第135話 探索開始

 ついに今日からダンジョンの探索が始まる。

改めてメンバーを紹介するとリーダーに勇者ゲイリー・リーバイ、召喚士リア・ガイストと召喚獣の吉岡秋人、神殿騎士ロゼッタ・ウルバーノ、そしてオマケの日野春公太だ。

ただし俺たち5人だけがパーティーメンバーというわけじゃない。

他にも12人のポーターがいる。

長期の探索が見込まれるので食料だけでも相当な量になり、俺の空間収納だけじゃとても追いつかないからだ。

 ポーターたちとはダンジョンの入り口で顔合わせをしたのだが、全員が獣人だった。

彼らは遥かに海を越えた西大陸から連れてこられた人たちだ。

奴隷ではないのだが、低賃金でかなり危険なことをやらされる。

ダンジョン探索では松明を持って先頭を歩くのはほとんどの場合獣人のようだ。

奇襲攻撃やトラップなどを警戒して消耗品のように獣人を使うというのがこの大陸のやり方なのだ。

中には抜群の反射神経や嗅覚を駆使して、超一流と呼ばれる冒険者になる獣人もいるのだが、半数の者は負傷するのが当たり前、四分の一は死ぬのが当たり前の世界だった。


「勇者様、この度のポーターは特に体力のあるものと、顔の良いものを選んでおきました」


下級官吏がゲイリーに下卑た笑みを見せている。

確かに猫人族や兎人族の女性は可愛らしくプロポーションが抜群だ。

悲しいことだが女性のポーターには性的な奉仕が要求されることさえままあるらしい。

ゲイリーは冷たい表情で官吏の言葉を無視して獣人たちに向き直った。


「それじゃあ、ダンジョンに入るよ! みんなはそこのコウタの指揮に従って後ろからついてきてね!」


ポーター部隊は俺と一緒に後方に控えることになる。

ゲイリーの言葉を聞いて獣人たちのリーダー格の男がおずおずと発言した。

この人は狼人族でワイルドかつ精悍な顔つきだ。

なかなかのイケメンだぞ。


「勇者様、我々が先行しなくてもよろしいのですか?」

「君たちはポーターとして雇われたんだ。戦闘は我々に任せてもらうよ」


ニカッと笑ってサムズアップするゲイリーはイケメンじゃないけど恰好よかった。

リアもロゼッタさんもゲイリーの対応に満足そうに頷いている。

このパーティーに獣人を差別する人間がいなくてよかったよ。

吉岡にいたってはモフモフ大好きだしな……。

そこのアルパカ族の少年、気をつけたまえ。

抱きついてくるお兄さんがいるかもしれないからね。


「それじゃあ、荷物を担いでくれ!」


ゲイリーの掛け声にみんなが自分の荷物を用意する。

俺は35リットルの、中くらいのザックを一つ背負うだけだが、ポーターたちは平均30kgの荷物を背負うことになる。

ほとんどが寝具、水、食料、燃料だ。

水は吉岡の魔法で作り出せるのだが、万が一吉岡に何かあった場合はパーティー全滅の危機に陥ってしまうのでリスクヘッジをしておかなければならないのだ。

ちなみに俺もスキル「水作成」で一日に1リットルまでの水は作り出せる。

だけどそれでは自分一人分にしかならないもんな。

とても17人分にはならない。


 俺はふと異臭を感じた。

普通の人間なら嗅ぎ取れないけど犬の鼻を持つ俺なら別だ。

匂いは獣人リーダーの狼人族の男からした。


「ちょっと待って。君の名前は?」

「……ラクですが?」


ラクは不審そうな顔で俺を見つめる。

迫力があって怖い。

愛玩犬と狼じゃ、狼の方が圧倒的に強いもんな。


「ラク、怪我をしているだろう左のわき腹の辺り」


匂いの具合からしておそらく化膿している。


「……大した傷ではありません」


 驚いたように表情をするが、ラクは気にせずに荷物を背負おうとした。


「大したことなくないよ。化膿しているだろう? 匂いでわかるんだよ」

「匂いで?」

「ああ。ほら、服をめくって。出発前に治療してしまおう」


 粗末な麻布の服をめくると痛々しい傷跡が現れた。

背中や腹の横には無数の傷跡が見えるが、どうやら鞭の痕のようだ。

古い傷は既に癒えていたが、新しい傷が腫れて赤く膨れている。


「中の方に膿がたまっているな。よく平気な顔でいられたもんだ」


 俺なら「痛いよ~」と泣きわめいているレベルだ。

よほど我慢強いのだろう。

 傷口を「水作成」で洗い傷薬で治療した。

|神の指先(ゴッドフィンガー)はまだ内緒だ。

必要になるまで能力はなるべく人に知られたくない。


「皆も負傷した場合や体調が悪い場合は必ず申し出るんだぞ。黙っているのは無しだ」


 と言ってみたが返事をする者はいなかった。

何か裏があるのではと疑われているのかな? 

治療を終えたラクだけが、「……ありがとうございます」と憮然とした態度で言っただけだった。


「もういいかい?」


 のんびりとした声でゲイリーが聞いてくる。

少し手間取ったが他に怪我をしている者はいないようだ。


「それじゃあコウタ、火鼠を頼むよ」


 式神・火鼠を呼び出した。

握りこぶし大のネズミが二匹現れる。

一つで300ワット相当の明るさを発揮するので、ダンジョンの入り口はいきなり明るくなった。

この二匹を先行させてランタンの代わりにするのだ。


「よーし、出発するよ! 最初の大休憩は10時だからね!」


 ゲイリーは嬉しそうに俺が買ってきてやったオメガのシーマスター600プラネットオーシャンを眺めながら叫んだ。

ダイビングをするわけでもないのにシーマスターなのね。

もっとも、ダンジョンマスターは売ってはいないから仕方がないか。


 ダンジョンの壁に映る人影が生き物のように揺らめいている。

俺たちは言葉もなくゆっくりと慎重に歩みを進めていく。

俺は普段とは違い両の先端に刃物がついた槍のような棒のような武器を装備した。

いざ魔物と戦うとなると普段の棒だけでは心許なかったのだ。

それに後衛なのに銃をぶっ放すのも怖い。

魔物じゃなくて吉岡の背中を撃ってしまいそうだもん。

念のためにハンドガンだけを胸のホルスターにつけておいた。




 猫人族の女レナーラはそっとラクに近づいた。

前衛の勇者たちは魔物を警戒していたし、自分たちを統率する騎士爵は極度の緊張状態で周囲を窺っていてこちらを気にする余裕はないようだった。


「ラク、大丈夫だった? 傷を触られたみたいだったけど」


 そっと囁くレナーラの方を見もせずにラクは頷いた。


「心配ない。本当に傷の治療をしてもらっただけだ。信じられんことだがな」

「……そう。噂は聞いているわ。勇者ゲイリーは獣人を差別しないらしいよ。他のメンバーもそうみたいね」

「ああ。だが、俺の妹はポルタンド王国の勇者に弄ばれた……。奴らを信用する気にはなれない」

「それは分かっている。どうせ夜は相手をさせられるんでしょう。いつものことよ。さっきから吉岡とかいう騎士爵がワクワクした目で私たちを見ているもん。アイツ、男の子も関係なくいやらしい目で見ていたわ。きっと両刀使いよ。アンタも危ないかも」


 レナーラはラクを挑発するように囁き続ける。


「ふん、ポーターとして働くことには甘んじよう。だが、男にケツを貸すくらいなら名誉ある死を選ぶ」


 ラクは首の後ろの毛を逆立てながら低く唸った。

その様子をみてレナーラはクックッと笑う。

生真面目な狼人族をからかうのが楽しかったようだ。


「ところでさ、あいつは何なの?」


レナーラは日野春の方へ僅かに顎をしゃくってみせた。


「何なのとはどういうことだ?」

「いやね、アイツなんとな~く犬っぽくない?」


ラクにも思い当たる節はある。


「確かに鼻は利くようだ。ひょっとすると犬人族の血が入っているのかもしれん」

「へぇ~。そういえばアイツとヨシオカって貴族は召喚獣らしいじゃん?」

「だから何なのだ?」

「召喚獣、つまりあいつらも獣人ってことなんじゃないかな?」

「あいつらが?」


 ラクは懐疑的だ。


「もしも、あいつらが同族なら、ひょっとすると今回の探索では仲間の死を見ないですむかなって」


レナーラの楽観に呆れながらラクは注意した。


「ダンジョンで夢をみるのはやめておけ。夜の宿営地でどんな変態的なことをされるかなんてわからんのだぞ」

「わかっているよ。今回の仕事が終われば私は西大陸へ帰る船賃が貯まるんだ。絶対に生きて地上へ戻ってきてやる。その為だったらどんな辱めにだって耐えてやるさ」

「俺も同じだ。これで故郷に戻れる。だが、男にケツを貸すのはごめんだ……」


 二人の獣人は悲壮的な表情で無言になった。


「全員止まれ!!」


 前方でゲイリーの声が響いた。

獣人たちは何事かと貸与された槍を握りしめた。


「10時になった。最初のおやつタイムにする!」


 ダンジョンの石壁にゲイリーの真面目な声が響いた。

勇者の意向により、このパーティーでは三度の食事とおやつタイムは絶対だった。


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