第4話 巨大な犬!
時折ライラからの視線を感じながら、スイカを完食し果汁でベタベタになった手と口回りを小川で注ぐ。
ううむ。どうも彼女の態度が不自然なんだよなあ。最初に会った時のように全力で怖がっている方がまだ納得がいく。
どういえばいいんだろう、この感触……高校で二つ上の憧れの先輩と一緒にお食事しましたー的な雰囲気と言えばいいのか……俺としては若干座りが悪いんだよなあこれ。
いや、さっきも考えた通り彼女のこの態度は俺にとって望ましい。
崖上に連れて行った後、きっと彼女は悪魔の村とやらに帰るはずだ。崖がどの程度か分からないけど、俺の「ブロック作成」を彼女の前で披露しなければならない。
もし、この能力が異世界で希少なものだった場合、下手したら「悪魔の村」の連中に捕えられるかもしれない。いや、彼女の言葉を信じるなら、悪魔族は窪地には入ってこないだろうけど……。
うん、狙われたとしても窪地にいる限りは安全。なら、深く考えなくてもいいか! 俺は元々思慮深い方ではない。もっと気楽にいこうじゃないか。
「ライラ、崖まで行こうか」
「はい!」
俺が立ち上がろうとすると、ライラは慌てて俺より先に立ち上がりワタワタとお尻をパンパンと叩いたりしてほこりを払う仕草をしている。
そんな焦らなくてもいいのになあ……なんて考えているんだけど心の中の言葉と裏腹に彼女の短いスカートといい感じに引き締まったおへそ周りをチラ見してしまう。
「もっと普通にしてくれていいんだけど……」
「いえ! そんなわけには! 失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません!」
うわあ、やり辛ええ。
頭をボリボリとかきながら俺は先導するライラに付いていくのだった。
◆◆◆
「なるほど、これが断崖絶壁か」
「はい。良介さんにとっては断崖ではないかもしれませんが……」
おいおい、俺をどんな人間だと思ってんだよ。
予想以上に物凄い崖が俺の前に広がっていた。傾斜角は七十五度から八十度くらいある切り立った崖で高さが百メートルくらいあるぞ。
こんなもん直角と変わらねえって……これを道具無しで登り降りできる人間はいないだろう。動物でもテレビで見たヒマラヤに住んでいるような鹿や小動物なら登ることはできそうだけど、大型動物ならまず登ることは不可能に違いない。
ライラ曰く、断崖絶壁が取り囲んで窪地になっているんだったな……崖の上から見下ろせば窪地の全貌が見渡せるだろ。
「じゃあ、準備をするから下がっててもらえるかな」
「はい」
それじゃあ、一丁やるとしますか!
俺はジャージの袖をまくってタブレットを出現させる。
タブレットに手近な木を映しこみ、ブロック化した。
次の瞬間、木質以外の葉っぱなどが全てバサバサ―っと落ちてきてビックリした鳥たちが音を立てて飛んでいく。
「す、すごいです! さ、さすが良介さんです!」
「できれば、村の人へはこのことを黙っていてくれると嬉しい」
「も、もちろんです! 口外は決していたしません。隠棲の邪魔たては決して!」
も、もう何も言うまい。この様子だと本当に黙っていてくれそうだから良しとするか。
「一気にブロックを作ってしまうから、上から落ちてくる物には気を付けてくれ」
「はい!」
ライラに注意を促した俺は、次から次へと木をブロックに変えていく。
よおし、こんなものか。
「じゃあ、動かすからそっちへ移動しててもらえるかな」
「はい!」
タブレットを操作して崖を登るようにブロックで階段を作っていく。
指で画面をタッチしてスライドさせるだけだから、ものの五分で階段は完成した。
「それじゃあ、上まで行こうか」
「……」
おーい、戻ってこーい。
俺は茫然としているライラの顔の前で手を振ってみるけど、彼女は固まったままで反応を見せない。
「ライラ」
「……す、すいません。これほどの魔法を見たのは初めてでして」
「魔法か……君たち悪魔族は魔法を使うのかな?」
「は、はい。私も少し……あなたに使えると申し上げるのがお恥ずかしいほど、ほんの少しですが使えます」
異世界で定番と言えば、定番なんだけど……魔法かあ。これは猛獣も含めて警戒レベルをあげる必要があるな。
魔法は俺にとって未知の技術で、どのような効果を及ぼすか計り知れない。物理的なもの……例えば炎の弾とかなら防御する手段はある。
しかし、マインドコントロール的な精神作用があるものだったら一発喰らえば何も抵抗できないだろう……。
そもそも俺が戦闘なんてできるのかって? 父さんじゃあるまいし、ナタを持って動物と切りあうなんて無理だ。
だけど、俺だって条件が整えば戦うことができる。できれば荒事は避けるにこしたことはないけどな。
なんて考えながら、ブロックの階段を登っているとあっさりと崖の上まで来ることができた。
「すごいです! あっさりと到着しました!」
「ちょっとだけ、待ってもらえるかな」
「はい!」
階段を残したままだと、変なのが降りてきたら困るからな。崖の上にある程度移動させておこう。
よし、これで大丈夫かな。
「お待たせ」
「良介さん、何か気配がします」
ライラは耳をそばだてて、俺へ囁くように呟いた。
一見するとポヤポヤした感じに見える彼女だけど、やっぱり異世界の人間なんだなあとこういう姿を見たら改めて認識する。おっと、そんなボヤっとしたことを考えている場合じゃない。
俺はライラが顔を向けた方向へ目を凝らす。
すると口に何かをくわえた犬が遠目に確認できた。あの犬、うちの飼い犬と同じボーダーコリーに見える。異世界にも同じ犬種がいたとは! 少しテンションが上がってきた俺だったが、すぐに背筋に冷や汗が垂れる。
なぜなら、犬の姿がどんどん大きくなってきているからだ!
遠近がおかしくなったのかと目を擦って見返したけど、やはり……間違いではない。
口にくわえた何かは猫くらいのサイズの動物かと思ったけど、あれは鹿だぞ! 小鹿じゃなくて成熟した鹿。
「で、でかいって!」
「馬くらいでしょうか」
「馬よりは小さいかもだけど、ポニーくらいはありそうだよ……。あれはモンスターか何かかな」
「いえ、見たことがありません……し、しかし……良介さん」
「あ、ああ。一目散にこっちに駆けてきてるよな」
「良介さん、お渡ししようと思っていたソードブレイカーですが、少しお借りします」
ライラはお尻の上に横向きに装着した革のホルダーからサバイバルナイフくらいの大きさがあるソードブレイカーを抜き放つ。
変わった剣だなこれ。片刃の剣なんだけど、背側がギザギザになっていて剣にしては刀身が分厚い。
「ライラ、これくらい距離があるならちょうどいい。条件も整っているから任せてくれ」
「はい!」
俺の提言にライラはあっさりと身を引き、俺の後ろに控える。
条件とは、近くに動かせるブロックが多数あること。先ほど崖の階段を作ったブロックは手元に移動させたからブロックの数は問題ない。
見ていろよ。試すのは初めてだけどきっと大丈夫だ!
俺はタブレットを出すと、ブロックを移動させる。
走ってくるポニーサイズの犬へタブレットを向けると奴の走る道を塞ぐようにブロックをスライドさせ決定!
すると、ちょうど犬の目の前に木のブロックが三段積み上げられた状態で出現し奴の行く手を遮る。
ギリギリで急ブレーキが間に合った犬はなんとかブロックにぶつからずに停止すると右へ舵を切ろうとする。
しかし、その時には俺が左右へブロックを置いた後だ。奴の逃げ場は後ろのみ!
「これで、チェックメイトだ!」
俺は犬の後方、そして天井部分にブロックを動かし奴を完全に囲い込む。
「ふう」
ぶっつけ本番だったけど、昨日家を作った経験があったからなんとか成功させることができたぞ。
「良介さん!」
ライラはキラキラした目で俺を見つめ、両手を胸の前で組んだ。
「犬は身動きが取れないから安全になったはずだよ。ライラ、他にモンスターの気配は感じないか?」
「少しお待ちください」
ライラはしゃがみ込んで耳を地面につけ、立ち上がり目をつぶって音に集中する。
し、しかしさっきから、犬の声が耳につくな……。
吠えて怒っている声じゃないのが何とも俺の罪悪感を刺激するんだ。
くうんくうんって鳴いてるんだぞ。犬を飼っている俺だから分かる。これは困った時に飼い主へ甘える鳴き方なんだよお。
「ライラ、どうかな? 大丈夫そう?」
「はい。モンスターの気配はしません。しばらくは安全と思います」
「じゃあ、村へ帰ることはできそうかな?」
「は、はい……ですが……」
何やら歯切れの悪いライラへ、何かあるなと思った俺はどうしたものかと少し思案するのだった。
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