第125話 聖女と大司教

 ポータルを使いフィーネの家族が王都へやってきた。

皆で暖かく迎え入れ、王都観光をさせてあげたのは良かったのだが、二泊三日の旅程を終了し、いざ帰る段になってフィーネの弟のエッボ君が騒ぎ出した。


「俺も姉ちゃんと一緒に王都で働きたい!」


フィーネの両親はエッボ君をしかりつけていたが、実はクララ様にとっては悪くない話なのだ。

新たに男爵に叙任されるクララ様にとって家臣を集めるのは急務だった。

俺と吉岡がクララ様の直属から離れる今、クララ様の直臣はフィーネとレオしかいない。

エッボ君がクララ様に使えたいというのなら問題となるのは能力だけだ。


「だいたい弓の腕は姉ちゃんより俺の方が上だろう!」


おっ、それはポイント高いよ。


「なに言ってるの、私は字が読めるようになったのよ」


フィーネは頑張ったもんね。


「あの姉ちゃんが字を!? で、でも俺が初めてエルバ・ベアーを仕留めたのは12歳の時だぜ。姉ちゃんは15歳だっただろう?」


ほうほう、12歳で巨大熊を仕留めたのか。

それはすごい。


「いい加減にせんか! アンスバッハ様方の前だぞ。失礼しました皆様」


フィーネのお父さんの一喝で兄弟喧嘩は終結した。


「コウタさん、俺……」


叱られたエッボ君がこちらに助けを求めてくる。

この三日間でエッボ君とも仲良くなったからなぁ。

ちょっと強気だけど性格もいいし、機転もきく。

クララ様やフィーネが都会の華やかさに目を奪われているようだが仕事は辛いものだと説明してもエッボ君の意志は固い。

なんだかんだの話し合いの末、三カ月の試用期間を設けることになった。

頑張れエッボ君!


「とりあえずは叙任式後のお披露目パーティーの準備が当面の仕事だ。アミダ商会の店舗部分でやるからな」


これで労働力一人分ゲットだ。

既にアミダ商会とエッバベルクはポータルで繋いでしまったので当日は家令のエゴンさんと奥さんのユッタさんも手伝いに来てくれる。

ビアンカさんやクリスタさん(ハンスの姉)、エッボ君、と人員は何とかなりそうだ。

パーティーはアミダ商会の宣伝も兼ねているから万事抜かりなくやらなくてはなるまい。

招待状は飾り透かしもうてる印刷機で作ることにした。

こちらの方はバッハ君と職人さんたちが張り切ってくれている。

こうしてみるとクララ一門も数が増えてきたな。

今後は新領地からの採用となるだろうが、新領地がエッバベルクから遠すぎてもいけないということで北方のどこかになるらしい。

すべて順調に事は運んでいた。


□□□□□


 ユリアーナ・ツェベライはノルド教の幹部の一人、ブッフェル大司教の元を訪ねていた。

敬虔な信徒であり、グローセルの聖女と称えられるユリアーナが神殿関係者を訪問することは珍しいことではない。

今回も近く行われる精霊祭における寄付についての話し合いという名目となっている。

だが、もともと大司教と聖女が細かいことまで話し合うことなど何もない。

そのような雑事は事務方同士の話し合いで進行されていく。

今日の会談も社交の一環でしかなかった。


「さあさあ、紅茶をお飲みなさい。それともユリアーナさんはワインの方が良かったかな?」


好色な視線を満面の笑みで隠しながらブッフェル大司教がユリアーナに茶菓をすすめた。

一見すると小太りで穏やかそうな表情だが、酷薄そうな性格が口元からにじみ出ている。

親子ほども年の離れた巫女見習いを何人も愛人代わりに囲っているというどうしようもない聖職者だった。

断罪盗賊団の次なるターゲットの筆頭に名前を連ねる男でもある。

だが、ユリアーナはそんなことはおくびにも出さない。

清純さと無邪気さと妖艶さを絶妙にブレンドした笑顔を返す。


「ところでブッフェル様は『調教の首輪』というものをご存知ですか?」


ユリアーナの胸を鑑賞していた大司教は突然の質問に目を白黒させた。


「あ、ああ。確か神殿の地下宝物庫にそのようなものがありましたな。召喚獣を捕らえるためのアイテムだったはずだが。それがどうかしましたかな?」

「実は私、世間の流行を真似て西大陸に投資をしましたの。それほど広くはないのですがタバコ畑と砂糖畑などを少々。それであちらでの準備も整いまして、いよいよ来年から収益が上がるようだという報告が来たのですが……」

「それはけっこうな話ではないですか。国内の荘園はもう限界がきておりますからな。これからは植民地の時代ですよ。あれは神々が私共に与えたもうた約束の地と言っても過言ではありませんな」

「ええ、ですが問題も起こります」

「なにかありましたかな?」

「かの地で悪い召喚獣が暴れており、畑に害をもたらしているようなのです」

「ははぁ、それで『調教の首輪』ですか」

「ええ。その召喚獣は現地で神とも崇められているようで、単純に排除するのは現地人のためにも良くないかと」

「まったくユリアーナさんはお優しい」


言いながら大司教はユリアーナの手を握ってきた。

ユリアーナは表情を崩さぬまま相手の好きにさせている。


「だがなユリアーナさん、そのような異郷の神など、遠慮することなく打ち砕いてしまえばよいのですよ」


ユリアーナはすっと手を引いて大司教の執拗な愛撫から逃れた。


「私もそれは考えましたわ。ですがノルド教の力によって現地の神を屈服させてみせることこそ必要なのではないかと考え直しましたの。どちらの神が偉大かをわかりやすく教えてやることこそ寛容ではないかと」


大司教は感服したと言わんばかりに自分の膝を打った。


「素晴らしい! さすがは聡明と謳われるグローセルの聖女殿だ」


と、聖女を褒めたまでは良かったが、すぐにブッフェルは殊更に困った様な表情を作った。


「しかしなぁ、神殿の宝物庫に収められた宝は、たとえ聖女殿の頼みでも持ち出しは禁止ですぞ」


話がこうなることはユリアーナも想定済みだ。


「何とかなりませんでしょうか。信仰のために……」

「ううーん。私も辛いのですが、許可が下りるとは思えません」


許可など下りないことはユリアーナとしてもわかっていた。


「ブッフェル大司教のお力で何とかなりませんでしょうか。お力添えいただけるのならば、私は何でも致しますわ」


今度は指先をわざと震わせながらユリアーナがブッフェル大司教の手を取った。


「ふむ。確かに私なら宝物殿へ立ち入ることは可能だが……。そこまでして『調教の首輪』が欲しいものですかな?」


俯くユリアーナに首輪をはめる姿を妄想してブッフェルはたまらない気持ちになった。


「ユリアーナ殿!」


そのままソファーへとユリアーナを押し倒してしまう。


「お待ちください大司教。首輪を、首輪をお持ちいただければ私の純潔はブッフェル様にお捧げします」


ユリアーナの言葉にブッフェルは動きを止めた。

だがまだユリアーナの体の上からは離れていない。


「それは本当のことかな?」

「はい……」


ぎゅっと目を閉じて、決意を固めている少女をユリアーナは演じた。

ブッフェルの手がユリアーナの豊かな胸に伸びて両の乳房を服の上から揉みしだく。

ユリアーナは湧き上がる殺意と共にその行為をやり過ごした。


「ふむ。いいでしょう。『調教の首輪』を手に入れればいいのですね」


ブッフェルはようやくユリアーナの上からどく。

聖女は手早く服装と髪を整えた。


「お願いします」

「なるべく早いうちに手に入れましょう。続きはその時に」


ゲスな笑顔を浮かべながらブッフェルは紅茶を飲みほした。



 話がつくとユリアーナは早々に帰途に就いた。

馬車の中ではカリーナが悲しそうに声をかけてくる。


「お嬢様、よく頑張られましたね」


ユリアーナの表情はいたって平静だ。


「どうということはありません。ただ、あの男を殺すときはいつもより更に時間をかけて念入りにやることにしましょう。わたし自らが出向きます」


反対する者は誰もいなかった。


「ブッフェル大司教が『調教の首輪』を手に入れた時点で断罪の騎士団は動きます。全員抜かりが無いように努めなさい」


馬車に随行する従者たちは一斉に頭を下げた。

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