第123話 クララ・アンスバッハ殺害計画
ユリアーナの言葉に、ラーラは狼狽を隠せなかった。
「お嬢様、アンスバッハ様を殺害せよとおっしゃるのですか?」
「ええ、そうよ」
対する聖女の方は至極当然な主張をしているという顔つきだ。
「あの女がお優しいヒノハルさんを無理やり縛りつけているに違いありません。そうでなければ、どうしてヒノハルさんは未だにあの女の従者をしているというのですか」
カリーナがおそれながらと申し出る。
「ひょっとして……お二人は親密なご関係なのかもしれません」
その言葉にユリアーナが皮肉気な笑みをたたえた。
「その可能性はありますわ。どうせあの女がヒノハル様をたぶらかしているのです。だからこそ私がヒノハルさんを真実の愛に目覚めさせてあげなければならないのです。どんな手を使ってでも……」
所詮この二人はユリアーナに逆らえはしない。
聖女の周りにいるもので聖女の意見を否定できるものなどいないのだ。
「それではどうなさいますか? 『断罪の騎士団』の次なる標的はクララ・アンスバッハということでよろしいでしょうか?」
世間では彼女たちのことを「断罪盗賊団」と呼んでいたが、自分たちでは「断罪の騎士団」と呼び表している。
「実行するならヒノハルさんがドレイスデンを離れているうちがいいですわね」
「報告の者によるとヒノハル様はバイクなる馬型ゴーレムに乗ってお出かけになられたそうです」
途端にユリアーナの瞳が喜びに輝いた。
「まあ! それもヒノハルさんの隠されたお力の一つなのですか?」
「おそらく。馬でも出せないほどの速度で駆け抜けていかれたそうです」
ラーラの報告をユリアーナとカリーナはうっとりと聞いていた。
「さすがはヒノハルさんですわ。そんなゴーレムまでお持ちであるとは」
「ええ本当に。羨ましいですわお嬢様。お嬢様はそのうち、そのゴーレムの後ろに乗せてもらえるのですね」
「!!」
ユリアーナのヤンデレ頭はオフロードバイクにまたがるコウタを白馬に乗った王子と同義なものへと脳内変換していた。
キャァキャァとはしゃぐ二人の会話を割ってラーラが質問してくる。
「お嬢様、クララ・アンスバッハのことですが……」
ラーラの言葉に聖女はクララの暗殺計画を思い出す。
「そうでした。それでヒノハル様のお帰りはいつになるのかしら」
「馬よりも速く走れるのならば、往復で半月くらいではないでしょうか。エッバベルクまでは1500キロの距離があります」
ユリアーナも同意するように頷いたがこの見積もりは甘い。
実際は片道4日しかかからないしポータルを使えば、エッバベルクからは瞬時に戻ってこられる。
「半月あれば計画はギリギリ間に合いそうね。アンスバッハは現在も王都警備隊の所属でしたっけ?」
「いえ。叙任式を控えて今はどこにも属しておりません」
「住まいは?」
「レーマー通りにあるアミダ商会という商家の一室を間借りしているようです」
レーマー通りといえばドレイスデン一の繁華街だ。
「そこに住む者は?」
「女中や従者が数名おりますが、こちらは問題ないでしょう。一番厄介なのはこのたび騎士爵になられるアキト・ヨシオカ様も同じ家に部屋を借りていることかと」
ユリアーナもアキト・ヨシオカの名前は聞いていた。
コウタの友人として実際に会ったこともある。
迷宮から溢れるモンスターの群れをただ一人で灰燼に帰した大魔導士だ。
実は回復魔法も使える大賢者だとも噂されている。
クララ・アンスバッハだけでさえかつてない強敵なのに、これにヨシオカが加わるとなると断罪の騎士団が暗殺を仕掛けても返り討ちにあってしまう可能性が大いにある。
「……二人まとめては相手にできませんわね。なんとかクララ・アンスバッハが一人になる時を待たなければ」
試案を巡らすユリアーナにカリーナが問う。
「ところで、クララ・アンスバッハ誅殺の大義はどうしましょう?」
断罪の騎士団は独善的な理屈ではあるが義賊の体裁をとっている。
これまでに狙った相手は全て裁かれてもおかしくない罪を重ねてきた者たちばかりだ。
だが、今回の殺人はユリアーナ・ツェベライの私怨でしかない。
クララは公に裁かれるような罪など犯していなかった。
「あの者はヒノハル様を独占しているという大罪を犯しています」
真顔で言ってのける聖女にラーラは慌てて進言した。
「そ、それでは愚かな大衆どもは納得しないでしょう。その……騎士団の士気も幾分かは下がってしまうかと……」
騎士団は全員が聖女の魅了(チャーム)にかかってはいるが、あまりに突拍子もない理由で活動すれば結束力に綻(ほころ)びが生じそうだとラーラは恐れていた。
「そうね……ならばこうしましょう。クララ・アンスバッハのところにエマ・ペーテルゼンという騎士見習いが居ましたよね。あの二人が同性愛者ということにしてしまえば全ては丸く収まります」
ザクセンスにおいて同性愛は火あぶりの刑になるほど重い罪とされている。
ノルド教の神々がどう思っているかはわからないがBLだろうがGLだろうがそんなものが見つかれば断罪の対象になってしまうのだ。
薔薇も百合も纏めて折って暖炉にくべられてしまうのがこの世界だった。
「もともとあのエマという騎士見習いはそのような気質がありました。私を見つめる目に情欲の光が混ざっていましたもの」
これは事実である。
エマはユリアーナに対してもクララにたいしてもこのような気持ちを抱いていた。
公にはしていないが密かな憧れをもって二人に接していたのだ。
クララはまったく気が付いていなかったが、ユリアーナの方は敏感に察知していた。
そのうえでいつかこの事実が使えるのではないかと心の隅に留めていたのだ。
「エマ・ペーテルゼンを使ってクララ殺害の片棒を担がせるのもいいですね。わざわざ断罪盗賊団を動かすまでもありませんわ。毒殺してしまえばいいのですから」
ラーラは大きく息をついた。
クララ・アンスバッハと戦うということはそれだけリスクの高いことだった。
一人で中隊に匹敵する人間を狙うとなれば暗殺しかなく、それでさえ成功する保証などなかったからだ。
「ではエマ・ペーテルゼンに会いに行きましょうか。せいぜい手懐けて楽しませて差し上げますわ。一時の甘い夢くらいは……」
蠱惑的な微笑を浮かべてユリアーナはカリーナに外出の準備をさせるのだった。
□□□□□
タンデムに乗ったフィーネが話しかけてきた。
ヘルメットに内蔵されたインカムのお陰で音声はクリアだ。
「本当に実家に泊まってもいいのかなぁ?」
俺たちは今、フィーネの故郷であるカッテンストロクトへ向けて爆走中だ。
道が悪いから時速40キロくらいだけどね。
「構わないさ。クララ様も三泊くらいしてきていいって」
戦争は予想よりもずっと早く収束したので急ぐ必要がなくなってしまったのだ。
クララ様の叙任式に間に合えばいいので時間的な余裕はたっぷりあった。
「でも、コウタさんはすぐにでも帰りたいでしょう? ドレイスデンではクララ様が待っているんだから」
「そんな気を使わなくてもいいさ。フィーネはまだ18才だろう。親御さんだってきっと心配していると思うぜ。俺が18歳の時なんて……」
……あの頃は受験勉強真っ盛りだった。
時間を見つけて友だちとも遊んでいたけどさ。
好きだった武田さんには受験が終わったら告白しようと思ったけど、そのまま離れてしまったな……。
いつも一緒にいたんだから機会なんていくらでもあったのに……。
あの頃の俺は本当にヘタレだった。
もしもあの時「勇気六倍」を持っていたら人生はまた違ったものになったのかもしれない。
だけど、お陰で俺はクララ様に出会えた。
「コウタさんが18の時って、どんなだったの?」
「俺の昔話なんて聞いてもつまらないだろう」
「え~、教えてよ。クララ様には内緒にしてあげるからさ」
「なんで、クララ様に内緒なんだよ」
「だって絶対に好きだった女の子が登場するでしょう」
それはそうか。
少年少女、二次三次、咲く花、散る花、咲かぬ花、世界は恋で溢れてる。
その年代で淡い恋心を持たない人はほとんどいないものだ。
「ほら、カッテンストロクトはまだまだ先だよ。せっかくなんだから|恋の話(コイバナ)しちゃおうよ」
「しょうがないなぁ。それじゃあ……あれは月山(がっさん)の雪も解ける春の日のこと」
「ぷっ、なにそれ」
「いいから黙って聞きなさい」
バイクが出す少し高めのエンジン音に紛らせて、三十路男の昔話が始まった。
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