていたが、内心吐き気をもよおしてしまう。
これまでこういった経験があれば違ったんだろうけど、あいにく鶏さえ
しかし、ライラの教え方は丁寧で分かりやすい上に、毛皮のはがし方まで指導してくれたから彼女がいてくれて本当に良かったと思う。
でも毛皮ってそのままだと腐ったりするよな? 父さんならどうやるか知っているだろうけど……。
「良介さん、毛皮はなめさないとすぐダメになっちゃいます」
「ライラは革の作り方を知っているの?」
「はい。いくつか方法はあるのですが……鹿の皮でしたら草を使うのがいいと思います。もしいい草がなかったら……鹿の脳を使います」
「く、草がいいな……」
「そうですね。草の方がいい革になると思います」
とりあえず下準備をするというので、ライラの横に立って見本を見せてもらった。
なるほどなあ。皮から脂肪分を取れるだけ取り除くのか。
鹿の皮を小川で洗った後、ライラと共になめす用の草を探索する。
幸い、家の裏にお目当ての草が自生していたので、こいつを砕いて鹿の皮へ張り付ける。一晩このままおいて、翌日に燻製した後に皮を伸ばすんだそうだ。
「ライラ、すごいな。こんな手際良く。助かったよ」
ぼんやりして頼りなさげに見えるライラがとても頼もしく見える。
しかしライラは恐縮したように頭を下げて「大したことはしていませんから……」と謙遜する。
「いや、俺にとってはすごいことだよ! ありがとう。ライラ」
「……お役に立てて嬉しいです」
ライラは手放しに褒められたことが恥ずかしいのか少し頬を染めてはにかむのだった。
皮を革にするための下準備をしていたら、日がすっかり落ちてきたので俺たちは夕食を食べることにする。
し、しかし問題が……な、何故こんな基本的なことに今まで気がつかなかったのだ!
スイカしか食べていなかったから見落としていたんだけど、あまりに間抜け過ぎる……。
そう、火を起こす手段を考えていなかった。
「ライラ、ポーチに火打ち石とか入ってる?」
「いえ、火でしたら魔法で」
「お、おおお。すごい、魔法で火が?」
「そ、そんな褒められるような火の魔法は使えません。私の魔法なんて……せいぜい焚火ができる程度です」
これ以上褒めるとライラが恥ずかしがってしまって、逆に悪い気がしたので口をつぐむ。
ブロックで作ったウッドデッキに移動して、あらかじめ火焚き用に開けて置いた穴へかまどを作る。
乾燥した枝を探すのに手間取ったけど、いくつか見繕って戻ってきたら、ライラが何やらふわふわした茶色い綿みたいなのを拳大サイズほど集めていた。
「ライラ、それは?」
「これは良く燃えるんですよ。薪と一緒にくべたらはやく薪が燃え始めます」
なるほど。ライラに少し分けてもらって観察してみたら、綿みたいなのは地衣類だと分かる。
地衣類はコケみたいな植物だったか菌類だったか忘れたけど、木の根元とか表皮に張り付いていることがおおい。これには毛みたいな長い綿っぽいのが密集して生えていて乾燥しているから、着火剤としてよさそうだ。
野外知識ってやっぱり必要だ。彼女がいてくれなかったら……今頃、枝と枝をこすり合わせて必死こいて火を起こそうとしていたに違いない。
「では、魔法を使いますね」
「うん」
おお、楽しみだあ。人生初めて見る魔法。一体どうやって使うんだろう。
呪文は? それとも魔法陣が出る?
ライラは目を閉じて集中すると、手のひらを地衣類を被せた枝の上に向ける。
次の瞬間、手の平サイズの火柱がほとばしり、枝を燃やす。
「お、おおおおお!」
その様子に思わず声をあげる俺。
「そんなに驚かれても……照れます」
「呪文とかは唱えたりしないのかな?」
「上位の魔法になりますと、呪文が必要になりますが生活魔法程度でしたら……必要ありません」
「『生活魔法』?」
「はい。火を起こしたり、コップ一杯の水を出したり……といったごくごく基本的な魔法です」
とても便利そうだな……大魔術なんて使えなくていいから、こういった生活を便利にする魔法を俺も覚えたいな。
習得できるのならやってみたい。折を見てライラに聞いてみよう。
肉を枝に刺して、炙っていると肉汁がぽたぽたと垂れてきていい匂いが漂ってくる。
ポチもじーっと肉を見つめてダラダラとよだれを垂らしているじゃあないか。
「ポチ、肉が焼けたら一番に君へあげるからな。ポチが獲ってきた鹿だし」
俺は片手でポチの喉元をわしゃわしゃすると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
のんびりとした雰囲気の漂う中、肉が焼けるのをぼーっと待っていると俺たちへ向けて声が響く。
「すまぬ、肉を少し分けて欲しいのだが……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます