第116話 回る歯車

 アメリカから帰国して、俺は自室で静かに召喚の時を待っている。

クララ様に問題がなければあと五分ほどで召喚される予定だ。

忘れ物はないだろうか? 

ザクセンスに戻ったら相変わらずやることは山積みだ。

アミダ商会の開店準備に新聞の件、クララ様の男爵叙任式とお披露目会のパーティー準備も必要だ。

でもその後は新領地へ視察するためにクララ様と旅をする予定なんだよね。

少しはのんびりできるかな。

|神の指先(ゴッドフィンガー)を自分にも使えるようになってから疲れ知らずで、毎日が充実している。

向こうに行っても頑張るぞと気合を入れたところで狭間の小部屋へと飛ばされた。



「こんにちは日野春さん」


いきなりのイケメンさんの挨拶に身体が固まってしまう。


「セラフェイム様」

「お久しぶりです……」


俺も吉岡もしどろもどろだ。


「驚かせてしまいましたね。お伝えしたいことがあってきました」


相変わらずの神々しい波動を放ちながらイケメンさんが微笑む。

もしかして新聞の発行が遅いと叱られるのだろうか?


「いえいえ。お二人ともよくやってくれていると感心しておりますよ」


心を読まれた! 

でも怒ってないみたいで良かった……。


「実はですね、あなた方が地球に行っている間にリアたちがドレイスデンに到着しました。現在はクララ・アンスバッハの元におります」


無事に到着したのか。

みんな元気でやってるかな。


「リアをはじめ弟のゾットや妹のノエルもみな息災ですよ」


よかった。

セラフェイム様と時空神様に感謝の祈りを捧げておこう。


「今後のことですが、いくつか頼みたいことがあります」

「どうぞなんなりと」


イケメンさんには逆らえない。


「一つ目はリアを勇者ゲイリーに引き合わせてください。それで運命の歯車がかみ合うはずです」


そういえばリアは召喚獣フェニックスの召喚士として勇者パーティーに入る宿命を背負っていたんだよな。


「ゲイリーに紹介するのはよろしいのですが、リアの新しい召喚獣はどうなったのでしょう?」


本当はフェニックスが来るはずだったのに俺が来てしまって話がおかしくなったんだよね。


「いろいろ検討したのですが、適当な召喚獣はなかなか見つかりませんでした……」


そこでセラフェイム様はじっと吉岡を見つめた。もしかして……。


「どうでしょう、吉岡秋人さん。貴方がリアの召喚獣をやってくれませんか?」

「自分がですか?」

「はい。日野春さんにやってもらうことも考えましたが、戦闘力という点では吉岡さんは日野春さんを凌駕しています。モンスターを相手に戦うとなれば貴方の方が適任なのです」


確かに攻撃魔法と回復魔法を使いこなす吉岡なら大いにリアの助けになるだろう。


「質問があります。今のところ私は先輩と同時に呼び出されていますよね。今後はどのように召喚されるのでしょうか?」


そこは重要なところだよな。


「もし貴方がリアの召喚獣になるなら、貴方と日野春さんの召喚は完全に切り離されることになります。少々厄介な作業ですが時空神様がそうお取り計らい下さるでしょう。次に吉岡さんの召喚ですが、こちらからの依頼ということもあり特典を付けることにしました。すなわち送還先を選べるというものです」


つまり召喚されて帰る場所は地球でも、ザクセンスの任意の地のどちらでもいいということのようだ。

リアの協力さえあれば吉岡も日本とザクセンスを行き来することができるわけだな。


「自分がザクセンスにいて、リアもザクセンスにいる状態でも呼び出しは可能なのですね?」

「はい。どこにいてもリアの元へ召喚されます」


それはすごい。

クララ様の場合は一度俺を地球へ送還してからじゃないと自分の元へは呼び出せない。

その代わり俺はスキルカードが引けるんだけどね。


「どうでしょうか吉岡さん、引き受けてはもらえませんか?」


吉岡単体で地球とこの世界を行き来できるのはなかなかの好条件だ。


「セラフェイム様からのご依頼ですからお断りするわけにはいきませんね。ですがわざわざリアに召喚される意味はあるんですか? 最初から一緒に行動していればいいだけの気がしますが」


言われてみればそうだな。


「リアの召喚能力は特別なのです。あの娘に呼び出された直後なら吉岡さんの攻撃魔法の威力は10倍に跳ね上がるのですよ。それがリアの神から与えられた能力なのです」

「10倍ですか……」


吉岡が少し嬉しそうだ。


「承知しました。リアの召喚獣として働きましょう。普段はアミダ商会の仕事をしていてもかまわないんですよね?」

「その通りです。リアが呼び出した時だけ力を貸してやるだけで充分です」


だったら商売の方にも差支えはなさそうだ。俺と吉岡は視線を合わせて頷きあった。


「それからもう一つお願いがございます。こちらは緊急です」


なんだか嫌な予感がする。


「3日後の午前0時に地下下水路のとある地点に新たなダンジョンの入り口が開きます」


新ダンジョンってかつてドルトランフル近くの森で見たやつと同じのか。

あの時はクララ様の従姉のメルさん達と協力して封鎖作業をしたんだよな。

かなりきつかった。


「王都の地下にダンジョンの入り口なんて……まずいのではないですか」

「すでに決まっていたことです。ダンジョンの出現はどうやっても避けられないものでした。この事態に対処すべく勇者ゲイリーやリアたちが選ばれたのです。彼らならダンジョンを安定化させることができます。支配者たちはダンジョンから魔石を安定供給する道を模索するでしょう」


そうなれば魔道砲や魔道具の進歩につながっていきそうだ。

開明派の信徒はさぞ喜ぶことだろう。

だけど魔道具の進歩は人の死体の上に発展していく気がする。

セラフェイム様はその抑制機能として長老派勢力の意見も新聞に載せようというのだろうか? 

いろんな派閥の意見を戦わせるというのはそういうことなのかもしれない。


「勇者ゲイリーに協力してダンジョン封鎖を手伝ってください。クララ・アンスバッハにも協力を依頼します。神殿の巫女たちにも私から神託を出しておきましょう」


なんか大変なことになってきた。

ようやく戦場から戻ってきて安穏とした日々が続くと思っていたのに、これじゃあ台無しだ。


 イケメンさんが去った狭間の小部屋で吉岡に聞いてみた。


「リアの召喚獣で大丈夫なのか?」

「え? もちろんですよ。攻撃魔法の威力が10倍になるってことは魔力量や魔力調節の力が上がることだと思うんですよ。だとしたら今まで机上の空論としていた魔法を試すチャンスですよ!」


……吉岡が納得しているのなら俺が言うことは何もない。

とにかくスキルカードを引いてしまおう。

ダンジョン封鎖が近づいているなら戦闘に役立つスキルが欲しい。

俺はカードデルに手を合わせた。


「お願いします! 戦闘系のスキルを下さい。戦闘系。戦闘系。ナムナム……」


スキル名 暗記

10万字までのテキストを暗記することが可能。

図形なども記憶できる(図形の大きさや細かさで文字数に変換してカウントする)

デリート、上書き保存可能。


戦闘とは何の関係もないスキルが出てしまった! 

戦闘系ではなく文系? ぽいスキルだ。


「ライトノベル1冊分か、それより少ないくらいの文字数ですね」


よくわからんが吉岡らしい例えだな。

400字詰め原稿用紙250枚くらいと言った方が分かりやすい。

何に使うんだろう。

それこそ名作でも暗記しようかな? 

試しに小部屋に落ちていた雑誌のコラムを暗記してみた。

ページを遠目で眺めるだけで暗記できたぞ。

1ページおよそ1秒だ。

記憶できるのはきっちり10万字で、それ以上は文が途切れている。

見ただけで文章が暗唱できるのは不思議な感覚だ。

読みたい本をぱらぱらとめくって暗記して、後でじっくり楽しむなんていう使い方もできそうだ。

図形も記憶できるから産業スパイにもなれそうな気もする。

やらないけどね。

とりあえず戦闘の役には立ちそうになかった。

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