第137話 探索一日目終了
ダンジョン探索において前衛がフルプレートなどの重装備で防御を固めるのには理由がある。
人間は暗闇の中から飛来する矢を視認することはできないからだ。
当然スピードを殺してでも防御を重視することになる。
そうでなければ格下の相手にいいように殺されてしまうだろう。
例えばコボルトという魔物がいる。
魔物の中でも戦闘力が低く知能も高くはない。
だが奴らは武器を扱える程度には頭が働く。
人間の真似をして弓で矢を射ることも可能だ。
闇に包まれたダンジョンで飛んでくる矢を避けるなど余程の達人でも難しい。
だからこそ、奇襲攻撃を跳ね返すレベルの鎧とか盾が重要になってくるのだ。
だけど世の中には常識では計り知れない人間がいる……。
「コボルトが4体いるよ~。気をつけてね~」
飛んできた四本の矢を全て手で掴んだゲイリーがのんびりとした声を上げた。
既に人間の反射神経の域を超えている。
火力は吉岡の方が上だけど接近戦ならゲイリーに軍配が上がるんだろうな。
探索は順調に進み、お宝もいくつかゲットしていた。
ダンジョンの入り口で係官が持ち帰った荷物をチェックすることになっているからネコババはできないという建前なんだけど、空間収納やポータルを使える俺には関係ないんだよね。
まあ、やらないけどさ。
黄金のゴブレットとか巨大なエメラルドとか金銭的な価値はとんでもない額になるのだろう。
「さっきのゴブレット……持って帰りたいなぁ……」
俺のところに寄ってきた吉岡が囁いた。
「それはまずいんじゃないか。ばれたらゲイリーたちやクララ様にまで迷惑をかけるかもしれないぞ」
「そうですけど……」
こいつ、黄金の輝きに魅了されたのか?
案外あれは呪いのアイテムだったりして。
黄金のゴブレットでワインを飲む吉岡は様になるとは思うけど……。
「あんなもの使いづらくてしょうがないと思うぞ。手のひらサイズのくせに重さが2278.634gもあるんだぜ。持ち上げるたびに戸惑っちゃうよ」
スキル「計量」のおかげで重さは持っただけで分かった。
「確かにそうですね。金の比重って19.3もあるから見た目以上に重くなるわけか……って、なんで普通に使おうとしているんですか!?」
「食器なんて使ってナンボじゃん」
ゴブレットなんだから飲み物を入れればいいのだ。
「黄金のゴブレットをただの食器って……、まあ、先輩のそういうところが好きですけどね」
何か知らんが愛の告白を受けてしまった。
すまん吉岡、俺はクララ様一筋だ。
「バカなことを言いました。ネコババの話は忘れてください」
火鼠に照らされた吉岡は憑き物が取れたような表情だった。
呪いのアイテムは言い過ぎかもしれないけど、実際のところ財貨というのは人の心を惑わせるよね。
ところで金の買取価格って今いくらくらいだっけ?
24金で5000円だったとして、このゴブレットは2278倍か……。
こんなもんがゴロゴロしているのなら皆が血眼になってダンジョン探索をするのも理解はできるな。
一個くらいいいじゃんと考える吉岡の気持ちもわからんでもない……。
今は自制できているけど面白い魔道具なんかを発見したら、俺だって欲しくなってしまうかもな。
一応、ダンジョン探索の正当な報酬の一つとして発見アイテムのいくつかは俺たちも貰えることになっている。
防御系のマジックアイテムが見つかったら是非欲しいところだ。
ゲイリーが停止の合図を出したので、俺たちはその場にとどまった。
時刻は夕方の16時をまわっている。
「少し早いけど今日の探索はここまでにしよう」
獣人たちに安堵の表情が広がった。
30kgを超える荷物を背負って歩いているのだ。
いくら戦闘に参加していなくても疲れただろう。
それでも勇者パーティーは三度の食事の他に二回のオヤツタイムが付くので待遇としては破格だ。
しかもオヤツは獣人たちが食べたこともないような異世界の食べ物ばかりだ。
下手をすればこの世界の貴族ですら食べられないような珍しいモノだってある。
今日だって10時のオヤツはスモア、3時のオヤツはキャラメルとチーズフレーバーのポップコーンだった。
ゲイリーのことだから探索が終了したときには国からの支給金の他にボーナスも出すはずだ。
俺が出してもいいと考えている。
「コウタ、頼むよ」
ゲイリーがこちらに目配せをしてきた。
あらかじめ打ち合わせていた通りポータルを開いた。
ホームはアミダ商会の地下倉庫に設置してある。
ただ、ポータルのスキルについては獣人たちには内緒だ。
これだけはなるべく人に知られたくないんだよね。
「皆にはこれから俺が作る亜空間に入ってもらう。そこへ行けば魔物の襲撃も心配しなくていいし安全に夜が過ごせるからね」
適当な嘘をついて皆に納得してもらった。
一回に5人ずつしか運べないので4回に分けて獣人たちから転送していった。
「ここは……」
ラクたちは地下室をきょろきょろと見回している。
ダンジョンの中と同じ石造りの床と壁なので遠くまで移動したという感覚はないだろう。
地下室には扉が付いていてその向こうにもう一つ部屋があるけど鍵がかかっている。
さらにその向こうには地上部へ通じる階段になっていた。
普段は燃料や資材が置いてある部屋だけど今は荷物をどかして12台のベッドが入っている。
エッボ君やホルガーの手下たちが頑張ってくれたのだ。
「今夜はここに寝てもらうよ。ゲイリーたちは扉の向こうね」
俺が話終わるのを待ってラクが遠慮がちに聞いてくる。
「本当に魔物の襲撃はないのですか?」
ラクたちにはわからないだろうがここはアミダ商会の地下だもんね。
ダンジョンからは少し離れているので魔物もここまではやってこないだろう。
来るとすれば盗賊くらいか?
だけど高級品ばかりを扱う店だから賢者ヨシオカによる攻勢防壁結界が幾重にも張り巡らされているのだ。
しかもここに起居しているのはザクセンスでも特に武勇を知られているアンスバッハ男爵だ。
わざわざ死にに来る窃盗犯もいないだろう。
たとえ相手が悪名高き断罪盗賊団であっても追い払えると思うぞ。
「心配はいらないよ」
「だったら見張り番は……」
「必要ない。ゆっくり休んでくれ」
ラクたちは心底驚いた顔をしていた。
手や顔を洗うための水桶を持って部屋へ入っていくと獣人たちは身構えるように俺を見た。
夜も大分更けてきてそろそろ寝る時刻だ。
寝る前に顔くらい拭いてもらおうとタオルと水を持ってきたのだが、獣人たちの雰囲気は異常だった。
女たちは諦めた表情でこちらを見ているし、男たちは視線を逸らす者や睨みつけてくる者などそれぞれだった。
特に年若い娘たちが年長者の後ろに庇われるように怯えて座っている。
「あの、お時間ですか?」
猫人族の女の子が俺に聞いてくる。
この子の名前はレナーラだったかな。
「時間? ああ、そろそろ就寝時間だね。その前に皆には顔や体を拭いてもらおうと思ってタオルと水を持ってきたんだ」
レナーラは淡々と受け答える。
「わかりました。身を清めてからお部屋に伺います」
伺う?
なんでまた?
「明日も早いんだからさっさと寝た方がいいと思うだけど……何か用かな?」
この後は3階のクララ様の部屋を訪ねるから俺は忙しいのだ。
早くクララ様に今日の報告をして、のんびりとリラックスした時間をおくりたい。
用事なら今ここで済ませてほしかった。
「えっ? 私たちに用をお言いつけになるのではないのですか?」
もう寝るだけだから特に用事はない。
「いや。明日の朝食の準備まではもう仕事はないよ。その代わり明日は6時には起こすからね」
「はあ……」
「みんなしっかりと寝て体力の回復に努めてくれ。明日もよろしく頼むよ!」
急ぎの用はなさそうなので話を打ち切った。
ここからはプライベートタイムだからみんな邪魔しないでね。
用があるならリアか吉岡が隣の部屋にいるからね~。
扉がパタリと閉まると獣人たちは一気に緊張が解けたように全員がため息を漏らした。
「……どうやら夜のお勤めはないみたいね」
レナーラがポツリと漏らす。
夜になれば当然のように勇者たちの伽をさせられると考えていたのだが杞憂だったようだ。
まだ成人したばかりの少女たちが餌食にならないようになるべく自分が引き受けるつもりで気を張っていたレナーラだが、肩透かしをくらったようでどっしりとベッドに座り込んでしまった。
「ふん……こんな人間もいるのだな……」
ラクが憮然と呟く。
「そうね……」
みんながみんな口数は少ない。
「ならば騎士爵が言った通りもう寝よう。みなも疲れているだろう」
濡らしたタオルで顔と体を拭い、それぞれがベッドに入った。
「ベッド……柔らかいね」
暗闇の中で誰かが呟いた。
お値段以上の品を売る家具屋で日野春と吉岡が購入した布団と毛布が敷いてある。
迷宮の壁は冷たいけれどNウォームは暖かかった。
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