第132話 アメリカン・グルメ

 ソルトレイクシティー国際空港はウィンタースポーツを楽しむ旅行客でにぎわっていた。

俺の故郷は雪国山形県だけど生まれ育った庄内の積雪は少ない。

というか、風で全部雪が吹き飛ばされているんじゃないのか? っていうくらいに海風が強いのだ。

地吹雪のある日は目も開けていられないくらいの状態で、そんな日に外に出るのは命懸けだ。

決して大げさに言っているのではない。

風というのは冷たいものだ。

風速が一メートル上がるごとに体感温度は一度下がるそうだ。

小さい頃から寒風吹きすさぶ地域に育ったおかげで寒さには強くなったのだと思う。

冬山に登っていても寒さで体が動かなくなるという経験はない。

もちろん装備はしっかりしたものを選んでいたけどね。

氷冷魔法が得意なクララ様と相性がいいのもそのせいなのか!? 

スキーやスノーボードを担ぐ旅行客の間を小さなショルダーバッグを下げただけの楽な姿ですいすいと進んだ。


「コウタ!!」

ゲートのところまで来ると、なんとシンディーとママが迎えに来てくれていた。

両手を大きく広げて出迎えてくれるママとハグだ。

でも、ちょっと緊張しちゃうよね。

ママは60歳オーバーとはいえ女の人だもん。

こういうところがカルチャーギャップだな。

今日のママは以前に会った時とは違いで、バッチリメイクできめている。

服もおしゃれだ。


「素敵なコートですね。色がいい! すごく似合ってますよ」


ザクセンス王国の貴族社会で暮らすうちに自然と女性を褒めることはできるようになっていた。

ママとの挨拶を終えて次はシンディーに向き直る。

次はシンディーとハグ? 

そんなことを考えて緊張していたけど、シンディーは手を差し伸べてきて強く握手しただけだった。

残念なようなホッとしたような……。


「到着時間が分かったから迎えに来たけど迷惑じゃなかった?」

「そんなことないよ。こんなサプライズなら大歓迎さ」


三人で並んで歩きだした。


「よく来てくれたわ。アキトやゲイリーも変わりなくやっているのね?」

「みんな元気ですよ。後で写真と動画を見せますね」


いくつになっても母親は息子が心配のようだ。

ゲイリーからの手紙を預かっているといったら目の端に涙を浮かべて喜んでいた。


「さあさあ、早く車に乗って。ディナーまではもう少し時間があるけど、家で寛いでくれればいいからね」

「先にホテルのチェックインを済ませたいんだけど」

「どこに泊まるの?」

「ダブルツリー・ハイアット・ソルトレイクってわかる?」


空港からは近いはずだ。


「いいところに泊まるのね」


そんなに料金の高いホテルではない。

むしろリーズナブルな感じだと思うが、アメリカ人と日本人では感覚が違うのかもしれない。

シンディーは場所を知っているようで先にホテルに行くことになった。


 二人にはラウンジで待っていてもらい、シャワーを浴びて着替えを済ませた。

荷物は全部空間収納に放り込む。


「お待たせ」


俺がラウンジに戻ると、二人は丁度チーズケーキとコーヒーを食べ終えたところだった。

料金は部屋につけておいてもらい、そのまま出発した。


 ゲイリーの実家は綺麗に塗り直されていた。

以前はペンキが剥げてささくれ立っていたポーチが艶やかなクリーム色になっている。

屋根も板金を新しくふき替えたそうだ。

ゲイリーにも見せてやることにして早速スマホで写真を撮っておいた。


 室内も壁紙とカーペットが取り換えられていて、腰板も高級な感じの木材に代えられている。


「素敵じゃないですか。自分の泊まるホテルよりもずっとお洒落ですよ」


俺の言葉にママもシンディーも満足そうな笑顔で部屋の中を案内してくれた。


「ゲイリーのおかげであちこち直すことができたのよ。本当によかった」


今回もゲイリーから5万ドルの仕送りを預かってきている。

手紙と一緒に渡してしまうことにしよう。


 居間のソファで落ち着くと俺は空間収納を開いて二人にお土産を渡すことにした。


「コウタ……なにそれ?」


空間収納を見てシンディーとママが固まっている。


「俺の特殊能力の一つ。俺はゲイリーや吉岡と違って戦闘力はほとんどないけど、こういうことが得意なんだ」


最初はスキルに驚いていたけど、二人の興味はすぐにお土産に移っていった。

予想通りシンディーは忍者グッズに夢中だ。

日本酒や梅酒のセットはディナーの時に試してみようということになった。



 夕飯の料理は豪華で大盛りだった。

ほとんどがママの手作りでシンディーも申し訳程度には手伝ったそうだ。


「私はゲストの相手をするのが仕事よ」


と言っていたけど、どうなんだろう? 

一応シンディーも料理はするそうだ。

 大きな牛肉の塊を野菜と一緒に煮込んだポットロースト。

キノコやサラミソーセージ、オニオンやパプリカ、そして大量のチーズをこれでもかと乗せたアメリカンピザ。

揚げたてのトルティーヤチップスに挽肉やチリコンカルネ、サワークリームなどのトッピングとチーズをのせたナチョス。

「日本人はお米が好きなんでしょう?」

そう言いながら出してくれたジャンバラヤなどがテーブルに並ぶ。

どれもオーイエーアッメーリカーなグルメばかりだ。

高カロリーだけどとっても美味しい。

ママは料理上手だった。

ゲイリーがぽっちゃりするわけだね。


「ナチョスは初めて食べたけどすごく美味しいですね。揚げたてのトルティーヤっていうのも初めてだもんな」

「それはゲイリーも大好きなのよ」


そうか。

たくさんあるしこれも持って帰ってやろうかな?


「あの、これをゲイリーに持っていってやってもいいですか? 俺はとても食べきれないし、あいつも喜ぶと思うんです。空間収納に入れておけば出来たての状態で運べますから」

「……」


あれ? 

もしかして失礼なことを言ってしまったのか? 

たしかアメリカではご飯を残しても失礼にはならないと聞いているぞ。

食べきれないくらい頂きましたと解釈されるらしい。


「あの?」

「コウタ! 本当にその空間に食事をいれて運べるのね?」

「ええ。先日話したルーベン・サンドも空間収納に入れて持っていこうと思っていたんです」


ママは眼を見開いて大きく頷いた。


「わかったわ。食べ物は明日用意しましょう」


これとは別にゲイリー用のナチョスを作るようだ。

 日本人の俺としては食べ物を残すのは抵抗があったので胃袋に詰め込めるだけ詰め込んでみたが全てを平らげるのは無理だった。

せめて俺のためにと作ってくれたジャンバラヤだけはかなり頑張って全部食べた。


「やっぱり日本人は米が好きなのね」


いえ、まあ、そうなんですけど……。


 その夜はタクシーを呼んでもらってホテルへ帰ることにした。

銃についてはまた明日だ。

みんな日本酒と梅酒をたくさん飲んでしまっていて、とても銃を扱える状態じゃなかったんだよ。

ママもシンディーもかなりの酒豪だった。



 約束の時間にゲイリーの家に行くと既にシンディーが準備を整えて待っていてくれた。

テーブルの上にはハンドガンやショットガン、ライフルなどが並んでいる。

弾薬も何箱も用意してあった。

端から空間収納に詰めていくのだが結構重たい。


「コウタは銃が得意なの?」

「実は一回も使ったことがないんだ」


正直に答えたら驚かれた。


「使う前にちゃんと練習した方がいいわよ。まあ、兄貴に聞けば使い方は教えてくれると思うけど、あいつもあんまり上手くはないからね……」


それは練習してみるしかないだろう。

幸い弾薬はたっぷりある。


「さあさあ、こっちの荷物も詰めて頂戴ね」


ママがキッチンから荷物を抱えてやってきた。

頼んでおいたルーベン・サンドの他にもナチョスやアップルパイ、タコスや名前を知らない料理なんかもある。


「これは?」

「エッグベネディクトよ」


イングリッシュマフィンにハムやベーコン、スモークサーモン、さらにポーチドエッグが挟んである。

うまそうだ。


「コウタやアキトの分もありますからね。みんなで仲良く食べるんですよ」


遠足のランチみたいな言い方だが、実際に行くのは死と隣り合わせの危険な迷宮だ。

だけど、そんなことはとてもママには言えない。

ご丁寧に数種類の炭酸飲料のボトルとビールも用意されていた。

それらすべてを詰め込んだら空間収納のかなりの部分が埋まってしまったぞ。

これの分だけ仕入れ量は少なくなるけどゲイリーを思いやるママの気持ちを考えれば断ることはできない。

比較的体積の小さい時計をメインに仕入れていくことにするか。

今回はニューヨークのアンティークショップにも寄る予定でいたけど、銃を空間収納外で持ち歩くわけにもいかないしな。


 帰りもママたちは空港まで俺を見送りに来てくれた。

搭乗ゲート前で最後の別れを惜しむ。


「二人とも元気で」

「必ずまた遊びに来るんですよ。そしてゲイリーの様子を教えてね。できればゲイリーにも帰ってくるように伝えて」


俺は頷いてみせるが、それは叶わぬことだ。

ママのためにセラフェイム様にかけあってみてもいいけど……。

空間収納で人を運ぶことは可能だ。

ポータルが成長するという可能性もある。

お許しが出ればゲイリーを運ぶこと自体は可能なんだよね……。


「最近は年のせいか体のあちらこちらが悪くなってきているの。生きているうちにあの子の顔を見ておきたいわ」

「……元気で長生きしたいですか?」

「それはそうよ……。誰だってそう考えるのが普通でしょう?」


ママの笑顔を見て俺は心を決める。


「手を出してください」


不思議そうに手を出すママの手を両手で握りしめた。


スキル|神の指先(ゴッドフィンガー)発動


搭乗時間がやってきたので手早く魔力を注ぎ込む。


「コ……コウタ……」

「大丈夫です。そのままで」


 自分の身体の変化にママは戸惑っているようだ。

はた目には俺が手を握っているだけにしか見えないのだが、シンディーも心配そうに声をかけてきた。


「コウタ、何をしているの? 大丈夫なの?」


時間のない俺にはシンディーに答えている余裕はない。

短い時間で内臓系と循環器系を若返らせ、疾患を治していく。

幸いママは重篤な病気は持っていなかった。

血糖値は大分高かったけど……。


五分という時間が過ぎ俺はゆっくりと手を離した。


「どうです? 悪いところはすべて治しましたよ。親友のお母さんには元気で長生きしてほしいですから」


ママは自分の体調の変化に気がついたようだ。

むくみが取れ、呼吸が楽になり、体も軽く感じているはずだ。


「……こんなこと……こんなことって……ああ、神様! 感謝します」


ママは俺に抱きついて泣いた。


「コウタ、どういうことなのよ?」

「俺のもう一つの能力。ケガや病気を治すことができるんだ」


 本当はもっといろいろできるけどね。

水泳とかダンスとか種まきとか……。


 涙を拭きながらママが俺の身体から離れたので、今度はシンディーと別れの挨拶を交わそうと思った。

ソルトレイク空港で僕と握手だ! 

と思ったら強くハグされてしまった。

そして頬にキスまで。

嬉しいというよりも緊張で上手く声もかけられなかったよ。

……なんというか、異文化コミュニケーションはやっぱり難しいと思った。

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