第156話 嘘をついているのはどっちだ

 ホイベルガーに気が付かれないようにそっとドアを開けようとしたが、困ったことにドアには鍵が掛けられていた。

何かこじ開ける道具が欲しいのだが俺はナイフ一つ身につけていない。

ん? なんか開錠できそうな気がするぞ……。


スキル「鍵開けアンロック」復活


「カチッ」


 わずかな魔力を送り込むだけで、小さな音を立ててロックは外れてしまう。

扉を静かに開けて部屋に入り込むと、ホイベルガーはこちらに背を向けて自分のパンツを下ろしている最中だった。

愚か者め。

俺は奴の後頭部に容赦なくパラライズボールを撃ち込んでやった。

炸裂する光弾に音を立ててホイベルガーの体が床に沈んだ。

うわっ! 

目の前には丸出しのエマさんのお尻があるし、ショックが強すぎたのかホイベルガーがおしっこを漏らしているしで、なんてカオスな光景なんだ! 

ん? 

ホイベルガーのお漏らし……、そんなものは見たくもないのに既視感がしてならない。

いやいや、今は何よりエマさんの拘束を解いてあげないと。


「エマさん、すぐに助けてあげますからね」


 エマさんもこちらに背を向けていたせいで、声をかけるまで俺の存在に気が付いていなかったようだ。


「ヒノハル様!」


 まずは足首にかかったままだったズボンを上げて露出している下半身を隠した。

上着も着せてあげたいけど先にロープを解かないとね。

それよりも傷の手当てが先か。


「ごめんね。先に背中の傷を治してしまいますね。大丈夫です、体は見ないようにしますから」


 |神の指先(ゴッドフィンガー)を使って全ての傷を治療してからロープを外した。

乱暴に脱がせたせいかボタンがいくつか取れていたが、エマさんのシャツも床に落ちていたので着てもらった。

それからエマさんを拘束していたロープを使ってホイベルガーをぐるぐる巻きにしてやる。

あそこが丸出しなのだが、お漏らしをしたために下着もパンツもぐっしょりで、とても触る気にはなれなかった。

このまま放置でいいよな……。

武士の情けで大事なところに上着くらいはかけておいてやるか……。


「ヒノハル様……」

「どうしてホイベルガーがこんなことを?」


 いくらなんでも正気の沙汰とは思えない。

ユリアーナさんが知ったら激怒するだろうに。


「ホイベルガー殿のことなどどうでもいいことです。それよりも、ヒノハル様にどうしてもお伝えしたいことがありました」


 レイプされかけていたのに、どうでもいいことって……。


「これから私がお話しすることは全て真実です。ヒノハル様にはとても信じられないようなお話かもしれませんが、どうかこれだけは信じてください。クララ様はヒノハル様を心の底から愛しています」


 いきなりそんなことを言われてもな。


「だからといって人を奴隷にするような呪いをかけていいことにはなりませんよ」

「いいえ、違うのです! ヒノハル様だって同じくらいクララ様を愛していたのです。ユリアーナ様のされた説明は全て嘘なのですよ。ヒノハル様はクララ様の召喚獣なのですから!」


 ……俺が……召喚獣? 

なんだそりゃ?


「どういうことですか、それは?」


 エマさんは自分が知っている限り、これまで起こったことを話してくれた。

それによると俺の婚約者はユリアーナさんではなくクララ・アンスバッハの方だというのだ。

しかも二人の仲を切り裂いたのがユリアーナさんであり、この首輪はクララ・アンスバッハの召喚魔法を封じるための呪いのアイテムだという説明だ。

俺の記憶喪失もこの首輪が原因らしい。

でも、それは真実なのか? 

エマさんは元々クララ・アンスバッハの手先だったと聞いている。

どちらが本当のことを言っているかはまだ判断がつかなかった。


「どうか信じてください。ユリアーナ様はヒノハル様と閨を共にしようと執拗に求めてきませんでしたか? それは召喚獣が『調教の首輪』を装着したまま乙女と交われば、生涯その乙女を主とみなすようになるからです」


 マジか!? 

エマさんは真剣でとても嘘をついているようには見えない。

だけど、ユリアーナさんが俺を横取りするために調教の首輪をはめたというのだって、にわかには信じられないことだ。

疑問点や違和感はあったけど、あの人の優しさは本物だと思うんだよね。

ユリアーナさんかエマさんのどちらかが嘘をついている。

つまりそういうことだよな……。


「そういえばもう一回聞くけど、どうしてホイベルガーはエマさんにこんなことを?」


 船の上で婦女暴行だなんて、露見しても逃げ場はないぞ。

気が狂ったとしか思えない。


「……ユリアーナ様の命令です」

「バカな!」


 そんな……だって……いや……でも。

心に浮かぶのは感嘆詞と接続詞のオンパレードで論理的な言葉は形を成さない。


「甲板で私は己の罪をヒノハル様に告白しようとしました。その罰としてホイベルガー殿に預けられたのです」


 確かにホイベルガーが性衝動だけでエマさんを襲ったとは考えにくい。

だけど……。

 俺はジッとエマさんの瞳を見据えたが、彼女はこれまでと違って視線を逸らすことをしなかった。


「エマさん、『はい』か『いいえ』で答えてください。貴女は真実を述べていますか?」


 俺に言葉の真偽を見極める術はない。

だけど、聞かずにはいられなかった。


「はい。私が言ったことは全て真実です」


スキル「虚実の判定」復活


 エマさんが「はい」と答えた瞬間に世界が光に彩られたようになって、なぜか答えが真実であるとわかってしまった。

これも俺の持っている能力の一つなのか? 

かなり恐ろしい力だな……。

 エマさんの言葉に偽りがないことは分かった。

だけど、それはそれで困ったことになってしまったな。

これから俺はどうすればいいのだろう。


「どうしてかは分かりませんが、自分にはエマさんの言っていることが真実だとわかってしまいました。貴女を信じるしかなさそうです」

「それはそうでしょう……。ヒノハル様はセラフェイム様の眷属なのですから」


 セラフェイム様って聖典にも出てくる大天使のことだよな。

俺がその眷属? 

記憶はないけどそれは違うような気がする。

俺のどこにエンジェル的な要素があるっていうんだよ!? 

疑問は尽きないけど、今はこれからの行動について考えなくてはならない。

問題は目の前に転がっているホイベルガーだよな。

こいつが目を覚まして騒ぎ出せば俺とエマさんが接触したことがバレてしまう。

だからといっていつまでも監禁しておくわけにもいかない。

ホイベルガーの姿が消えたとなれば、いずれは捜索が始まるはずだ。

それまでにバムータ諸島に到着する見込みは薄い。


「ヒノハル様はお部屋にお戻りになり、何も聞かなかったふりをしてください。そして陸地に着いたら隙を見てお逃げになるのです」

「エマさんはどうするつもり?」

「私はホイベルガー殿を殺します……。そしてこの身を海に投じれば今夜おきたことは誤魔化せるでしょう」

「そんなのダメだ!」


 俺は叫んでいた。


「しかし、もう私には死んでお詫びするしか……」

「誰に詫びるというのですか?」

「それは……クララ様とヒノハル様に……」

「そんな詫びはいらないです。当事者の一人がお断り申し上げます」


 自分のせいで死なれてたまるか。


「しかし、私は許されない罪を犯しました」

「でしたら生きて償うべきではありませんか。もしかしたらクララ・アンスバッハはエマさんを許さないかもしれない。記憶を取り戻したら俺だってエマさんを憎むかもしれません。何よりあなた自身が自分を許すことができないでしょう。誰も貴方を許すことはできないのです。でも、神様は別じゃないですか?」

「神が……」

「人は犯した罪を永遠に贖うことはできないのだと思います。だったら神様にその身を委ねてはどうでしょうか?」


 俺にはできない生き方だけどね。

でも、エマさんみたいな人にはそれしか救いの道はないような気がするんだよね。


「悔い改めなさい。その道はいばらの道なれど、祈れば神はあなたのそばであなたをごらんになっております」


 と、聖典に書いてありました。

本当かな? 

って、おいおい、俺に跪いて祈らないでくださいよ。


「エマさん、お祈りは後にしましょう。今はどうやってここから逃げ出すかを考えないと」


 なんと言ってもここは海の上なのだ。


 誰かが様子を見にくるおそれもあったので俺たちは部屋を移動した。

ホイベルガーには猿轡を噛ませ、持続効果のあるパラライズボールをもう一発撃ちこんでから倉庫の奥の方に監禁した。

それからエマさんの部屋へと移動する。


 エマさんには着替えてもらい、貴重な現金も所持してもらった。


「いざとなったら、俺がエマさんをレイプしようとしていたホイベルガーを見つけて、天誅を下したということにしましょう。エマさんは俺には何も言っていないふりをしてください」


 誤魔化しきれるとは思わないけど港までの時間稼ぎにはなると思う。


「無駄です。ユリアーナ様は魅了魔法が使えます。あの瞳に魅入られたら私は嘘をつけなくなるのです。事が露見すればヒノハル様も首輪をつけ直され、もう一度記憶を消されるでしょう」


 八方塞がりじゃないか。

こうなったら救命ボートで脱出するという賭けにでるしかないのか? 

だけど、あまりにもリスクが高すぎる。

だいたいボートを下ろす作業をしていたら甲板部員に見とがめられてしまう。

その前にパラライズボールで気絶させるという手もあるけど、誰の目に留まるかはわからない。


 妙案も浮かばないまま俺たちは甲板へと移動した。

満月はまだ中空にあって夜の海を明るく照らしていた。

と言っても陸地はどこにも見えない。

相変わらず見渡す限り海、海、海だ。

けれども、はるか後方に黄色い月光を浴びて違う船が浮かんでいるのが見えた。

同じ航路をとっている貿易船のようだ。

……あの船に密航できないかな?

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