第2話 女の子が落ちてきた!
周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩を進めていると自分の家族や仕事のことが嫌でも思い浮かんでくる。
あああ、倉庫の奥に仕舞い込んでいるキャンプセットがここにあればなあ。ひょっとしたら、俺が来たように父さんも来ているのかもしれない……もしそうなら高齢だから心配だよ……。
いや、そんなことはないか。俺よりよっぽどサバイバルに向いてるよあの人は……猟友会に所属しているくらいだしさ。
そう思うと、俺は……多少のアウトドア知識がある程度だもんなあ。
仕事はまあ、迷惑はかけちゃうけど俺一人いなくても会社はちゃんと動くし……最悪俺が首になるだけだ。
いかんいかん。暗くなっていても仕方がない。
俺はパンと自分の頬を叩くと再び前方に集中をし始める。
木、木、木、草、草、たまに巨大な毒々しい色をしたキノコ。
鳥の
あ、バナナぽい木もあるなあ。見た目は地球のバナナにそっくりだけど、食べられるのか判断がつかない。
こんな時、ポチがいれば匂いを嗅いで食べられるのか判断してくれそうなんだけど。
ポチ……たまに雨だからといって散歩に連れて行かなくてごめんよ……変わらぬ景色に俺はつい現実逃避した弱音を吐いてしまう。
ポチというのは我が家で飼っているボーダー・コリーという犬種の犬のことで、首元のモフモフを撫でてやるとハッハして喜ぶ可愛い奴なのだ。
「お、あった! 川だ!」
さっきまでの落ち込みもなんのその、俺は発見した小川に向かって駆け出す。
近くに寄ると思ったより川は小さいものだった。
幅は一メートルもないくらいで、深さも俺の指先から肘くらいまでといったところだ。しかし、水場は水場。
気になる水質も熱帯雨林のアマゾン川みたいな濁った水じゃなくて、透明感溢れる澄んだ水だったので幸運といえよう。
流れる水を見ていると、ゴクリと喉が鳴る。転移してから体感で二時間くらいたつんだけど、何も口にしていない。歩くだけで汗ばむような暑さだから、喉が渇いて仕方ないんだよ……。
んー、生水をそのまま飲むのは良くないんだけど……、もう我慢できん!
少なくとも煮沸してから飲みたいところだったけど、火を起こすにライターの一つも持っていないし鍋ももちろんここにはない。
俺は、吸い寄せられるように手ですくって小川の口に含んだ。
「おいしい!」
冷たい水が喉を通ると生き返ったような気分になる。
そのまま勢いに任せて更に水を飲んだ後、水場から少し離れた場所で腰を下ろす。
一息つけたからか、お腹がぐうと空腹を主張してきたけど食事をしてゆっくりしているわけにもいかないんだよな……。
空を見上げると、太陽が真上から少し傾いてきているから夜を安全に凌げる場所を作らないとな。
幸いこれについては、ブロックを積み上げることで達成することが可能だろう。木をタブレットで映しブロックにして指で移動させるだけの簡単なお仕事だ。
今から始めたら日が暮れるまでに十分間に合う。ついでに果物の成っている木をブロック化して果物を夕飯にしてしまおう。
◆◆◆
木から何が落ちてくるか分からないから、距離をとってタブレットで木を映す。
最初は次々と木をブロック化していき、ある程度ブロックの数が揃ったところでブロックを動かすことにした。
家を組む前にまずはブロックがどのような法則を持っているのか確かめることにしよう。
俺はタブレットを操作して空中にブロックを移動させて手を離す。
すると、ブロックは空中に移動したが、重力に引っ張られて地面に落ちてしまった。
なるほど、空中に移動させることはできるけど動かした後は自然法則に従うのか。
じゃあ、次だ。
ブロックを横に三つくっつけて空中に浮かべると、それを支えるように両端へ一つブロックを置いてみる。
「お、真ん中のブロックが落ちて来ないな」
どうやらくっつけた場合、ブロックは個別の扱いになるわけではなく強固に接着した状態になるようだ。
つまり柱や天井を作る分には問題ないってことになる。ブロックは後から自由に動かすことができるから、くっつけ方を間違ったとしても問題ない。
これなら、簡易的な家を作るに全く問題ないな! 俺はウキウキしながら、更に木のブロックを作成していく。
しかし、三本目の木をブロック化した時――
――空から女の子が落ちてきた!
「エマージェンシー、エマージェンシー」とアメリカンなドラマのセリフが頭の中に流れながらも、俺は落ちてきた女の子を観察する。
どうやら気を失っているようだけど、俺の目は彼女に釘付けになってしまう。
それは、彼女の薄紫の髪色や、黒の丈が短いノースリーブを着ていたからなまめかしいヘソが見えていたからでもなく……。
ましてや、ふわりとした薄紫のスカートから伸びる太ももに目を奪われたからでもないのだ。
俺が気になっているのは、彼女の頭から生えた可愛らしい羊のような内側に湾曲した二本の角。これって本物なのだろうか、それともアクセサリー?
「大丈夫?」
声をかけてみたけど、彼女は目を閉じたままでまるで反応が返ってこない。
肩をゆすってみるが、うめき声さえあげず完全に気を失っている様子だった。
まさか……俺は少し悪いなと思いながらも緊急事態だから仕方ないと割り切り、彼女の頭のそばに膝をつくと、艶やかで染み一つない額へ手を当てる。
熱い! これは明らかに熱があるぞ。
一番可能性が高いのは熱中症。水を飲まずに炎天下で活動していると脱水症状を引き起こし熱が体の外に出なくなってしまう。
たかが熱中症といって、放っておくと命の危険まである恐ろしい症状なのだ。
小川のすぐそばに急ぎブロックで屋根を作って、彼女の膝と首の裏へ手を通し姫抱きする。
すると、だらんと背中からコウモリのような翼が垂れ下がったじゃないか! 驚きで思わず落としそうになったが、慌てて体勢を整え事なきを得た……。
こ、これ背中にくっついているよな……彼女は人間じゃあないことが確定だ……。だからと言って、彼女の看病をやめようなんて気は毛頭ないけど。
屋根の下に彼女を寝かせると、手で水を運び彼女の口へと垂らす。
彼女の喉に水が通ったことを確認できて少しホッとした俺は、何度も彼女へ水を与えた後一息ついた。
本当は濡れタオルとかで体を冷やしてやるといいんだけど、そんな便利なものはここにはない……。最低限水だけは飲ませたから、後は回復してくれるのを祈るばかりだ。
彼女の様子をこのまま見守りたいところだったけど、日が暮れるまでに家を作っておかないと夜が危険になってしまう。
俺は後ろ髪を引かれる思いで、再び家作りを開始する。
木からブロックを作り、充分な数が揃ったのでタブレットを操作して一気に四角い家を「二つ」組み上げた。
うん、彼女を寝かせるために家を二つ分作ったのだ。一つ作って大して時間がかからないことが分かったから、同じ形の家をもう一つ作ったってわけだよ。
完成した家に未だ目を覚まさぬ女の子を運びこんで、俺は小川のそばにスイカを二つ持っていく。
今日の夕飯は採りたてのスイカだ。このスイカが食べて問題ないかどうかは分からない。でもまあ、たぶん大丈夫だろうと何となく思っている……。
少しでも食べておかないと動けなくなってしまうからな。そうなってしまってからでは遅い。ここで頼れるのは自分だけなのだから。
なあんてことを考えていたけど、さっきからお腹がグーグー鳴りっぱなしだ。
岩にぶつけてスイカを割ると、さっそく食べてみる。
「うん、おいしい」
ちょっと水っぽ過ぎるスイカだったけど、サバイバルで食べたからだろうか普段食べるスイカよりもよほどおいしく感じられた。
スイカを割ったとき、ちょうど真っ二つに割れたから赤い部分は手ですくって食べて、残りは小川の水で
そこへ水を入れ、もう一つのスイカを小脇に抱え女の子が枕元にそれらを置く。
目が覚めたら、きっと喉が渇いているだろうし、お腹がすいているだろうから……。
俺は彼女の顔をひとしきり眺めた後、安全のため入り口をブロックで塞ぎ、もう一つの家へと入る。
中は灯り一つなくて真っ暗だったけど、野生動物の侵入を防止するため入り口はブロックで閉じた。
こんなところで寝れるかなあと思っていたけど、横になった瞬間急速に眠気が襲ってきて泥のように眠ってしまう。
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