第131話 審判の門の向こう側で

 午前中はゲイリーのママとシンディーへのお土産を買うのに費やした。

シンディーにはジャパニーズヒーローグッズ、特に忍者ものがいいだろう。

俺も詳しくはないから特撮戦隊モノのブルーレイセットや忍者刀のレプリカ、フィギュア、忍者装束、浴衣なんかを用意してみた。

こんな時に吉岡がいれば相談に乗ってくれるのだが今回の帰還は一人きりだ。

奴の不在が残念でならない。

 ヒーロー関係を買いそろえた後はインターネットで調べたアメリカ人受けしそうなお土産を次々と買い込んでいく。

違法なものを持っていくつもりはないが、空間収納のおかげで税関を気にすることなく買い物ができるのは便利だ。

 和柄の風呂敷、江戸切子のグラス、日本酒と梅酒のセット(飲み比べができるやつ)などを買っていく。

江戸切子をアミダ商会で売るのもいいな。

ザクセンスにはないものだから案外売れるかもしれない。

試しに10点ほどお土産とは別に購入した。


 俺が酒を買っている時に、ちょうどアメリカから来た観光客カップルが入ってきて話ができた。

彼らが教えてくれたのだが、アメリカ人にとっては「漢字」が熱いらしい。

日本酒のラベルでも漢字が使ってあるとテンションが爆上がりすると言っていた。

こんな時に言語理解スキルはとっても便利だ。

こっちはアメリカ人の好みを教えてもらえたし、俺も通訳として日本酒の細かい違いについて説明してあげることができて良かった。


「これからアメリカに行かなければいけないんだけど、お土産に何を持っていったらいいか悩んでいたんだ。おかげで助かったよ」

「どういたしまして。僕らも君のおかげでいい買い物ができたよ。アメリカへは仕事?」

「いいや、ルーベン・サンドを買いに行くのさ」


本当のことを言ったのにジョークと思われてしまったようだ。

俺たちは互いの旅の無事を祈りながら別れた。


 酒を仕入れた後は日本のお菓子やカルピスなんかを買っていたら、新宿発の成田エクスプレスにはギリギリで飛び込むことになってしまった。

とにかくこれでアメリカまで行ってゲイリーのリクエストを手に入れ、護身用の銃を受け取れば今回の帰還ミッションは半分終了だ。

後はいつも通り仕入れをして、クララ様へのお土産を買って、スキルを手に入れるだけだ。

ついでだからエンジン付きのチェーンソーでも買っていこうか? 

開発とかが楽になるような気がするな。


 空港についてから気がついたことがあった。

便利だからと何でもかんでも空間収納に詰め込んでしまっていたのだ。

手荷物一つなく、手ぶらで税関を通るのって不審者に見えない? 

疚しいことはしていないつもりだけど、別室に連れていかれて身体検査とかされないよね? 

小心者の俺は空港で要りもしないショルダーバッグを一つ買って着替え一式だけを詰め込んでみた。

それだけじゃリアルな旅行者じゃない気がして、食べたくもないのにチョコレートバーも買って鞄に入れてみた。

ついでに、歯ブラシと文庫本なんかも……。

これで少しは普通の旅人に見えるだろう。

税関で旅の目的を聞かれたら「友達に会いに」と答えるつもりだ。

「ルーベン・サンドを買いに」よりはマシだと思う。

ちなみに、かつての俺は「ビジネス」と「サイトシーイング」と「ハニムーン」の三種類しか答えた経験がない。




 ノルド教の大司教ブッフェルは中央大神殿の地下へと続く狭い階段をゆっくりと降りていた。

供のものは誰もいない。

そもそも、この階段の場所を知る者すらほとんどいないのだ。

ここは神殿宝物庫へと続く階段であり、警備をするのも神殿騎士団の中でもごく限られた精鋭のみで、この場所のことは同じ騎士団員にも他言無用ということになっている。

そんな騎士たちでさえも立ち入れるのは審判門と呼ばれる鉄製の扉の前までだけだ。

ここから先に行けるのは法王とそれを補佐する枢機卿たちだけだった。

 審判門の向こう側は宝物庫という名前はついているが実際には危険物保管庫の意味合いが強い。

金銭的価値というよりも強力な魔法的力を持ったもの、神の力の宿った聖なるアイテム、はたまた邪悪な品物などがここには収められている。

触れるだけで呪われてしまうような危険な品物が封印を施された形でゴロゴロとしているのだ。

故に神殿の大幹部という立場にもかかわらず、宝物庫の清掃は枢機卿たち手ずから行うのが慣例となっていた。

掃除は二週に一度の当番制で、本日はブッフェルが清掃を行う日である。

だからこそブッフェルは誰にも怪しまれずにこの場所まで来ることができた。


「ご苦労」


短く告げるだけで騎士団はすぐに平伏して扉の前から退いた。

ブッフェルは枢機卿たちしか知らない特別な方法で門を開錠する。

そして、重々しく頷きながら騎士の差し出す清掃道具を受け取った。

だが内心では、心躍るようなウキウキした気分なのだ。

ブッフェルにとってこんな気持ちで清掃に赴くことは初めての経験だった。

本当のことを言えば宝物庫の清掃など大嫌いなのだ。

苦労に苦労を重ねてようやく大司教と枢機卿という地位を手に入れたのに、なぜ自分が掃除などにこき使われなければならないのだと、いつも苦々しく感じているのが本音だ。

だが今日だけはいつもと違う。

この奥にある「調教の首輪」を手に入れることができれば聖女と呼ばれる少女の身体を自由にすることができるのだ。

ユリアーナの美貌と情欲を刺激する肢体を思い出して、思わず緩みそうになる頬を抑えて、ブッフェルは殊更厳めしい表情を作っていた。


 宝物庫は三つの区画に分かれている。

奥に行けば行くほど危険なアイテムが安置してあり、より強力な封印が施してある。

一番手前の部屋以外は一人で封印を解くことすら不可能だ。

だが、ブッフェル大司教の求める品物は一番手前の部屋にあった。

ここの品物ならばブッフェル一人の力で持ち出すことも可能だ。

グローセルの聖女ユリアーナ・ツェベライに頼まれた「調教の首輪」はこの場所にあった。


 調教の首輪というのは召喚獣と召喚者の魔法的リンクを遮断することができるというアイテムだ。

首輪をまかれた召喚獣は元いた世界に帰ることもできず、それまでの記憶を失ってしまうために自分が何者であるかさえも思い出せなくなってしまう。

逆に言えばそれだけのアイテムともいえる。

調教という名前はついているが自由に召喚獣を使役できるわけではない。

ユリアーナ・ツェベライが何の目的で欲しがっているのか真実はわからないが、ブッフェルにとってはどうでもいいことだった。

それよりも大切なのはユリアーナとの限られた時間をどのように楽しむかだ。

ユリアーナは伯爵家の娘だ。

神殿の巫女や神官のように何度も呼び出して慰み者にするわけにもいかない。

限られた時間は有効に使わなければならないのだ。

チャンスは首輪を受け渡す一度きり……。

だが、その時だけは何をしようが自分の自由だとブッフェルは考えていた。


 自分の記憶通りの場所に調教の首輪を見つけてブッフェルはほくそ笑んだ。

マジックアイテムでもある枢機卿の指輪を使って施された封印を解除する。

自分の魔力の半分を消費して封印は解除された。

すぐに首輪を懐にねじ込むと、用意しておいたレプリカを元あった場所に置いた。

そこからさらに盗んだことが発覚しないようにレプリカに持ち出しを禁じる封印をかける。

全ての作業が終わった時には、魔力が底をつきかけていて少しフラフラする状態だった。


「先に掃除を済ませておけばよかったわい……」


 ブッフェルは忌々し気に呟いたが、手に入れた調教の首輪の感触で機嫌を直した。

さっそくにでもユリアーナ・ツェベライに手紙を書こうかと思ったが、すぐに思い直す。

どうせなら自分の魔力が回復した状態でユリアーナに会いたかった。

回復魔法が使える状態の方がユリアーナとの行為がそれだけ長く、回数も多く楽しめるというものだ。

尽きかけた魔力が元通りになるには三日は必要だろう。

ユリアーナを呼び出すのはその後だ。

そんなことを考えながらブッフェルは箒を手に取った。

まだ体はしゃんとしないが、あまり時間をかけては審判門を守る神殿騎士に不信を抱かせてしまうかもしれない。

しまりのない身体に力を入れてブッフェルは掃除を始める。

その表情は聖人とは程遠い邪な喜びに溢れ、好色な瞳は淫靡な想像で汚く濁っていた。

だが、ブッフェルは想像もできないでいる。

聖女の穴という穴を犯そうと考えている本人が、穴という穴に短剣を突き刺され、哀れな最期を迎える運命にあることを。

断罪盗賊団はブッフェル大司教襲撃の準備を着々と進めていた。

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