第3話 食べませんから!

――翌朝

 余り寝た感じはなかったけど、目が覚めるとある事実に気が付き顔が青くなる。

 慌ててブロックの家から外に出ると、隣に立つもう一つの家へ向けて声を張り上げた。

 

「ごめん、閉じ込める気はなかったんだ。起きてたら返事をしてくれないか?」


 そうなのだ。昨日は安全のためと入り口をブロックで閉じたのはいいんだけど、俺以外このブロックを動かす手段が無い事まで気が回らなかった。


「あ、あなたが助けてくれたのですか?」


 中から鈴が鳴るような声が聞こえてくる。おお、目が覚めたんだな。良かった。

 

「ああ、昨日気を失っていたから、安全のためそこに閉じ込めてしまったんだよ」

「ありがとうございます! おかげで助かりました!」

「今開けるから」


 タブレットを操作して入り口のブロックを消すと、中から頭に角が生えた女の子がゆっくりと姿を現した。


「きゃああああああ!」


 しかし、彼女は俺と目が合ったとたん絹を割くような叫び声をあげて家の中に引っ込んでしまう。一体全体どうしたって言うんだ?

 ま、まさか……。

 

 俺は恐る恐る踵を返し背後を確認してみる……ふう、何もいなかったぞ。

 てっきり後ろに猛獣やらがいるのかと勘ぐってしまった。てことはあの子、俺を見てあんなに叫んだのかな?

 えええ、俺ってそんなに恐ろしい見た目をしているかなあ。短髪の黒髪、黒目で群衆の中に紛れたらまるで目立つこともない十人並みの容姿だと思うんだけど。


「怖がることはないって。見ての通り俺はただの人間だよ」


 俺はできる限り優しい声で彼女へ語り掛けるが、すぐに彼女から興奮した声が帰ってくる。

 

「や、やはり『人間』なんですね! こ、来ないでください!」

「別に君をどうこうしようと思ってないって。そうするなら、君が気を失っている間に何とでもできただろう?」

「ほ、本当ですか? 人間は私たちをすぐに食べるって聞いていたんですが」

「ど、どんな人間なんだよ……」


 い、いかん。つい突っ込みを入れてしまった。ここは諭すように柔らかな紳士を演じないと。

 まず彼女を安心させてまともに話ができるようにしないとどうにもこうにも。

 

「さっきも言ったけど、やろうと思えば気絶している間にいくらでも好き勝手にできただろ?」

「た、確かに……そうですが……し、信じられません。ほ、本当に?」

「あ、ああ」

「食べませんか?」

「うん、君がどれだけ可愛かったとしても食べないと約束するよ」

「か、可愛い……」


 あちゃー。また震え出してしまったかなあ。

 彼女の中で人間ってどんなイメージなんだよ。女と見れば所かまわず食っちまうとか思ってんのか?

 「可愛い角っ娘、ぐふふ」って取られちゃったのかなあ。完全に誤解だよ! それは。

 いや、もしかしたら異世界の人間の男どもはみんなそんな感じなのか……もしそうなら人間と仲良くはなれないかも……。少なくとも俺はそうじゃないと理解して欲しいところだけど。

 

 それとは別にさっきから喉が渇いて仕方ない。切迫した危機が迫っているわけでもないし、まずは水を飲んでスイカでも食べるか。

 その後ゆっくり彼女と会話をすればいいさ。

 

 昨日木から落としたスイカがまだ傷んでいなかったから、両脇に一個ずつ抱えて一つを彼女の入っている家の前に置いて、小川のほとりに腰かける。

 よおっし、日が昇ってきているしこれから暑くなるだろう。なら、夏の風物詩スイカを小川にどぼーんだ!

 俺はスイカを小川にそっと転がし、手で水をすくってゴクリと飲む。

 

 ふうう、水場ってやはり必要だよな! うん。

 小川の流れでスイカが下流へ流れていかないか心配だったけど、幸いスイカが流されるようなことはなかった。

 あ、そうか。

 

 俺は落ちているスイカを幾つか小川の中に入れ満足気に髪をかきあげる。冷やしておけば、今日一日くらいなら持つだろう……たぶん。

 腐ってしまったらその時はその時だ。腐らせることは勿体ないけど、幸いスイカはまだまだ大量に木に成っているからな。

 

「あ、あの……」

「ん?」


 いつの間にか角の生えた女の子が俺の後ろに立っていて、長いまつげを伏せ肩を震わせていた。


「大丈夫だよ。何もしないから」

「あ、あの。スイカとお水、ありがとうございました! 信じられませんが、人間であるあなたが私を助けて下さったのですね」


 さっきからそう言っているんだけど……。ここで苦言を呈しても仕方がない。

 

「スイカばっかりで悪いけど、一緒に食べる?」

「はい! 昨日に続き、今日までもありがとうございます」


 俺がその場であぐらをかくと、彼女もペタンと座り込む。

 目を開いた彼女を間近で見ると……紫色の髪の肩口ほどの長さをアシンメトリーにした髪色だけでなく、少し垂れた目は緑色と人間だと見たことのない色の組み合わせをしている。


「どうされましたか?」


 彼女はまだ少し俺のことが怖いのか、眉を下げ上目遣いで俺に尋ねてきた。

 

「あ、いや、俺は君のような種族? を見るのが初めてだから」

「え! えええ! わ、私は悪魔族のライラと言います」

「あ、俺は日野良介。よろしく」

「はい、日野良介さま」

「『さま』はやめてくれ! あと、俺の名前は良介。日野か良介かどっちかで呼んでほしい」

「え、でも……ご本人の希望でしたら仕方ありません……良介さ、ん」


 ライラは遠慮がちに俺を「様」と呼ぶのをやめてくれた。

 し、しかし一体どうしたっていうんだ?

 今の会話で彼女が何か感じ入るものがあったんだろうか。彼女の態度が俺を恐れるものから、敬意を払うというか目上の人に対する親しげなものに一変したことは確かだ。

 まあ……まともに会話できないよりよっぽどマシだから、俺にとって歓迎すべきことだよな。

 また何か引っかかる言葉があって態度が急変しても困るから、今のうちにこのまま聞けることは聞いてしまおう。


「ライラ、良ければ君が木の上で気絶していた経緯を聞かせてくれないか?」

「はい。良介さん。私は採集を行いにこの辺りまで来ていたんですが、飛竜に追いかけられてしまって――」


 飛竜とかいるのか……さすが異世界。出会ったら一発でお陀仏だな。出会わないことを祈ろう。

 ライラは飛竜に追われて逃げている途中で、たぶん脱水症状になってたまらず木の上に身を隠したんだろう。

 でも、それだったら疑問が出て来るなあ。

 

「ライラ、体力が尽きて木に身を隠したんだよね?」

「いえ、違います。良介さんもご存知の通り『窪地』へ逃げ込んだんですよ」

「ん?」

「あ……良介さんは知らないかもしれないですが、悪魔族をはじめ飛べる種族の多くは、この窪地へ一度入ると脱出できないんです。ですから飛竜も」


 う、ううむ。話が見えてこないぞ。俺は更にライラへ質問を投げかけると、彼女は丁寧に事情を説明してくれる。

 俺のいるこの場所は断崖絶壁に囲まれた「窪地」だそうだ。断崖絶壁は高さがあるから一度落ちると飛んで抜け出すことが難しいという。だから飛竜はライラを追いかけることを諦めた。

 思いがけずライラから周辺事情を聴けて良かったけど、俺のいる場所は僻地の中の僻地……一度入ると抜け出せない曰く付きの場所だったってわけか。

 

 いやでも、悪い事ばかりじゃない。断崖絶壁は天然の要塞と考えればどうだ? 断崖絶壁のおかげで危険な大型生物が入ってこれなくなっているはずだから、ある程度安全が保障されている。

 まあ、窪地の中で人に会うことは絶望的だけどな!

 

「ライラ、君を断崖絶壁の外まで連れて行ってあげてもいい」

「え? 良介さんは外に出る手段があるのですか?」

「たぶんだけど、出ることが可能だ。でも、一つお願いがあるんだ」

「な、何でしょうか……」

「ナイフとか、鍋とか何でもいいからもし持っていたら道具を譲ってくれないか?」

「それくらいのことでしたら、お譲りします」


 彼女は腰のポーチに手をかけベルトからポーチを外そうとするが、俺はそれを手で制する。

 彼女は本当に警戒心ってものがないな……さっきまであれほど怖がっていたというのに。この先彼女が大丈夫か心配になってくるよ。

 もし、ナイフとかを受け取った俺が彼女へナイフを突きつけるなど考えないのだろうか……。

 

「ライラ、崖の上に登った後でいいから。成功したら譲って欲しい」

「分かりました! でも、良介さんなら……必ず成功すると思ってます」


 な、なんだよ。その根拠のない自信は。ライラの態度が変わってから、どうも俺のことを何かと勘違いしているようなんだよなあ……。

 まあ、崖の上に登るまでの付き合いだから、問いただす必要もないだろう。

 

「じゃあ、スイカを食べたら崖まで行ってみようか」

「はい!」

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