第158話 二人目の勇者

 俺としても快適な航海をするために必死だった。

今後の予定はまだ立っていないけど、まずは安全な陸地に降り立ちたかったのだ。

そのためにも船長の心証をよくしておくに越したことはない。


「大丈夫ですから右手をかしてください」


 かるく義手を掴んでそこからリラックスさせるための魔力を送り込むと船長はすぐに静かになった。


「このまま椅子に座ってしまいましょうね」


 腕全体をスキャンして状態を確かめていく。

……これならば腕を生やすこともできそうだ。


「いきますよ。痛くはないですからね」


 一気に魔力を送り込み失われた腕を生やしていった。


 カターンッ!


 音を立てて黒檀の義手が床に落ちた時には既に腕が生えていた。

真新しいのでその腕だけが日焼けの跡もなく真っ白い。


「すいません。メラニン色素の生成は面倒だったので省いて……ってメラニンって言ってもわからないか」


 船長さんは唖然としたまま自分の手を見つめているし、エマさんははらはらと涙を流し始めた。


「やはりヒノハル様はまごうことなくセラフェイム様の眷属……それなのに私はっ!」


 そ、そうなのかな? 

たしかに神の指先ゴッドフィンガーはすごすぎるスキルだ……。

でも、だったらなんでセラフェイム様とやらは俺を助けてくれないんだよ?


「船長さん、指はちゃんと動きますか?」

「あ……、は……はいっ! 動きます! このとおり自由自在に! ああっ……神よ……守護天使をお遣わしくださいましたこと、感謝いたします!」


 船長さんも手を合わせて俺に祈りを捧げだした。


「止めてください。困ったな……」


 エマさんと船長さんに祈られて、俺はもうタジタジだ。

言っておきますが、神の言葉とか啓示とか俺には全然聞こえませんからね。


「あの……」


 突然、部屋に置かれた衝立の向こうから声をかけられた。

遠慮がちでとても控えめな声だ。

だけどいきなりだったので全員がびくりと体を震わせてしまう。


「すみません、驚かせてしまったみたいで……」


 頭を下げながら現れたのはハイティーンくらいの少年だった。

俺と同じ黒目黒髪で、線の細い印象を受ける。

見た感じでは日本の高校生くらいかな? 

衝立の後ろで俺たちのやり取りを観察していたようだ。


「ユウイチ様」


 船長は少年をユウイチと呼んでいる。

名前まで日本人みたいだ。


「間違っていたらごめんなさい。ですが、貴方はひょっとして日本人じゃないのですか?」


 その問いは久しぶりに聞く日本語でなされた。

ということは本当にこの人は日本人なのか!


「多分そうなのだと思います。ただ、私は記憶喪失でして自分に関してのことがまるで分らないのです。でも、日本に関しての知識はありますので……」


「やっぱりそうだったんだ。うわぁ、日本語が懐かしいです。こっちにきてからは初めて喋ると思います。あ、自分は北野優一といいます」


 優一君はそう言ってぺこりと頭を下げた。

話し方は穏やかで、関西のイントネーションがある。


「私はヒノハル・コウタです。よろしく。北野さんは関西のご出身ですか?」

「自分は奈良県です。生駒市ってわかりますか?」

「ごめんなさい、ちょっとわからないですね」

「ああっ!」


 俺たちが挨拶を交わす横でエマさんが騒ぎ出した。


「どうしたのエマさん?」


 エマさんは優一君に対して膝をつく。


「ヒノハル様、こちらにいらっしゃるのはザクセンスが召喚した三勇者様のお一人ですよ!」


 へぇ、ザクセンスって勇者を召喚しているんだ。


「ってことは、北野さんは日本から召喚されてザクセンスにいるんですね?」

「はい。もしかして、ヒノハルさんも新しく召喚されたのですか?」


 エマさんの説明ではクララ・アンスバッハさんが俺を召喚したということだったけど……。

俺はこれまで起きたことを召喚勇者である優一君に打ち明けた。


「そんなことがあったんですね……。何とか本国に連絡を取ってあげたいけど、こないに離れてたらゲイリーさんに貰った魔信でも通信は不可能やしなぁ……」


 通信機のようなものは使えないということか。


「いっそ、その首輪を引きちぎってみたらどうでしょう?」


 勇者君はおとなしい顔をしているくせに乱暴な提案をしてくる。


「そんなことをして大丈夫かな? もしかしたら呪いは解けるかもしれないけど……」

「首輪を引きちぎるのは無理なのではないでしょうか。これは『調教の首輪』と呼ばれるアイテムで、これをつけた人物、つまりユリアーナ・ツェベライさ……にしか外すことはできないと聞いています」


 エマさんもこう言っている。


「どれどれ……」


 バチッ‼

俺の首筋から紫色の火花のような物が飛び散った。


「本当だ。ゲイリーさんには負けるけどパワーにはちょこっと自信があったのになぁ……」


おい! 

今、首輪を引きちぎろうとしたな。

俺に何かあったらどうするつもりだ!


「これはラジープさんに頼むしかないかもしれない」

「ラジープ?」

「同じ地球からの召喚勇者です。インド人の元シェフで今は西大陸に行ってるんです。この人の特殊能力が『解呪』なんですよ」


 勇者は素晴らしい戦闘力を有するうえに、それぞれがオリジナルの特殊能力を持つそうだ。

例えばゲイリーというアメリカ人の勇者は「魔信」という能力で、どんな物質をも通信機に変えてしまうそうだ。

優一君も「安全領域」という特殊能力を持っている。


「自分は半径1m以内に絶対安全な結界を作り出せるんです。だからこんな任務に就いています」


 優一君はザクセンス王国の命令で失われたとある秘宝を探しているそうだ。

詳細はトップシークレットということで教えてはもらえなかったが、秘宝の手掛かりは火山の火口や海の中などにあるため、優一君の「安全領域」はとても重宝するらしい。

このように勇者たちはそれぞれの特性にあった仕事を割り振られているようだ。

魔信が使えるゲイリーは最前線や王都防衛に、優一君は財宝探しというわけだ。


「それじゃあ、そのラジープという人は何をしているの?」

「彼はスパイスを求めて西大陸へ行っています」


 スパイス?


「それも国の命令なんですか?」

「いえ。カレーを作るためだそうです」


 カレーですか……。


「なんでもインド人にとってスパイスは、アイデンティティーの根幹にかかわる問題だそうです」


 ラジープさんは必要なスパイスが揃うまではザクセンスでの仕事をボイコットすると言い切ったそうだ。

その代わり自分の納得するスパイスが見つかればザクセンス王国に協力する約束なので、国をあげてラジープさんを援助しているらしい。

ザクセンスは比較的寒い地域にあるので香辛料は中々手に入らないのだ。

胡椒やジンジャーなどは貿易でもたらされることもあるがターメリックやカイエンペパーなどは皆無なので、ラジープさんは自らそれを探すたびに出たとのことだった。


 話を纏めると、俺の呪いを解いてもらうには、ユリアーナさんかラジープさんに頼むしかないようだ。

エマさんの話が真実ならばユリアーナさんはこの首輪を外してはくれまい。

だったらラジープさんに会うしかないか。

万が一ユリアーナさんの言っていることが正しかったとしても、氷の魔女のかけた呪いだって勇者ラジープなら解いてくれるはずだ。

その時はユリアーナさんを探し出して謝罪しよう。


「北野さん、ラジープさんが今どこにいるかわかりますか?」

「現在地はバムータ群島付近か……。ここからなら魔信が届くかもしれません」


 優一君はポケットから黒い石板のようなものを出して魔力を込める。


「もしもし、ラジープさん? どうも、ユウイチです」

「……」

「そうなんです、昨日は溶岩の中だったんです。インド人もびっくりですよ」

「……」

「少しはびっくりしてくれてもいいじゃないですか。ところで今どこら辺にいるんですか?」

「……」

「ババナ? しりませんよ。どこですかそこ?」

「……」

「ああ、キュバール国ですか。確か、イスベニアの植民地ですね」

「……」

「実は自分の同郷人を保護しまして、……そうそう日本人なんですよ」

「……」

「呪いをかけられて記憶喪失だそうです。見た感じは30歳前後くらいかなぁ……」

「……」

「女性じゃなくて男の人ですよ。…………そんなあからさまにがっかりしないでくださいよ」

「……」

「わかりました。ありがとうございます」


 魔信は途絶えた。


「ラジープさんは西大陸近くの島国であるキュバール国にいることが分かりました。しばらくはここでスパイスを探すので、来てくれれば呪いを解いてくれるそうです」


 かなり漠然とした話だが一筋の光明は見えた。

呪いを解くためだったらキュバールでババナでもどこでも行ってやる。

俺が何者なのかを一番知りたいのは俺自身だ。

こうなったら未開の地だろうと、自分探しの旅に出てやる!

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