第5話 聖獣

 ライラの目は泳ぎ、ポーチとソードブレイカーを両手に抱えたままじっと固まったままになっている。

 彼女は悪魔族の村から採集を行うため、この付近にやって来たと言う。もし、飛竜に襲われずに窪地にハマっていなかったら今はもう悪魔族の村に戻っているはずだ。

 本来なら喜んで今すぐにでも悪魔族の村に帰ろうとするはずなんだけど……何故だ?

 二つほど理由が思い浮かぶが……。一応、彼女からは俺にとって千金にも値するナイフをはじめとした幾つかの道具を頂くのだから、少しは彼女の力になってやりたい。


「ライラ、ひょっとして飛竜みたいなモンスターを恐れているのかな?」

「え、ええ、少しは……」

「それだったら、このソードブレイカーを持っていっていいよ。俺は果物ナイフ? いや解体用のナイフかなポーチに入っているのは」

「どちらも入ってます」


 ライラはポーチを開いて手のひらほどの小型のナイフと、それより大振りの肉厚がある刃がギザギザのナイフを俺に見せてくれた。

 ポーチの長さは彼女の腰から少しでるくらいのサイズだけど、よく入ったなそれ……。

 

「俺はその二つがあれば充分だから、自分の身を護るためにソードブレイカーは持って行ってくれ」

「い、いえ……飛竜くらいのモンスターに目をつけられたら……逃げる以外できません……」

「そ、そうか……」


 よくそんな危険なところへ採集に来たものだ。出会ったらお陀仏な猛獣がいるエリアへホイホイ来るものじゃあないって。

 どうなってんだ、悪魔族の村……。よほど食料が切迫しているのかな。

 

「ひ、飛竜に遭遇することは非常に稀なことですし、地上を歩くモンスターには強力なのもいますが……飛べば問題ないです」

「そ、そうか、よっぽどの不運だったんだな……」


 う、ううむ。飛竜はともかく、俺にとって聞きたくない情報を知ってしまった……。

 や、やっぱいるのか。凶悪なモンスターは……。

 さすがに俺は彼女を護衛しながら、悪魔族の村へ行くつもりはない。彼女には「気を付けて帰ってくれ」としか言えないなあ。

 少し落ち込む俺に対し、ライラは何か言いたそうにフルフルと首を振り、意を決したように俺をしっかりと見つめ口を開いた。

 

「は、はい。飛竜は目が余りよくありませんので……そ、そのお……注意していれば気が付かれる前に逃げることができますし……」

「そ、そうか……採集に夢中になったりしていたら仕方ないって」


 さっき犬の気配に気が付いたライラへ感心したものだけど、やはりかなりのおまぬけさんのようだ。

 注意して悪魔族の村に帰れば問題ないように思えるんだけど……モンスターが原因ではないな。じゃあ、こっちか。

 

「ライラ、何か村に戻りたくない理由があるの?」

「え、え、う……そんなことありません!」


 あー、図星だよこれ。

 生暖かい目でそのまま眺めていたら、彼女の頬がカーッと赤くなって俺から顔を逸らしてしまった。

 

「そ、そのお、良介さんのお手伝いをするとかダメですか?」

「え?」

「や、やっぱりお邪魔ですよね……。良介さんは英知を求めるのにお忙しいですし……」

「あ、いや、思ってもみない提案だったから驚いただけだよ」

「良介さん、一緒に住まわせてくれとは言いません。あなたの領域――窪地にいさせていただけませんか?」


 何だか話が噛み合ってこないぞ。一体彼女は俺を何だと思ってんだろ……。

 うーん、これは難しい問題だなあ。これまで接した経験から彼女が俺の寝込みを襲うようなことはないと思うけど、無いとは言い切れない。

 だが、彼女は異世界の住人で危険なモンスターがいる外へ日常的に出ているんだ。俺よりよほど野外生活の知識を持っていると思うんだよなあ。

 損得だけで見るなら、彼女が近くにいた方がよい。

 と御託を並べて自分を納得させようとしているけど、可愛い女の子がそばにいるのが嬉しいというのが本音といって間違いではない。

 「わーい一緒にいてくださいー」と言いたいのに捻くれた俺が理屈をつけているだけだよ!


――くうんくうん。犬の切ない声がますます大きくなってきた。


「ライラ」

「や、やっぱりお邪魔ですよね」

「いや、一緒にいてくれて構わない。俺がこの後無事ならね……」

「え、それってどういうことなんですか?」


 ライラは少し驚いたように尋ねてくるけど、俺は犬をこのまま放っておくことができないよ。

 

「ライラ、危険を感じたらすぐに飛んで逃げてくれ」


 俺はそう言い残して、ブロックで閉じ込めている犬の元へとにじり寄る。

 すると、俺の臭いを嗅ぎつけたのかハッハという音がブロックの中から聞こえてきた。

 

 まずは一つのブロックだけ取ってみようか。これなら大きな頭がなんとか出せるくらいだから、襲われることはないはずだ。

 ブロックは四つ重ねて積み上げたキューブ状になっていて、俺は下から二つ目のブロックを一つ取り除く。

 

「犬は……うおっぷ」


 犬が俺の胸に飛び込んできて尻尾を振っているじゃないか。

 あのサイズなら頭より先が出てこれないはずだが……ついつい犬をナデナデしてしまったけど、サイズが普通の犬になっている。

 この犬、自分の大きさを変えることができるのか。

 

 し、しかし見れば見るほど俺の飼っていたボーダーコリーのポチにそっくりなんだよなあ。

 白と茶色のモフモフとした毛並みといい、尻尾を振りながら俺の腹へ顔を擦り付ける様子といい……。ひょっとして、首輪とかついてたりして。

 

「首輪ついてる……」


 しかも、ポチの首輪じゃねえか!


「ま、まさかポチ?」

「わんわん!」


 名を呼ばれた犬は嬉しそうに吠える。

 ほ、本当にポチなのか? ポニーサイズに大きくなっていたのが謎だが……。

 この首輪は間違いなくポチのものだ!

 

 それにしても、ポチ……はしゃぎすぎだって。余りのポチのじゃれ具合に押し倒されそうになる。

 しかし、俺が「待て」の合図をするとポチはその場でお座りして舌を出しハッハと言いながら俺を見つめた。

 これは間違いない。この犬はポチだ!

 

「ポチ! どうして君がここにいるか分からないけど、無事でよかった! まさか父さんも来てたりするのかな?」

 

 ポチに問いかけるも、彼は「くうん」としか答えない。

 父さんがもしここに来ていたとしても、あの人ならまず大丈夫と思う……。まずは俺が生き残れるようサバイバルしなきゃな。

 

「よおし、ポチ、一旦窪地に戻ろう」


 ポチの首を撫でると、振り返ってライラの元までゆっくりと歩を進めるが、ポチはテンションが上がり過ぎたのか俺の周りをグルグル回りながらついてくる。

 

「さ、さすが賢者様です! 聖獣なのですね! その犬は!」


 ライラは余りの驚きからペタンと地面にお尻をつけていたが、俺と目が合うと立ち上がり喜色を浮かべてそう言った。

 

「け、賢者?」

「あ、すいません。そう呼称されるのがお嫌だとさきほどおっしゃられていましたのに……」

「え、ええと、俺は君の中でどんな扱いなんだ?」

「森に住まう英知を求める賢者様ですよね? 世を捨て隠棲し、この世のことわりを紐解くのに長い時間を過ごしているという伝説の。その姿は人間であるとも龍であるとも……」

「……な、なるほど……」


 そ、そういうことか! 悪魔族がよく出没する場所で悪魔族と会ったことが無い、誰も入ることも出ることもできない窪地に住んでいる……この二つの条件が重なってライラは勘違いしたってことか。

 その後、ブロック作成を偉大なる魔法と思い、ポチが聖獣かよ! ここまで勘違いが進めば乾いた笑いしかでない。

 

 彼女には折を見て俺の事情を話しておいた方がいいな……。

 俺のように日本からここへ転移してきた人がいるのかとか、聞ける情報があれば聞いておきたい。

 もし彼女が転移のことを知っているのならある程度知れ渡っている情報だろうし、俺が外部と接触するかどうかの指針にもなるよな。

 

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