第127話 フィアンセ
跪いた俺の頭の上に、ヨッフム子爵の朗々たる声が降り注いだ。
「騎士爵コウタ・ヒノハルをドレイスデン迷宮探索パーティーの一員に任命する。勇者ゲイリーと共にダンジョン内部を探索し、今後の発展に努めよ」
そうきたか……。
戦闘力という点ではゲイリーや吉岡にははるかに及ばない俺でも、「夜目」「犬の鼻」「火鼠」「鍵開け(アンロック)」「空間収納」と探索に役立つスキルをたくさん持っているからなぁ……。
「おめでとう騎士爵。貴殿にも栄達の道が開かれたのですぞ」
祝辞を述べながら握手をしてくるヨッフム子爵にひきつった笑顔を返すことしかできなかった。
実際のところ、特別職としての報酬は500万マルケスが出るらしいし、探索で活躍すれば領地の拝領なんてこともあるそうだ。
だけど、だ!
出世なんてどうでもいい。
クララ様とのイチャラブ生活を返してくれ! というのが本音だ。
何が悲しくてダンジョンの探索なんてしなくちゃならないんだ。
そういうのは強くて仕方がないゲイリーとか吉岡が趣味でやるものだろう?
俺は平和な領地でクララ様と一緒に内政とかをやっていたかったのだ。
いや、危険地帯だっていいんだよ。
クララ様と一緒にいられれば。
封鎖作戦の時はクララ様もパーティーの一員だったけど、男爵となったクララ様は既に勇者パーティーの一員ではない。
とりあえずクララ様にこのことを報告しないといけないな。
話を聞きつけてきたらしくゲイリーと吉岡がやってきた。
「聞いたよ。コウタも僕たちと一緒に探索に出るんだって?」
俺とクララ様の関係を知らないゲイリーは嬉しそうに肩に腕を回してきた。
「みんなでダンジョン探索ができるなんて素敵だよな。コウタがいれば食べ物や飲み物にも苦労しないから大歓迎だよ!」
最初から俺の戦闘力には期待していないところは褒めてあげよう。
しかし、ゲイリーはいい奴だけど優先順位としてはクララ様が一番だ。
「先輩……。なんというか、お気の毒にとしか言えません。いちばん幸せな時期に出張みたいなもんですから……」
吉岡は慰めるように声をかけてくるけどなんとなく顔がにやにやしている気がする。
こいつ、俺の不幸を喜んでいるな。
どいつもこいつも人の恋路の邪魔をしやがって。
これでクララ様との仲がこじれたら王家に謀反を起こしたってかまわないぞ!
……嘘です。
せいぜい隣国に亡命するくらいかな。
でもこの時期にクララ様と離れるのは冗談抜きに辛いぞ。
サラリーマン時代は出張も仕方がないと思っていたけど、貴族になってまでこんな事態に陥るとはな。
世の中はうまくいかないものだ。
「夜は焚き火でスモアを焼こうよ。コウタ、向こうの世界からスモアセットを買ってきてね」
ゲイリーだけが嬉しそうにしている。
スモアってアメリカでキャンプの時の定番スイーツだよな。
焼いたマシュマロとチョコレートをグラハムクラッカーで挟んで食べるやつだ。
……そんな甘い食い物はいらん!
俺はクララ様と甘い生活を送りたいのだ!
「ゲイリー、ごめん。先にクララ様に報告してくるよ。予定をいろいろと変更しなくてはならないからね」
「オーケー……」
俺の深刻な顔を見てゲイリーが訝し気な顔をする。
「僕、何か悪いこと言ったかな?」
「違うんだ。詳しいことは吉岡に聞いてね」
俺はゲイリーの肩を軽くたたいてクララ様を探した。
パーティー会場を歩いていると皆が俺におめでとうと言ってくれる。
どうやら勇者パーティーに選ばれることは栄達への近道らしい。
死と隣り合わせの危険もあるが、大きな財宝なども見つけやすく、出世コースではあることは間違いないようだ。
偉いさん達も、俺がセラフィム様の眷属ということで色々と考慮してくれたのかもしれない。
人ごみをかき分けてようやく銀色の髪の後ろ姿を見つけた。
「クララ様」
いつものように呼び掛けるとクララ様は困ったような笑顔で振り返った。
「コウタ殿、もうあなたは騎士爵ですよ。私を様付で呼ぶのはいけませんね」
それが公の場だけの建前だとわかっていても俺には寂しく感じた。
だけど、次に出たクララ様の言葉はとても意外だった。
「それに貴方は私のフィアンセではありませんか。せめてクララさんと呼んでくださらなければ」
クララ様のすぐ横で談笑していたブレーマン伯爵が目を丸くして驚いていた。
「これはこれは。そのような話が進んでいたとは驚きですな。残念だ。ヒノハル殿には我が家の末娘を紹介しようと思っていたのですが……」
なんですと!?
俺、バツイチの三十路男ですよ。
ってそうじゃない!
「クララ様、じゃないクララさん、よろしいのでしょうか? このような場で発表してしまって」
クララ様は最高の笑顔を俺に向けてくる。
そして俺の耳にそっと口元を寄せた。
「いい機会です。この場で発表してしまいましょう。実をいうとさっきからコウタとアキトを紹介してほしいという貴族が何人もいるのです。きっとコウタに娘や孫を送り込むためですよ。おそらく二人がこの国で特別な存在になりつつあるということがわかってきているのでしょう。でも、アキトのことはともかくコウタを渡す気はありませんから」
少しだけ顔を赤らめながらそう言い切ったクララ様をその場で抱きしめたいくらいだった。
「皆様、少々お耳を拝借いたします」
少し高い位置に移動したクララ様が会場の客に声をかけた。
私語が静まり皆がクララ様に注目する。
「今宵は当家のパーティーにお越しくださいまして誠にありがとうございます。これより異世界の酒であるシャンパンを皆様に堪能していただこうと思っておりますが、その前に一つ皆様にご紹介したい人物がおります。コウタ・ヒノハル騎士爵こちらに」
呼ばれて俺も壇上に登る。
「こちらの騎士を既にご存知の方も多いでしょうが改めて紹介いたします。コウタ・ヒノハル騎士爵。私のフィアンセです!」
顔面がかっと熱くなったが、何とか会場に向けて挨拶をした。
皆が驚きの声を上げながら俺の顔を見つめてくる。
人にこんなに注目されたのはいつ以来だろうか。
「あれがセラフェイム様の……」
「この度、勇者パーティーに抜擢されたそうよ」
「そういえば先ほど尚書官のヨッフム子爵をお見かけしたな」
「畏れ多いことに勅命で任命されたそうですよ」
「それは素晴らしい」
俺についての噂話が会場に飛び交っている。
どうやら勅命というのは大変名誉なことらしい。
クララ様と離れるのは嫌だけど自分に箔をつけておくのはクララ様にとってもプラスのことなのかもしれない。
「コウタ、ダンジョン探索のことは聞いたよ。離れ離れになってしまうのは寂しいけど、勅命を辞退することはできないからな……」
「ええ。でも、ポータルがあれば毎晩帰ってこられます」
「あっ!」
寂しげだったクララ様の顔が明るくなった。
「ゲイリーに強力な通信機だって作ってもらえるし、貴女が呼べば俺はすぐに駆け付けますよ。いえ、貴女が俺を召喚してくれさえすればいいのです。私はあなたのフィアンセであり召喚獣でもあるのですから」
「コウタ……」
「俺はどこにもいきません」
わんわん。
男爵の犬と呼ばれても結構!
クララ様が幸せならそれでいいのだ。
「あ、あんまり私を甘やかしすぎないでほしい……。コウタなしでいられなくなる……」
スモアよりも甘いお言葉をいただきました。
もうこうなったらダンジョンでもなんでも探索してやるよ。
とりあえずダンジョン探索に何が必要かをリストアップして地球でお買い物だな。
ゲイリーや吉岡がいるから大丈夫だとは思うけど、死なない努力は最大限しないとダメだよな。
それにダンジョンライフはできるだけ快適にも保ちたい。
便利グッズをいろいろ用意しておくべきだろう。
そのためにも一度日本に帰らなくちゃいけないな。
新しいスキルで「絶対防御」とか欲しいなぁ。
絶対無理だとは思うけど。
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