第120話 パルプフィクション
ドレイスデン城壁外・南地区。大通りの交差点の一つに陣幕が張られている。
現在ここが新迷宮封鎖作戦の最前線基地となっていた。
王都警備兵と近衛連隊の全ての兵士が動員されて各所で警戒に当たっているが今のところ大きな混乱は見えない。
街にはわずかな緊張をはらみ乍らも平常通りに過ごす人々の営みが見られた。
新ダンジョンの入り口が開くのは今夜の零時だ。
時間にしてあと八時間といったところか。
第一陣である俺たちは既に王宮に集まり、時が来るのを待っている。
勇者パーティーは一人一部屋があてがわれていた。
オマケの俺にも広い部屋がもらえてのんびりすることができた。
この後のスケジュールは17時になったら軽く夕飯を食べて、19時に入浴。
20時になったら現地に詰めることになっている。
待つという時間はなかなか苦痛だ。
既に準備は万端整えてあるので今更やることはない。
退屈を紛らわすために本でも読もうかと思うのだが、この後の戦闘を考えると落ち着いて読むこともできなかった。
ゲイリーを筆頭に全員が十分な戦闘力を持っているとはいえ死の影はどうしてもちらついてしまう。
クララ様が傷つく姿を想像すると恐ろしくて震えがきた。
みんなはどうしているのだろうか?
一人でいるのは不安なのだが、他の人の邪魔をしてはいけないという気持ちもあったので王宮内を散歩してみることにした。
宮殿の中は立派な絵や工芸品、壁画などがいっぱいあって見ていて飽きない。
なんとなくだが礼拝堂へ行ってみる気になった。
困ったときは神頼みにかぎるもんね。
時空神様とイケメンさんに俺たちの無事を祈っておくことにした。
礼拝堂へやってくると先客がノルド教のシンボルである四角錐の前に跪いて一生懸命祈っていた。
同じパーティーのロゼッタさんだ。
神殿騎士団に所属しているくらいだから信仰心も篤いのだろう。
邪魔しないようにそっと出ていこうと思ったのだが、ロゼッタさんが突然振り返り目が合ってしまった。
「ご遠慮なさらずにお入りください」
顔も優しげなのだが声も穏やかでゆったりとしている。
これでいざ戦闘となるととんでもなく強いのだから不思議だ。
「ヒノハルさんも礼拝にいらしたのですか」
「ええ。恥ずかしい話ですが不安に押しつぶされてしまいそうでして」
「そうでしたか。……でも安心いたしましたわ。戦いを前に不安を感じていたのは私だけではなかったのですね」
少しはにかんだ表情でロゼッタさんは笑った。
「ロゼッタさんも?」
「はい。神殿騎士として皆様の前では泰然としてなければならないと心を強く持っていたのですが、時間が経つにつれてどんどん心細くなってしまいました。だからこうして祈っていたのです。私たちは仲間ですね」
そう言ってロゼッタさんはニコリと笑った。
……反則級に可愛い。
完璧な癒し系だ。
開き直ってカミングアウトしよう。
今でこそクララ様の犬としてM気質全開の俺だが本来は癒し系が大好きなのだ。
25歳という年齢の割に落ち着いた感じなのも素敵だ。
危なかった。
出会う順番が違っていたら確実に惚れていたと思う。
それでもって万が一ロゼッタさんと付き合えた後にクララ様に出会ったら、二人の間で気持ちが引き裂かれ煩悶(はんもん)していたかもしれない。
ありがたいことに俺はクララ様と先に出会った。
目移りすることはない!
どんなにロゼッタさんが素敵でもクララ様が一番だもんね。
神様、クララ様に引き合わせてくれてありがとうございます。
俺は跪いて感謝の祈りを捧げた。
……もっとも俺なんかがロゼッタさんと付き合えたとは思えないけどね。
クララ様と心を通わせることができたのだって本当に奇跡だったと思う。
もしかしてこれも時空神様のお陰?
もう一度感謝の祈りを捧げておこう。
ふと、絵美の顔が頭をよぎる。
ひょっとすると絵美は、俺にとってのクララ様のような人に出会ってしまったのかもしれないなんて考えた。
もしそうだったら……。
今度会うことがあるのなら「もういいんだよ」って言ってあげようと思った。
絵美は絵美で苦しんだのだと思う。
まあ、小心者の俺なら深入りする前に距離を置いただろうけどね……。
性格的に浮気は無理そうだ。
こんなところでゴチャゴチャ考えていても仕方ないな。
ひょっとしたら数時間後に死んでしまうかもしれないのだ。
「難しいお顔をされています」
いけない。
ロゼッタさんがいるのを忘れていたよ。
きっと複雑な顔をしていたんだろうな。
「大丈夫ですよ。戦いの不安じゃなくて、自分の過去を振り返っていろいろと反省していただけです」
頭を掻く俺にロゼッタさんは慈愛に満ちた笑顔を見せた。
「一緒に祈りましょう」
うん。
本当に反則級だ。
結局、出かける直前まで俺はクララ様と過ごした。
特に何かをしたわけじゃない。
ただ二人でいただけだ。
それがもう自然なことになるくらい二人は親密だった。
戦に臨む者らしく俺もクララ様も悲壮感を漂わせていたと思う。
それはゲイリーもそうだったし、ロゼッタさんやリア、吉岡だってそうだった。
だから俺たちは今の状況にとんでもない虚脱感を覚えていた。
勇者パーティーは迷宮を封鎖するべく、決死の覚悟で地下下水路に降り立った。
お告げの通り午前零時丁度にダンジョンの入り口は現れる。
百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するがごとく迷宮からモンスターが下水路へと溢れ出してくる。
かねてから打ち合わせていた通り最初から出し惜しみなく全力の攻撃でいくことにした。
「リア、召喚を頼む!」
「はい!」
リアが術式を展開して吉岡を召喚する。
あたかも吉岡が2メートルだけ瞬間移動したような形でリアの前に召喚された。
「みんな下がって。先ずはリアと自分が大規模魔法を放ちます」
吉岡の声にゲイリーたちは防御を固めた。
「アキトさん、魔力の循環準備が整いました」
「よし、やろう! いくよ……マジックニードル!!」
マジックアローという魔法がある。
一般的に無属性といわれる魔法だ。
これは魔力を具現化して矢(アロー)のように飛ばす魔法だが、かなり基礎的な魔法でもある。
吉岡のマジックニードルは原理的にはこれと同じものだ。
吉岡たちがやったのは矢(アロー)を針(ニードル)に替えただけだ。
だけど百本や千本なんて数じゃない。
天文学的数の針が魔法の力で打ち出されてモンスターに襲い掛かっていた。
何百体といるモンスターたちは奔流のようにこちらに向かって襲い掛かってくるのだが、俺たちに届く後わずかなところでボロボロとおがくずのように崩れ落ちていく。
通路が狭いうえ、数も多いので避けることもできないようだ。
この魔法は射程距離が10メートル強くらいしかないようで後ろの構造物に被害も与えていなかった。
吉岡なりに考えてこの魔法を編み出したのだろうが、あまりの威力に他の全員がポカーンな状況だ。
五分もしないうちにモンスターたちは全滅していた。
「………………」
全員が沈黙している。
代表して俺が発言してみるか。
「吉岡君。さっきの魔法は何?」
「マジックニードルはアメリカのパルプフィクションSFに出てくる短針銃(ニードルガン)を参考にして創った新魔法です。詰められたらヤバいかなと思ったんですけど、自分の予想より威力があってびっくりしました」
びっくりしたのはこっちだ。
「あの、作戦の第一段階は……これで……終わりなのでしょうか?」
ロゼッタさんがおずおずと聞いてくる。
「そのようですな。働いたのはアキトとリアだけですが……」
クララ様も呆然と答えていた。
「こちらゲイリー。入り口の安全は確保した。後続を突入させてくれ。え? 早すぎる? だってアキトがやっつけちゃったんだもん……」
ゲイリーが魔信で連絡を取っている。
「えーと……ロゼッタさんは神聖魔法でホールに結界を。クララ様は奥の通路を氷で封鎖しておくのはいかがですか?」
物足りなさそうな二人に仕事を振ってみた。
「そうだな……そうしておくか」
「ええ……それも……仕事ですわね」
二人はいそいそと動き出した。
やることがあるだけまだましだ。
俺なんて本当に役立たず状態だ。
とにかくみんなポカーンとしていた。
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