第119話 この花を貴女へ

 迷宮封鎖の会議があった翌日、ゲイリーを中心とした主要メンバーはドレイスデン郊外に集まった。

ゲイリー、クララ様、ロゼッタさん、リア、吉岡の五人がパーティーを組むためにお互いの力を披露しあい、戦い方を話し合うためだ。

ここでそれぞれの特徴を見ておこう。


ゲイリー・リーバイ:勇者。

二メートルもある長剣を軽々と使いこなす。

斬撃波を発生させながら切り込む太刀筋は、少し避けたくらいでは傷を免れることはできない。

ドラゴンの首をも一太刀で切り落とすと言われている。

個体相手では最強の強さを誇る。


クララ・アンスバッハ:騎士。

主な武器はハルバートだが、基本的にどんな武器をも使いこなす。

攻守ともにバランスが取れている。

氷冷魔法は国一番の使い手であり、範囲魔法も使いこなす。

ただし、範囲魔法は味方を巻き込む恐れがあるので、ある一定レベル以上の仲間でなければ全力で放つことができない。


ロゼッタ・ウルバーノ:神殿騎士団所属。

神聖魔法の使い手。

ゾンビ、スケルトンなどのアンデッド系モンスターに対して無類の強さを見せる。


リア・ガイスト:召喚士

武芸には秀でているが、他の三人と比べればどうしても戦力的に劣る。

ただし吉岡秋人を召喚した場合、吉岡の魔力は一時的に跳ね上がり、その火力はパーティー最大のものとなる。

まさに切り札的な存在。

吉岡召喚時はリアの能力も飛躍的に上昇する。


吉岡秋人:賢者

攻撃魔法と回復魔法の両方を使いこなす。

パーティーに同行するが、敢えてその場で召喚されると上記の通り能力が上がる。

召喚されるためにはリアと1メートル以上離れてなければならない。


と、こんな感じだ。

そして俺、日野春公太も同行する。

スキル「夜目」「犬の鼻」などを持つ俺は斥候役としては最適だからだ。

といってもこの役目はダンジョン封鎖作戦の時は必要ない。

むしろ、その後のダンジョン調査作戦の時に役立つだろう。

でも、俺はクララ様とゲイリーに頼み込んで無理やり連れていってもらうことにした。

理由は最悪の事態に備えるためだ。

たとえパーティー崩壊の危機にあっても「ポータル」を使えば脱出できるからだ。

オプションで|神の指先(ゴッドフィンガー)を使えば回復もできるしね。


 みんなが戦闘訓練をしているのだが俺は暇だった。

だって、俺は戦闘には加わらないんだもん。

俺の力って普通の兵士よりは優秀なんだけどモンスターをばったばったと倒すほどのものではない。

対モンスター戦で役立つスキルは「マジックボム」くらいだ。

いい機会だから皆から少し離れて、一人でマジックボムの実験をした。

……拗ねてないよ。

……いや、本当に。

 マジックボムは魔法で作るプラスチック爆弾のようだ。

粘土のようにコネコネしていろいろ作って遊んだ。

色も付けられたので葡萄や三食団子のような形状の爆弾を作ってやったぜ。

串ごと投げつけてみたが破壊力は上々だった。

ブドウは紫色に、団子はピンクや緑に光って面白い。

丘の上で爆発させたが、地面がうっすらと陥没している。

バッハ君に鉄の筒でも作ってもらったら手榴弾のようなものができるかもしれない。

元狩人のフィーネと組んだら面白い罠も作れそうだ。

やがて周囲の喧騒も気にならなくなり、マジックボムの実験に没頭していった。




 ユリアーナ・ツェベライは自室で家庭教師のラーラから王宮での噂話を聞いていた。


「それで、軍務大臣がヒノハルさんを罵倒したというのは本当なの?」

「はい……」


ユリアーナが聞いているのは昨日開かれた迷宮封鎖作戦の会議でのことだ。


「そう……どんな殺し方がいいかしら。先ずは二度と悪態がつけないように喉を潰してやりましょう……。うふふ」


ラーラはユリアーナの表情を見てすくみ上った。

本来端正である聖女の顔はそれほどまでに憎悪で歪んでいた。


「ユリアーナ様、軍務大臣はすぐにヒノハル様に謝罪されたということですよ」


侍女のカリーナがユリアーナを優しく宥める。


「そうはいっても軍務大臣がヒノハルさんを怒鳴りつけた事実は変わらりません。それだけで万死に値するわ」


なおも大臣に呪詛の言葉を吐き続けるユリアーナだったが、カリーナはやんわりと別の話題を振ってみた。


「それにしてもヒノハル様が異世界から来た召喚獣とはびっくりしましたよね。しかも守護天使セラフェイム様の眷属だなんて」

「そうなのよ! やっぱりヒノハルさんは私にとって運命の方だったのだわ」


興奮したユリアーナが頬をバラ色に染めながら続ける。


「きっと神々がヒノハル様を私の元へ遣わしてくださったのですね」


日野春公太はクララ・アンスバッハの召喚獣であってユリアーナのものではない。

カリーナもラーラもすぐに気が付いたが口に出すような愚行は犯さなかった。


「ヒノハルさんは崇高なご使命があるから、今はそっとして差し上げなければなりませんね。ですが、お仕事を終えられたら私たちが全力でお慰めしなければなりません」

「はい」


カリーナとラーラは従順に頭を下げた。


「例の計画はどうなっていますか?」

「すでに西大陸開発会社に依頼して土地の買い付けはできております。お屋敷の方はホイベルガー殿が現地に渡り手配する手はずです」


ユリアーナは断罪盗賊団を使って手に入れた資金で西大陸に広大な煙草園を手に入れていた。

西大陸への投資は近頃貴族の間では盛んになっている。


「ねえ、カリーナ。ヒノハルさんは西大陸が気にいるかしら?」

「きっと……」

「そうね。どこにいたって私はあの方のために天国を作り出してみせるわ……」

恍惚とした表情でユリアーナは虚空を見つめた。

彼女以外の誰にも見えなかったが、そこには南の楽園に暮らすヒノハルとユリアーナの姿が見えているようだった。




 ダンジョン出現を二日後に控えドレイスデンは物々しい雰囲気に包まれていた。

出現予定地の下水路には規制線が張られ、既に浮浪者の姿はない。

各出入り口にも中隊規模の警備兵が警戒に当たっていた。

工部省の役人たちは現地を視察し、今後のダンジョン管理をどうするかの図面を引き始めていたし、商人たちはその情報をなんとか手に入れて新しい商売で一旗上げようと躍起になっている。

そんなざわざわした街の中を俺はショウナイに偽装して王宮へ向かっていた。

第二王女のアンネリーゼ様が同盟国であるフランセアの王子と正式に婚約をされると聞いたからだ。

アンネリーゼ様は俺が全身美容を施した王女様だ。

3億マルケスも儲けさせてもらったというのもあるのだが、個人的にも仲良くなったのでお祝いの品を差し上げようとやってきたのだ。


 宮廷では毎日のように大小の晩餐会が開かれているのだが、その日も小規模の晩餐会があり、アンネリーゼ様も出席していらした。

ショウナイは既に王宮出入りの許しをもらっているのでアンネリーゼ様に会うのは簡単だった、


「ショウナイ。随分と久しぶりではないですか。でも会えて嬉しいです」


人々の間を縫ってアンネリーゼ様にご挨拶に行くとたいそう喜んでくれた。


「この度はおめでとうございます」


祝いの言葉に一瞬だがアンネリーゼ様は複雑な表情をされた。

すぐに笑顔になったけど……。

やっぱり見知らぬ外国へ嫁ぐのは不安なのかもしれない。

プレゼントは手持ちの腕時計から一番アンネリーゼ様に似合いそうなものをチョイスした。


「ありがとうショウナイ……一生大切にします。ショウナイの手で付けてくれませんか」


言われるがままに時計を腕につけて差し上げた。

アンネリーゼ様が涙ぐんでいる。


「アンネリーゼ様……」

「フランセアに行ってしまったらもう二度と会えないのでしょうね」


部屋の隅にいた楽隊が音楽を弾き始めた。

優雅なワルツが大広間に響き渡る。


「ショウナイ、一曲だけ踊っていただけませんか?」


王女という身分に少しだけ躊躇したが、俺はアンネリーゼ様の手を取った。

だってすごく悲しそうな瞳をしていたから。


スキル「ダンサー」発動。


 ホールに響く調べは華やかなのに、なぜかその曲は哀愁を帯びている気がしてならない。

だから俺は一生懸命アンネリーゼ様が笑顔になるようにリードした。

ターンをするたびにアンネリーゼ様のスカートが広がり、笑顔が花のように咲いていく。


「ショウナイ……」

「はい?」

「ありがとう」


弦楽器の痺れるような旋律が止み、音楽は室内に拡散して消えた。

別れの時間がやってきていた。


「アンネリーゼ様、最後にもう一つだけ私からプレゼントがございます」

「ショウナイ、そのような気を遣わなくてもいいのですよ」


俺は無言で首を振った。そして差し上げたばかりの腕時計を指さして告げる。


「15分後にあちらのバルコニーにいらしてください」

「バルコニーに?」

「はい。きっとですよ」


 大広間を辞してすぐに通信機でゲイリーに連絡を取った。


「ゲイリー、頼む。手伝ってくれ」

「どうしたんだい慌てて。何をするんだよ?」

「俺と一緒に城の屋根に上ってくれ!」




 アンネリーゼはショウナイに言われた通り15分後にバルコニーへと出た。

新緑を抜けて五月の薫風(くんぷう)が優しく髪を撫でてくる。

この風の匂いを、先ほどの音楽を、この夜を自分は決して忘れることはないだろうとアンネリーゼは考えていた。

ショウナイと過ごした二週間を思い出し、先ほどは我慢していた涙がついに零れた。

その時、ドーンと振動を伴う音がしたかと思うと夜空に大輪の花が突如咲いた。


「…………」


アンネリーゼは言葉もでない。

ドーン、ドーン、ドーン。

音が鳴るたびに美しい炎が花のように飛び散る。

その夜、ザクセンス人は生まれて初めて花火というものを見た。

花火に伴う轟音の中でアンネリーゼは我知らず泣きながら叫んでいた。


「ショウナイ! ショウナイ! ショウナイ……」


数十発の花火がすべて打ち上げられた時、バルコニーは人で溢れていた。

音楽も人声もなく、つかの間の静寂の後、人々は喝さいをあげる。

ただ一人、この大輪の花束を贈られた王女を除いて。




 王宮の屋根の上で俺とゲイリーは花火をあげていた。


「こいつで最後だ」

「オーケー!」


俺がマジックボムで作った三尺玉をゲイリーが掴み、思いっきり夜空に放り投げる。

マジックボムは俺が思い描いていた通りの爆発の仕方をしてくれた。


「ヒュー! 最高の気分だ。コウタ誘ってくれてありがとうな」

「こっちこそ助かったよ。普通の花火じゃないから打ち上げることはできなかったからね。ゲイリーがいなかったら投石器でも使うしかなかったんだ」


いい汗をかいた俺たちは缶ビールで乾杯した。


「アンネリーゼ様、お幸せに……」


五月の風と冷えたビールが火照った体に心地いい。

でも今夜のビールはいつもよりちょっとだけほろ苦く感じた。

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