第169話 ラブポーション

 俺たちはどこかの港に寄ることもなくパレード港を目指した。

一刻も早く勇者ラジープに会いたいという思いがあったし、ユリアーナに対してはなるべく自分たちの足跡を残したくないとも考えていたからだ。

補給ができないので空間収納の食料は日々目減りしていったけど、自分で操作する船旅は自由と開放感に満ちていた。

寝るのだって、そこら辺の浜辺を使うわけだが、キャンプというのは俺の性にあっているようで苦にはならなかった。


「ヒノハル様、そろそろ今夜のねぐらを探す時刻ですな」


 ラクさんの言葉に時計を確認すると時刻は四時半を過ぎていた。


「あの島なんてどうかな?」


 前方やや左よりの島を指さして双眼鏡を覗き込む。

キュバール本島からは少し離れてしまうが、白い砂浜を持つ上陸しやすそうな島だった。


「よさそうな島ですな」


 ラクさんは鼻をヒクヒクさせながら上を向いたが、追い風のせいで匂いの情報は入ってこない。

ただ双眼鏡ではマンゴーや極小のバナナらしき実が生えていることが確認できた。


「ラクさん、トロピカルフルーツだよ!」


 無邪気に喜ぶ俺をレナーラさんが呆れたように見ている。


「何がそんなに嬉しいの?」

「だって収納の中のフルーツはほぼ食べつくしちゃったからさ。取れたての果物は嬉しいだろう?」

「私はフルーツより肉が食べたい!」


 肉料理のストックも底をついているんだよね。

釣り糸を垂れれば魚はかかるので食料には困っていないのだけど、いささか飽きてきたことは否めない。


「猫人は肉を食べないとイライラするの。魚はもう飽き飽きなの。シャーッ!」


 レナーラさんはふざけて爪を出してみせた。


「そうですねぇ……。まだ日も高いし、あの島で狩りでもしてみますか?」


 レナーラさんの尻尾がピンと立ち、ラクさんの尻尾もユッサユッサと揺れた。


「野生のヤギとかウサギなんかが見つかるかもしれません」


 これまでの露営地でもたびたび見かけてはいるから、あの島にだっていてもおかしくはないよな。


「私は断然アルマジロが食べたい! よ~し狩るぞぉ~」


 異世界のネコ娘は完全に肉食の気分に浸っているようだ。


「アルマジロって、食べられるの?」

「アルマジロのシチューは最高よ! 世界で一番美味しいと思うわ」


 そういえば地球でも中米ではアルマジロを食べていたような情報が俺の中にある。

都合のいいことに空間収納の中にはクロスボウもあった。

記憶にはないけど俺が使っていたものなのだろう。

これを狩りに使えば案外簡単に獲物は獲れるかもしれない。

ちょっぴりかわいそうだけど俺はアルマジロのシチューが気になっていた。


 たくさん獲物を獲って今夜は焼肉パーティーだ! 

……なんて甘い考えでいた時もありました。

目下、私は過去の自分を反省しております。

俺たちは狩る側じゃなくて、狩られる立場の方だったんだよ!


 30人を超える虎人族が俺たちをずらりと取り囲んでいた。

港湾設備などの人工物が見当たらなかったので、てっきり無人島だと思って油断をしていたよ。

まさかここが虎人族の縄張りにしている島だとは思わなかったんだ。


 虎人族というのは他の獣人とはかなり違う。

外見は端的にいうとタイガーマスクだ。

人間の体に虎の顔が乗っかっている。

衣服は革製の露出が多めのものを着ていた。

男はブリーフみたいなパンツ一丁、女はビキニ姿がデフォルトだ。

男も女も身長が高く、例外なく筋肉質だった。

そして奴らは他種族の獣人を捕食することでも恐れられていた。

同族である虎人以外はすべて食料の対象となってしまうのだ。


「今日は良い日だ。犬が二匹にヒトが一匹、さらに猫が一匹もこの島に訪れるとはな」


 俺もラクさんも犬人族ではないが、間違いを訂正できるような状況ではない。

とにかく大事なのはコミュニケーションだ。

「勇気六倍」をフル稼働で挨拶を試みた。


「こんにちは。突然お邪魔してしまい申し訳ございません」


 槍を持った族長らしい男が満面の笑みで挨拶を返してくれる。

一際体の大きな男で、笑うと凶悪な牙がギラリと光った。


「我らの島によくぞ参った。大いに歓迎するぞ!」


 あれ? 

思っていたよりずっとフレンドリー? 

だけど次に聞こえてきた子どもの無邪気な声に俺たちは絶望することになる。


「やったぁ、今夜は人族のスープだね!」

「はしゃぎすぎちゃだめよ。それに好き嫌いを言わずに犬人だって食べなさい」

「ええ~」


 あどけない顔をした子トラがふくれっ面をしている。

その様子はとても可愛いのだが、話の内容はとんでもなく恐ろしい。

お母さん、無理をして食べさせなくてもいいと思いますよ。


「わ、私は猫人だよ。猫と虎は親戚ね。食べちゃだめよ!」


 レナーラさんの必死の訴えは鼻であしらわれた。


「フン! お前には若い者の相手をしてもらおう。もしも子どもを孕むようなら命だけは助けてやる」


 おいおい、このままじゃ俺たちはスープだのBBQだのにされてしまうではないか⁉ 

相手が10人程度ならスキルを駆使して対抗できたかもしれないけど、この人数ではたちまち制圧されてしまいそうだ。

頭の中で戦いをシミュレートしてみる。


 麻痺魔法と「火鼠」のファイアーボールで奇襲。

囲みに穴をあけここから脱出。

「地牛」の防壁で後方を足止め。

とはいってもこれは土壁を乗り越えられたらそれで終わりだ。

足の速いラクさんなら逃げ切ることもできるかもしれないけど、エマさんと俺は確実に捕まるだろう。

そもそも麻痺魔法とファイアーボールだけで最初の突破をできるかが怪しい。

やっぱり話し合いで解決できないだろうか。

贈り物をして懐柔する作戦だ。

空間収納の中の料理はほとんど残っていない。

あるのは酒か品物だけど、虎人が腕時計なんて喜んでくれるのか? 


 ジリジリと迫ってくる虎人に対してラクさんは爪を出し、エマさんが剣を抜いた。

レナーラさんもナイフを手にしている。

そんな緊迫した状況の中で俺は必死に空間収納の中を漁っていたが、そこで小さな箱に気がついた。

手のひら大の黒い紙箱で、表面には金色で「またたび」の四文字が記されている。

なんでこんなものが空間収納の中に?

考えても記憶のない俺に答えなど出るはずもない。

だけど、虎ってネコ科の動物だよね? 

だったらマタタビを喜んでくれるかもしれない!


「みなさん! 私は皆さんに素晴らしい贈り物を持ってきたのです! 私たちを食べようとする前にぜひこれをご覧ください!」


 ポケットにあったタオルハンカチを広げ、その上にマタタビの粉末をかける。

虎人がこれを気に入ればまた持ってくることを条件に解放してもらえるかもしれない。


「うん? 贈り物だと? いったいなにを……クルルルル」


 マタタビの効果はてきめんだった。

いや、俺の予想をはるかに超えて天空の月までたどり着くくらいにすごかった。

マタタビの匂いを一嗅ぎした族長はその場にペタンと横になると恍惚とした表情で体を大地にこすりつけ始めたのだ。

他の虎人もマタタビの粉末がついたハンカチを奪い合ってはコロンコロンと寝転がっていく。

今やタオルはボロボロのかぎ裂き状態なのだが虎人たちはお構いなしだ。

俺は収納から新しいタオルを取り出し、マタタビの粉末を振りかけては虎人たちの群れに投げ入れていった。

やがて虎人は自分たちの衣服をはぎ取り、大乱交がおっぱじまってしまう。


「Oh! ラブポーションNo.9!」


 アホなことを言っている場合じゃないか。


「ヒノハル様、今のうちに逃げましょう」


 エマさんが目の前の痴態に顔を赤らめながら退路を窺っている。

ありがたいことに、虎たちは目の前の性交に夢中で俺たちのことなど気にも留めていないようだ。

貪るように舐めあい、体を重ねる虎人たちの横を邪魔をしないように通り抜けた。


「ラクぅ~、ヒノハル様ぁ~、どっちでもいいから抱いてぇ~!」


 完全にさかってしまっているレナーラさんをラクさんと二人で肩に担ぎ上げるのは骨が折れたけど何とか船まで走った。


 海岸まで出るとエマさんが船を係留していたロープをほどき、ラクさんが船体を押した。

俺は神の指先ゴッドフィンガーを使ってレナーラさんの状態を治療していく。

このような無言の連携が取れるほどパーティー練度は深まっていた。


「ほら、じっとしていてください。魔力を送り込めないでしょう!」

「ヤアダァ! もっと激しくしてよぉ! もう我慢できないの!」


 マタタビってこんなに危険なアイテムだっけ? 

元気のない猫ちゃんにやれば、喜んでくれるくらいの認識だったよ。

すこし強引に首根っこを捕まえて魔力を送り込んでいくと、ようやくレナーラさんは借りてきた猫のようにおとなしくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る