第121話 スタートライン
ダンジョンの入り口付近の安全を確保すると、すぐさま後続部隊が送られてきた。
土魔法のスペシャリストたちが手分けをして重厚な扉を取り付け、神殿関係者や結界を張る専門家が幾重にも防御を施している。
そんな彼らを神殿騎士団と近衛軍が反目しあいながらも警護にあたっていた。
俺たちは偵察と討伐を兼ねてダンジョンを探索することになった。
スキル「式神」で火鼠を呼び出し先行させる。
火鼠の炎でダンジョン内はオレンジ色に明るく照らされた。
先頭は防御力が最も高いゲイリーが歩き、続いてロゼッタさん、リアと吉岡、俺、最後尾をクララ様が守る。
全員敵襲に備えて歩いているが、俺だけはスマートフォンの歩数計アプリを使って大まかな地図を作りながら歩いた。
「右に扉を発見。探索するよ」
頭を覆うヘルメットがゲイリーの声を伝えてくる。
ゲイリーの「魔信」はどんな物質でも通信機器に変えることができる便利なオリジナルスキルだ。
これのお陰ではっきりとした意思の疎通ができる。
「ゲイリー、罠があるかもしれないから俺に任せてくれ」
スキル「ダミー」で分身体を作り出して扉をあけさせた。
途端に4本の矢が飛来してダミーの胸に突き刺さり、ダミーの姿は霧散してしまう。
続いて鎧をまとった骸骨が八体襲い掛かってきたが、これはゲイリーの剣が苦も無く粉々に打ち砕いてしまった。
「いよいよダンジョンらしくなってきたね」
「自分はずっとこういうのに憧れていたんだよ!」
ゲイリーと吉岡がのんきにはしゃいでいる。
こいつらは強すぎるからゲーム感覚でいるのかもしれないな。
俺はさっきから緊張しっぱなしなのに。
動かなくなった骸骨の額に小さな宝石のようなものがついていた。
これが魔石だ。
「リア、魔石はどうやって回収するの?」
「モンスターが死ねば自動的に剥がれますので、それを拾います」
リアの言う通りしばらくすると魔石はモンスターから剥がれ落ちた。
小さな魔石が八個だが、これだけで4000マルケスにはなるそうだ。
危険にも拘わらず冒険者とか魔石取という職業を人々がやりたがるわけだ。
そうはいっても普通の魔石取はこんなに簡単に魔石を手に入れることはできないか。
ゲイリーの戦闘力があったればこそで、これ程の短時間で戦闘は終わるもんじゃないだろう。
魔石を回収してから改めて調べてみたが、ここは四方を壁に囲まれた空間になっていた。
火鼠が室内を照らすと部屋の真ん中に宝箱が置かれているのが見えた。
少し離れた場所から指示を出してダミーに宝箱を開けさせようとしたが蓋が開かない。
鍵がかかっていたのだ。
「鍵をあけるよ」
スキル「|鍵開け(アンロック)」を使って開錠する。
「『火鼠』といい『|鍵開け(アンロック)』といいヒノハルさんは多才なのですね」
感動したようにロゼッタさんが褒めてくれた。
地味なものもあるのだがスキルの数は多いんですよ。まだまだ成長中です。
改めてダミーに蓋をあけさせると中からは装飾的な短剣が出てきた。
柄にも鞘にも色とりどりの宝石が施されていて、いかにも価値がありそうに見える。
こんなものがゴロゴロしているなら皆がこの迷宮を探索したくなるだろう。
「クララ様、迷宮というのはこんなに宝物がゴロゴロしている物なのですか?」
「新しい迷宮だとそういうこともあるそうだ。だから最初は冒険者などには探索させず、国軍の兵士や貴族が家臣を派遣して宝物をあらかた回収させたのちに冒険者たちにもダンジョンを開放するのが一般的なのだ」
美味しいところは先に食べてしまうわけですね。
「貴族も探索隊を派遣できるんですか? だったらクララ様も!?」
吉岡が食いついてきている。
「落ち着けアキト。今回のダンジョンがどのように探索されるかはまだ分からない。だが、たいていは保証金を支払って入場権を得るという形をとっている」
貴族なら男爵以上の爵位持ち、神殿関係者なら司教以上の高位聖職者のみ参加が許されているそうだ。
そうやって、金持ちが新たに金を生み出していくのだね。
「補償金の額はどれくらいですか?」
吉岡が興奮した表情でクララ様に聞いた。
「だいたい二千万マルケスと聞いたが――」
「自分が出します! 迷宮探索をさせてください!」
クララ様は近く男爵に叙任される予定なので身分的には問題はないのだが、吉岡の意気込みがすごいな。
「い、いや、アキトがそこまでの情熱を持っているのならば、私としても探索はさせてやりたいのだが……」
「何か問題でもありますか? 保証金は自分が用意しますので是非やらせてください。ダンジョンは自分にとって金ではなくロマンの問題なのです!」
吉岡の発言にゲイリーがウンウンと頷いている。
こいつらは……アホだ。
数千万マルケスを支払ってまで冒険ごっこをしたいっていうんだからクレイジーだよ。
でも、俺もそんなアホは嫌いじゃないんだけどね。
「わかったアキトの好きなようにするがよい。これまでアキトにはさんざん苦労をかけ乍ら少しも報いることができなかった。保証金に関しては私がだすとしよう」
苦笑しながらクララ様はそう答えてくれた。
ところがだ。
吉岡の願いはどうやら叶えられそうもない方向に事態は進んでいた。
迷宮からの帰還後、ゲイリーとロゼッタさんの報告により、俺、吉岡、リアの三人は迷宮封鎖作戦の功績を認められて騎士爵に叙任されることになってしまったのだ。
騎士爵になればクララ様の従者ではいられない。
かといって自分で入場権を得るには男爵以上の爵位が必要になってしまう。
「ゲイリー、何とかならないかな。自分はどうしてもダンジョンに行きたいんだよ」
吉岡はゲイリーに泣きついた。
「だったらアキトも勇者パーティーに入っちゃえばいいんだよ。そもそもリアは勇者パーティーに参加するようにとお告げを受けているんだろう? だったらリアの召喚獣であるアキトがパーティーにいたって何の問題もないじゃないか!」
まさに正論だ。
こうして吉岡とリアは領地をもたない騎士爵として王宮直属となり無事に迷宮探索へといけるようになったのである。
そして問題は俺だ。
俺もついに騎士爵として叙任されることとなった。
吉岡たちと同じように俺も領地なしの騎士爵として年間200万マルケスの捨扶持(すてぶち)を貰う立場に内定した。
だが、金額などどうでもいいことだ。
そんなことよりも大切なのは騎士爵としての身分である。
これでついにクララ様と同じ立場に立つことができるのだ。
「ヒノハル殿、おめでとうございます」
クララ様が丁寧な言葉で俺を祝福してくれる……。
「……」
「どうしたのですか?」
……なんか違う。
「もう、いままでのようにコウタとは呼んでもらえないのですか?」
M気質全開の俺。
「ですが、ヒノハル殿はもう私の従者ではありません。貴方は騎士爵になるのですよ。それに年上ですし……」
「ですが私はクララ様の召喚獣です」
「ううぅ……。あ、あまりいじめないでほしい……」
心底困ったような顔でクララ様が見つめてくる。
やばい……。
俺、Sに目覚めてしまうかも。
だってクララ様の困った表情が可愛すぎるんだもん。
だけど、やっぱりクララ様には今まで通りでいてほしいな。
「クララ様、私のことはこれまでと同じようにコウタとお呼びください」
「う、わかりまし――わかった。その代わりコウタも私のことはクララと呼び捨てにしてほしい」
「なぜですか? 今まで通りでいいではないですか」
「み、未来の夫に様づけで呼ばれるなんておかしいではないか!」
大声を出した後にクララ様は真っ赤になって俯いてしまった。
ちょっと意地悪が過ぎたかな。
「クララ。これでいいですか?」
「う、うむ。それでいい……です」
会話がとてもぎこちない。
だけどそれさえも新鮮な気がする。
俺とクララ様の関係は始まったばかりだ。
もどかしくも、手探りでお互いの関係を固めていくこの時間が一番幸せなのかもしれない。
そんなことを思った。
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