第118話 八方美人

 ゲイリーから王宮へと呼び出しを食らった俺たちだが、リアがかなりパニックになっている。

仕方がないよな。

エッバベルクで魔石取りをしていた少女がいきなり王宮へ呼び出されたのだ。

緊張するに決まっている。


「わた、わた、私が王宮だなんて! 不敬罪で投獄されませんか!?」


ザクセンスはそこまでの無法国家じゃない。

気持ちはわかるがゲイリーはリアを名指ししてきた。

既に宰相達はリアの存在を知っているのだ。

さぼりは多分許されない。


「落ち着こうよ。大丈夫、向こうが来てくれって言ってるんだから」

「でもこんな格好のままでもいいのですか?」


リアの服は普通の市民の普段着だ。

晴れ着などは持っていないそうだ。


「困ったな。私の服では大きすぎるしフィーネの服では小さすぎる」


クララ様は身長173センチあり、フィーネに至っては143センチしかない。

ちびっ子はザクセンス軍の軍服も特注品だったな……。

フィーネは元気にしているだろうか。

エッバベルク村へ使いに行ったまま、まだ戻ってきていない。

時間があったらバイクで迎えに行ってやろう。

ついでにエッバベルクにポータルを設置してしまえば便利そうだ。


「エマさんに借りるのはどうでしょうか?」


ナイスアイデアだ吉岡。

エマさんならリアと背格好はだいたい同じくらいだ。


「わかった、私から頼んでみよう」


クララ様が頼めばエマさんも聞き届けてくれるはずだ。

エマさんにはお礼に地球産のハンドクリームでもプレゼントしておくか。



 通された会議室は物々しい雰囲気に包まれていた。

俺たちが最後の出席者だったようだ。

既に全員が着席している。

俺と吉岡は悩んだ末に軍服で来たのだが、どう考えても場違いだ。

曹長や伍長なんていう下っ端が出席する会議ではないぞ。

出席者は全員がこの国の中枢にいる人物ばかりだった。

大臣などは明らかに俺たちを見て眉をひそめている。

従者など別室で待機していろと言いたげな表情だ。

関係者全員が集まったところで一番上座にいた宰相のナルンベルク伯爵が口を開いた。


「全員そろったようなので始めようか。そこにいる曹長と伍長も席に座りたまえ。君たちが関係者であるということはゲイリー殿から聞いている」


宰相とは何度もあっているのだが、俺たちがショウナイとカワゴエだとは気づいていないようだ。


「まずは神託を承った神殿の巫女より状況を説明してもらおう」


白い法服をまとった女性が音もなく立ち上がった。

真っ白な髪の毛をしていて不可思議な雰囲気を纏っている。

幼い少女に見えるのだが光の加減によってはかなりの年齢にも見えたりする。

なんとも掴みどころがないのだ。

表情も幽玄の世界にいるような現実感のない顔をしていた。

声はかなりはっきりしていてよく通るのだが、少女というよりは初老といった印象を与えてきた。


「守護天使セラフェイム様よりお告げがございました。曰(いわ)く、三日後の午前0時、このドレイスデンの地下に新たな迷宮の扉が開くとのことです」


途端に会場がざわめきだす。

皆が緊張した面持ちではあるが悲嘆にくれるという感じではない。

むしろ新ダンジョンの出現を歓迎している風にも見える。

新たな迷宮が現れるということは魔石の供給量増が見込まれるということであり、うまく管理できるのならばそれは国家にとって望ましいことのようだった。

皆の私語を制して宰相が巫女に尋ねた。


「して、セラフェイム様は他には何とおっしゃられていた?」

「ダンジョン出現にあたり、勇者ゲイリーを中心にクララ・アンスバッハ騎士爵、冒険者リア・ガイスト、神殿騎士団よりロゼッタ・ウルバーノを中心に封鎖・管理の準備を行うようにとのことです」


クララ様、リア、もう一人の神殿騎士の上に出席者の好奇の視線が降りかかる。

この神殿騎士がロゼッタ・ウルバーノさんかな? 

栗色の髪を腰まで伸ばしていて、優しそうな顔は騎士には見えない。

むしろ神殿の女神官(にょしんかん)といった感じだ。

だが一番の特徴は……なんというか……体つきがすごかった。

今日は会議だから甲冑などはつけずに普通の法服を着ているのだが、ゆったりとした服の上からでもわかる豊満ボディーだ。

出るところがぐっと出て引っ込むところがきゅっと引っ込んでいる。

きっと豊穣神(ほうじょうしん)と愛の女神アフローディアに愛されているに違いない。

意志の力を最大限に動員してロゼッタさんの身体を見ないようにつとめた。

そんなふうに俺が欲望を理性で抑えつけている間にも、巫女はダンジョンの入り口の詳しい場所や規模などを説明した。


「なるほど、大体のあらましはわかった。早急に対策を立てなければならないが、なんといってもダンジョン封鎖が最優先事項となる。この王都でモンスターの跋扈(ばっこ)を許すわけにはいかないからな。それで、場所が地下下水道となるとどれくらいの規模の兵が展開できるのかね?」


王都警備隊長官のカルブルク子爵が答えた。

この人はかつての俺たちの上官だ。


「下水道の幅は最大でも8メートルといったところでしょうか。通路となると4メートル弱しかありません」

「部隊を展開するのは無理か……」

「はい。落盤の恐れがあるので魔道砲の運用も難しいかと……」

「なるほど。それで勇者殿たちの出番というわけか。主要メンバーについては巫女の説明にあった通りだ。一応パーティーメンバーについて皆さんに紹介しておこう」


宰相は出席者たちにゲイリー、クララ様、ロゼッタさん、リアの順に紹介していく。


「リア・ガイストです。セラフェイム様に導かれ召喚士として馳せ参じました」


少しだけ声が震えていたけどリアは立派に挨拶していた。

リアの挨拶を聞いて軍務大臣が発言する。


「神託の召喚士ならば異存はないが、リア・ガイストの所属はどこにするつもりですか?」


その後の話から分かったのだが、これは宮廷内の闘争が絡んでいるらしい。

例えばクララ様は期限付きではあるが近衛連隊所属であり男爵になる予定なので貴族の代表という位置づけのようだ。

一方、ロゼッタさんは神殿の人だし、ゲイリーは国王直属の立場である。

このようにパーティーを決めるにもパワーバランスがあり、それのためにもリアの所属を明らかにしたいようだった。

バカバカしいことではあるが将来の迷宮利権に絡む大切なことみたいだ。

だけどそういうのはリアがいないところでやってほしい。


「神託の召喚士であるならば神殿が彼女を保護いたしましょう」


と大司教が言えば、


「ゲイリー殿のパートナーならば所属は同じ方がよいのではありませんか?」


と宰相。


「一通りの知識を授けるためにも近衛騎士団に入隊させるのがよろしいでしょう」


これは軍務大臣の言葉だ。

このままではリアが宮廷闘争の道具としていいように使われてしまいそうだ。

それだけは避けなければならない事態だ。

俺は「勇気六倍」の力に頼って挙手しようとしたその時だった。


「リア・ガイストはわが領地エッバベルクの領民です。今もその身は私の保護下にございます」


クララ様の声が響く。

有無を言わせぬ迫力と気概が声に込められていた。

根底にあるのはリアを守ろうとする慈愛だ。


「し、しかし……」


軍務大臣がなおも言いつのる。

リアを王都へ連れ出した俺としても黙っているわけにはいかなかった。


「リア・ガイストは時空神の御心に従う存在。どこかの組織には組み込まれてはなりません」


俺の発言に大臣が顔を真っ赤にした。


「貴様! 一兵士の発言が許される場ではないぞ! 分を弁(わきま)えろ!」


軍服を着てきたのは失敗だった。

それでもここで引くわけにはいかんな。


「どうおっしゃられてもそれが時空神の御意志でございます」


たぶん……。


「無礼な! 衛兵! このものをここからつまみ出せ!」


と大臣が命令した時点でよく通る声が再び響いた。


「なりませぬ」


見れば神殿の巫女がいつの間にか立ち上がっている。


「この方たちは時空神様より遣わされた召喚獣であり、守護天使セラフェイム様の眷属であらせられます。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」


神殿関係者が一堂に立ち上がり俺たちに挨拶してきた。

大臣たちの方は口をパクパクさせている。

なるほど。

俺たちも宮廷闘争のダシにされたようだ。

神殿関係者は俺たちの正体を知っていてあえて周りに言わなかったのだろう。

こうして軍部と俺たちの間を少しでも悪いものにしておこうと思ったのかもしれない。


「し、失礼した」


軍務大臣が下士官に謝るというのは随分おかしな光景だった。


「仮初(かりそめ)とはいえクララ・アンスバッハ様の従者としてザクセンス軍に籍を置く身です。お気になさらないでください」


俺としてはどことも争う気はない。

なるべく八方美人でいたいんだよね。

伝説のギャング、アル・カポネも言ってた気がする。

うまくやりたきゃ、なるべく特定の敵は作らないようにしろってね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る