第161話 収納の中

 ラクさんの言葉は衝撃だった。

魔法で食べ物を作り出せるだって? 


「本当にそんなことができたの?」

「どうやっていたのかは知りませんが、いつも不思議で美味いものを俺たちに食わせてくれました」

「そうそう、スモアとかピザとかチーズバーガーとかね」


 レナーラさんもウンウンと頷いている。

だけどジャンクフードが多すぎないか? 

俺はアメリカ人かよ!?


 魔法で食べ物をねぇ……。

頭にラーメンが思い浮かんだので魔力を具現化しようと試みた。


「こってりネギ多め……こってりネギ多め……こってりネギ多め……」


 できないぞ。


「魔法を使うときはそんな呪文はなかったですよ。まるで空中から食べ物を取り出すみたいに、次々と美味しいものが現れたんです」

「そういえば、食べ物だけじゃなかったな。俺がいただいたメモ帳やペンもいきなり現れた気がする」


 それって……。


スキル「空間収納」復活。


 そうか! 

そういうことなんだ……。

頭の中でニューロンからニューロンへと信号が駆け巡っていく。

そして、ついに俺は秘密の宝箱のカギを開けた。


「うおおっ!!」


 あまりのことに我知らず声を上げてしまう。


「突然どうしたのですか?」


 ラクさんたちには空間収納の中が見えていないようだ。

見えていたら絶対に驚くと思うもん。

小学生くらいなら余裕で入れそうな空間に、荷物がびっしりと積まれていた。

一つ一つ取り出して中身を確認していくか。


「この段ボール箱はなんだろう?」


 一番手前の箱はかなりの重量がある。

中を調べると赤ワインのフルボトルが12本入っていた。

ラベルには「甲斐ルージュ」とあり、山梨県で作られたワインのようだ。


「それはクララ様がお好きな銘柄でした」


 エマさんの言葉にスキルで暗記していたメモの内容を思い出す。


 倉庫のワインを収納に移し替えておく。


 収納というのはこの「空間収納」のことだったんだ! 

ということはどこかにあれもあるはずだ。

端から荷物を引っ張り出していくと、目的の小箱はすぐに見つかった。

 緊張しながら蓋を開けると、現れたのはダイヤモンドをあしらったプラチナの指輪。

震える手で指輪をつまんで確認すると、内側に文字が見えた。

ザクセンス文字でクララとコウタの頭文字が彫ってある。

やっぱりそういうことか……。

呪いを解いて会いに行かなくちゃならないな。


「ラクさん……手紙のこと、頼みましたよ」

「はい。お任せください」


 俺は少しだけ顔もわからない婚約者に思いを馳せた。


 この「空間収納」というスキルは非常に役に立つ。

中に入れていた食料も温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいままで保存されるようだ。

和食を中心にいろんなものが入っていて、高級そうなスイーツから駄菓子なんかも置いてある。

もう少し早く気が付いていれば北野優一君にも分けてあげられたのに残念だ。

再会したときは、ぜひ日本の食べ物を進呈することにしよう。


 食べ物の他にも旅の役に立ちそうなものはまだまだあった。

一番目を引いたのは大きな登山用ザックに詰め込まれたグッズの数々だ。

テントや寝袋、レインウェアや調理器具など、戸外で生活するのに役立つ道具が一通り揃っていたのだ。

医薬品に至っては日本製のものだけではなく、効き目の強いアメリカ製のものまであった。

こんなものをどこで手に入れたのだろう?

 食料は豊富だし、水は魔法で作り出せる。

薬品や燃料まで豊富にあるので、これだけで2週間は過ごせそうだった。


「このアタッシュケースはなんだろう? 随分と重いな……っ!」


 取り出したのはゼロハリバートンの堅牢なアタッシュケースだ。

アポロ11号計画で、月の石を持ち帰るためのアタッシュケースをつくったことで有名な会社だったよな。

自分の記憶はないくせにこういうことは憶えている。

シリンダーとダイヤル式の二種類のカギがついていたが「開錠」スキルで簡単に開けることができた。


 中を見て絶句してしまう。

クッション材を切って手作りしたような入れ物に大きな金貨がぎっしりと詰まっているではないか。

いくら入っているんだよこれ!?


「エマさん、俺って金持ちだった?」

「はい。かなり……」


 ざっと見た感じでは数千万レウン……いや億は超えているな……。

アタッシュケースはもうさらに二つある。

こっちも現金かな? 

開けてみると一つは地球のお金が詰まっていた。

円やドル、ユーロだけでなく、ロシアルーブルや元なんかも入っている。

こっちはディルハムだっけ? アラビア文字が書かれている紙幣も入っていた。

あまりのことに呆然としてしまう。


「なんかきれいな紙ですね。何かの飾りですか?」


 紙幣というものを知らないレナーラさんがクンクンと匂いを嗅いで顔をしかめた。

お金なんていい匂いはしないからね。

現金の入ったケースの蓋を閉めて最後の一つも確認してみたが、こちらには高そうな腕時計が何本も入っていた。

ヴァシュロン・コンスタンタン? パテック フィリップ? オーデマ・ピゲ? 

どれも聞いたことのないようなメーカーばかりだ。


「エマさん、俺には時計をコレクションするような趣味がありましたか?」

「いえ、それはアミダ商会で販売するための商品ではないでしょうか?」


 なんだ、その微妙なネーミングは。


「アミダ商会はヒノハル様とヨシオカ様が経営していらした商会の名前です。クララ様も出資していらしたと聞いております」


 俺は地球から持ち込んだ品物を売り捌いて、かなり荒稼ぎをしていたようだな……。

しかも新聞の発行やエステや美容整形に近いこと、喫茶店なんかも経営していたらしい。

時計の販売価格は最低でも150万円以上だったそうだから、アコギに稼いでいたのだろう。

 あれ? 箱はもう一つあるな。

こちらはプラスチック製の大きな箱だ。

天井部分に紙で大きく「吉岡専用」と書いてある。

吉岡という人の話題も何度か出てきているな。

俺の相棒的存在だったようだ。

人の荷物を勝手にみるのは悪いと思ったが、過去につながる何かがあるかもしれない。

心の中で吉岡さんに謝りながら蓋を開けた。

中には高級食材の数々や香辛料、ハーブ、珍しい調味料なんかがぎっしり詰まっていた。


「エマさん、吉岡さんって料理が趣味だった?」

「はい。吉岡様の作るお料理は奇跡のように美味しいのです。その腕はドレイスデンの一流シェフにも劣りませんでした」


 やっぱりな。

俺の空間収納の中だと食品は劣化しないから預かっていたのだろう。

これらの食材は、食料がなくなる緊急事態にならない限り手を付けない方がいいと思う。

でも、このお米だけは炊いて食べたいな。

俺は日本人だと思うけどしばらく白いご飯を食べていない。

山形県産の「つや姫」か。

実に美味そうだ! 

俺のDNAが漬物と白いご飯を欲している気がしてならない。


(吉岡さん、ごめんなさい! 今夜はこのお米をいただきます)


 食料は十分あることは分かったので、ラクさんにはフルーツや飲み物を軽く購入してもらうように頼んだ。

それからレナーラさんにはエマさんの着替えもお願いした。

時間が無いので古着になってしまうが10日間も同じ服を着るよりはましだろう。

俺の着替えはザックの中に速乾抗菌のものが一揃いあったのでこれを使うことにした。

こういう時に化学繊維は便利だ。

 これよりおよそ10日間の密航生活がはじまる。

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