第126話 お披露目パーティー
クララ様の男爵叙任のお披露目パーティーがアミダ商会で開かれていた。
北方貴族の領袖(りょうしゅう)であるブレーマン伯爵をはじめ商会にとって大切なお客様も多数招かれている。
俺と吉岡の騎士爵叙任もおまけで挨拶しておいた。
一般的に騎士爵くらいだとお披露目パーティーなどはしない。
クララ様は新たにバッムスという街を拝領された。
ラインガ街道からは少し外れるがブレーマンに近い山沿いの街で、岩塩、毛織物、塩漬け肉の産業が盛んだ。
人口は二千人を超え、税収もいいようである。
これでクララ様はアンスバッハ騎士爵並びにバッムス男爵となった。
このように爵位を複数持つことはよくあることらしい。
今後は新領地の視察、王都での邸宅の購入などとやることが目白押しだ。
男爵以上になると王都に屋敷も必要となる。
アミダ商会を購入したときの不動産屋に相談しているので近く候補が上がってくるだろう。
普通なら借金をして購入するようだが、クララ様は俺たちに投資したお陰でそれなりの財産を持っているし、今後も順調に利殖を生むだろう。
資金については問題はない。
でも、クララ様としては王都で暮らすよりも領地で着実な領地経営をする方が性に合うそうだ。
俺も一緒にバッムスへと赴き、ポータルで各地を繋ぐ予定でいる。
パーティーは盛況で、招待客は酒と食事を楽しんでいるようだ。
特に食事を提供する際に使った食器類やグラス類に興味を持つ人間が多い。
既にアミダ商会のことは貴族の間では噂になっていたようだが、今回実際に商品を使って購入意欲をそそられた人がたくさんいた。
吉岡はカワゴエに偽装して二階に席を移し、行列のように並んでいる購入希望者の挨拶を受けている。
「ヒノハル殿。少々よろしいかな?」
既知であるブレーマン伯爵がやってきた。
なんだろう?
新しい商品の購入かな?
そういえば息子さんにバイクの購入を頼まれていたな。
それの催促かもしれない。
「ブレーマン伯爵。楽しんでいただけておりますか?」
「うむ。酒も料理も非常に満足だ。アンスバッハ殿とも少し話してきたが、いや短い間に栄達なされた。我がブレーマンとバッムスは距離も近い。今後ともいい付き合いができればと考えておる」
「良しなに。伯爵のご協力をいただければ両領地は更なる発展をいたしましょう」
伯爵はニコニコと頷いている。
「ところでの、先ほどアンスバッハ殿にこのようなカードをいただいたのだが、名刺というそうだな?」
印刷機を使って今回のパーティーの招待状とクララ様の名刺を作ったのだが早速くいついてきたな。
「ご興味をお持ちいただけましたか?」
「うむ。実に面白い。私も作ってみたくての」
「伯爵のご依頼なら最優先でおつくり致しますよ。今日は印刷機を開発した技術者のオリヴァー・バッハも控えております。お引き合わせいたしましょう」
名刺の作成を依頼してくる人は伯爵で今日は五人目だ。
まだまだ増えそうだな。
この調子でいけば職人さんたちに払う給料は純粋に印刷だけで賄えそうな雰囲気になってきた。
名刺も最初は高級品として売り出すことにしよう。
一〇〇枚につき五千マルケスくらいでいいかな。
「ヒノハル様」
新たな客が来たかと思ったらエマさんだった。
エマさんは俺が騎士爵になってから呼び方がヒノハル殿からヒノハル様へと変わっている。
今日はクララ様のお披露目パーティーということでゲストの案内などを務めてくれていた。
「どうしましたエマさん? なにかありましたか?」
酒や料理が足りなくなったのだろうか?
だがエマさんはバツの悪そうな顔でおずおずと切り出してきた。
「こちらは私の伯母でバルシュミーデ子爵夫人です。私が幼少の頃より大変お世話になった方です」
「ようこそおいでくださいましたバルシュミーデ夫人。私はヒノハル・コウタと申します」
ふくよかな五十代と思しきご婦人に頭を下げた。
「姪がお世話になっております。ご挨拶できて嬉しいですわ騎士爵」
ぷっくりした手で握手された。
「それで、伯母上はアミダ商会で美容を受けた母たちの変わりようを見て、大変驚かれまして……」
なるほど、エステ関係のお客様ね。
注意してみると俺たちを取り巻くようにご婦人方が結構集まってきていた。
本当は自分たちも美容関係のことを聞きたいのだが、言い出せずにいたらしい。
興味津々で聞き耳を立てているようだ。
ショウナイに偽装していればすぐにでも商談に入ってあげるのだが、今日の俺はクララ様の手助けをしていたのでヒノハルのままだ。
アミダ商会も懇意の商人にパーティー会場を借りたということにしてある。
美容関係はビアンカさんとクリスタに任せてあった。
「それでしたら二階にご案内いたしましょう。そちらにアミダ商会のスタッフがおります」
バルシュミーデ夫人をエスコートして階段を上ろうとしたら、すぐ後ろから二十人を超えるご婦人方がぞろぞろとついてくるではないか。
「エマさん。ハンス君とエッボに皆さんが座る席を用意させてください。これだけの人数ですからお一人お一人に説明していたら時間がかかりすぎます。会場を作って皆さん同時に聞いていただきましょう」
「心得ました」
エマさんは大急ぎでハンス君たちに指示を出していた。
ビアンカさんたちにも事の次第を説明しなければならない。
二階へ上る前にクララ様の方はどうしているかと探したら、クララ様も大勢の招待客と談笑していた。
そばにはフィーネとレオが控えているから問題はないだろう。
会話が途切れたのか顔を上げたクララ様と目が合った。
すぐにこちらに笑いかけてくれる。
今日の為に新調した薄い水色のドレスがよく似合っていた。
お互いに微笑みあうだけで満たされた気分になる。
俺は気力も新たに二階へと向かった。
ハンス君とエッボが即席の会場を作っている間にショウナイへと偽装する。
部屋の隅にダミーを置いておけばヒノハルとショウナイは別人と思ってくれるだろう。
「ビアンカさん準備はいいですか?」
「はい。ずっと練習してきましたから大丈夫です」
大勢の貴婦人が今や遅しと待っているのだがビアンカさんに緊張の様子は見られない。
「大したものだ。落ち着いているんですね」
ビアンカさんは微笑みながら目を伏せた。
「私は一度、死のうとした女です。あれから大抵のことは怖くなくなってしまいましたわ。今は私を支えてくださった皆さんにとって必要な人間になりたいと願っているだけです。だから大丈夫です。きちんと私の役目を果たしますわ」
顔を上げたビアンカさんはいつもより綺麗でドキッとしてしまった。
「それじゃあ、いきましょうか」
「はい」
俺とビアンカさんはジリジリと待ち焦がれるご婦人たちの前へと姿を現した。
「本日はクララ・アンスバッハ男爵のパーティーへよくおいでくださいました。アンスバッハ様より奥様がたが興味を惹かれるであろう『美容』に関して、ことに詳しくご説明して差し上げるように仰せつかっております」
俺の言葉に小さな歓声が上がった。
「と言いましても、私は詩人でもなければ技師でもございません。心を優しく撫でる言葉も、理路整然とした説明もあいにく持ち合わせてはいないのです」
ちょっとだけおどけてみせる。
「いかがでしょう、本日はアミダ商会の美容を実際に皆様の目でご覧になるというのは? 料金はいりませんので、どなたかにご協力を頂けるとありがたいのですが……」
もったいをつけて辺りを見回すと、皆が一様に困ったような、それでいて選んでほしそうな顔をこちらに向けてきた。
その中で一番後ろに立っていた地味な感じの少女と目が合った。
化粧で隠してはいるが肌荒れがひどい。
ニキビでもつぶしてしまったらしい痕も見受けられた。
「そちらのお嬢様、いかがですか?」
「わ、私は……」
気の弱そうな小さな声だった。
「施術するところを人に見られるのがおいやならカーテンで仕切りをしますよ。試してみませんか。お肌がツルツルになりますよ。こちらのビアンカさんのように」
ビアンカさんとクリスタは毎日自分の顔を使って施術の練習をしていたので、輝くばかりの肌をしているのだ。
「私の肌が……」
「どうぞこちらに。きっと気に入っていただけますわ」
ビアンカさんの優しい雰囲気に、少女はフラフラと指定された席へと腰掛けた。
俺はパーティションで施術場所を見えないようにしてから朗らかに続けた。
「それでは始めましょう」
施術工程に合わせて商品の説明をしていく。
クレンジングジェルから始まり最後の乳液をつけ終わる頃になると少女の肌はずっときめ細やかになっていた。
クリスタが手鏡を少女に差し出している。
「いかがですか?」
「信じられません……」
少女の頬を二筋のなみだが零れる。
「もう二回ほど通っていただければもっといい状態になると思いますよ。その後は二カ月に一度ほど通っていただければこの状態が保たれるでしょう」
涙を拭くためのハンカチを差し出しながら俺は言った。
洗顔後なので少女は化粧を落としていたが、もはや必要としないくらいに瑞々しい肌になりつつある。
軽くメイクすればじゅうぶん美しくなるだろう。
ビフォアー・アフターを間近で見ていたその後のご婦人方の行動は早かった。
一週間分の予約がその場でいっぱいになったくらいだ。
パーティーも皆が楽しんでいるようだし、商売も順調だ。
俺は充実した気分で一階に戻ってきた。
明日からは王都を離れてクララ様の新領地であるバッムスの視察に同行する予定だ。
従者は俺とフィーネだけだから少しはイチャイチャできるかな?
後でフィーネには口止めのための賄賂を渡しておかねば……。
新作のアイスクリームでいいだろうか。
機会をみてクララ様に結婚を申し込むのは確定事項なのだが、婚約者同士のお付き合いを一年経る必要があるそうだ。
二人でいろんなことができたらいいな……。
その期間が終わったら……。
俺はぼんやりと考えを巡らせていた。
そんな時に突然レオが客を引き連れてやってきた。
「ヒノハル様、尚書官のヨッフム子爵がおいでです」
白髪で細身のヨッフム子爵と挨拶を交わす。
尚書官というのは国王の秘書官とも呼べる役職でいろいろな文章を扱う人だ。
今夜の招待客ではなかったはずだ。
一通りの挨拶が済むとヨッフム子爵は居住まいを正す。
「王命である!」
ヨッフム子爵が取り出した手紙にすぐに跪いた。
この手紙は国王の分身と考えなくてはならないと教えられている。
既に俺は予感していた。
明日からの旅はキャンセルとなり、イチャイチャタイムは当分お預けになるのだろう。
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