第115話 ヒーロー

 艶消しされた黒い拳銃が俺たちに向けられている。

さっきスーパーマーケットで見たときはあんなにチープに見えたのに、実際に向けられたガンはやけに重たそうに見えた。


「シンディー! 貴女、何を考えているの!」


ママが叫ぶがシンディーは視線を外さない。


「こいつらから兄さんの居場所を聞き出すのよ」

「でも、ゲイリーは元気そうにやっていたわ。こんなこと間違っている」

「ママはさっきのビデオレターを信じてるの? 無理やり喋らされただけかもしれないじゃない! ヤバいドラッグを打たれてるってこともあるわ!」


ドラッグで洗脳? 

アメリカ的発想だな。

俺たちは善良なジャパニーズピーポーだぜ。

 吉岡に小声で聞いてみた。


「魔法で銃弾を防げるか?」

「9パラか……。試したことないから自信はないですけどやってみますよ」


9パラってなんだろう? 

と、考えている間に青みがかったガラス板のような透明なシールドが自分たちの前に出現した。

魔法陣や魔法言語がいっぱい書かれている。


「なにこれ!?」


俺とシンディーが同時に同じ言葉を出していた。

誤解が解ければ案外気が合うのかもしれない。


「後で説明します。とにかく銃を下ろしてください」


静かに吉岡が説得する。

ついでに風の結界魔法も張ったな。

きっと万一に備えて音漏れがしないようにしたのだろう。

銃声がしたらご近所が通報するかもしれないもんな。

吉岡が説得するけれどシンディーは銃を下げない。


「本当のことを話して! 何が通信関係の会社よ。兄さんはインターネットの知識なんてたいしてないんだから。あのバカ兄貴にできるのはせいぜい違法ダウンロードが関の山よ!」


身もふたもないな……。


「どんな手品か知らないけどこんなもんじゃ銃は防げないわよ!」


そういいながらシンディーは俺と吉岡に対して交互に銃口を向けた。


「ちょっと落ち着きましょう。本当のことを話しますから」


もう信じる信じないは別として話してみるしかないだろう。


「実は貴方の兄さんはこの世界には居ません。ゲイリーは異世界にいるのです」


轟音が響きシンディーの持つ拳銃が火を噴いた。

威嚇のために照準を外して足元を撃ったようだ。

それにしたって危ないぞ!


「ふざけないで!! そんなバカげた話を…………なにこれ?」


驚くのも無理はない。

シンディーが放った銃弾が空中でひしゃげたまま止まっているのだ。


「マジックシールドはすごいな」

「44口径とかだったら突破されていたかもしれません。二重に張れば大丈夫でしょうけど」


吉岡は落ち着いているように見えるが、微妙に指が震えているのを見逃さなかった。

大丈夫、俺も震えているから。


「後は先輩に任せます。自分の魔法だと怪我をさせてしまいそうで怖いです」

「了解」


マジックシールドの横から手を出してパラライズボールをシンディーの手に命中させた。

シンディーが落とした銃をスキル「引き寄せ」で奪って武装解除させる。


「ごめんなさい。でもこれ以上の危害を加える気はありません」


謝りながら引き寄せた拳銃を吉岡に渡した。

どう扱っていいかわからなかったからだ。

吉岡は無言で受け取り、弾倉を抜き取ったうえ、銃の中にあった弾も抜いてテーブルの上に全てを置いた。


「な……なんなのよ……これ……」


どう説明したらいいんだろう。


「御覧の通り私たちは普通でない力を持っています。いま見てもらった通りです。説明しにくいですがゲイリーはもっとすごい力を持っています」

「それって………………」


いきなりじゃ混乱するよな。

ライトノベルだとありふれた設定かもしれないけど、アメリカ人に異世界召喚なんて言ってもよくわからないのかもしれない。


「もう一度説明しますね」


そういう俺をシンディーは手で制した。

あれ? 

なんかシンディーの目がキラキラしているぞ。


「それって、つまりあれよね?」


なんでしょう?


「あなたたちはスーパーヒーローってことでしょう!!」


全身の力が抜けた。


「ばれてしまいましたね……」


出た! 

吉岡の適当トーク。


「自分たちはゲイリーと同じ陣営で働く仲間です」


まあ、ザクセンス軍所属だもんな。


「やっぱり。兄さんが帰って来られないのは敵対勢力が私たちを狙うのを心配してなのね!?」

「その通りです。ゲイリーも我々が隠密行動のスペシャリストだからこそメッセンジャー役を依頼してきました。彼は貴女がたに危害が及ぶのを何よりも恐れているのです」

「ああゲイリー……」


ママが再び涙ぐむ。

一方のシンディーはやたらと興奮していた。


「教えて。兄さんはどんな能力に目覚めたのかしら?」


吉岡は丁寧に勇者スペックを説明した。

シンディーの興奮もマックス状態だ。

半分は嘘なのだがいいのだろうか? 

聞けばシンディーはかなりのヒーローオタクだった。

さすがはゲイリーの妹だけある。

その分野にも強い吉岡とかなり会話が盛り上がっているぞ。

蜘蛛男とか鉄男とかワンダーな女子とかの話が飛び交っていた。

ジャパニーズライトノベル的な説明では納得できなくても、アメリカンヒーローコミックス的な説明だと納得しちゃうんだね……。


「それで、貴方たちは他にどんな能力をもっているの!?」


シンディーは熱い視線を俺たちに向けてくる。


「そうですね……。先輩、あれを見せてやってください」

「へっ?」

「あれですよ。ヒーローといえばあれでしょう。赤青タイツの孤独なヒーローが壁にペタッとするやつですよ」


ああ、あれか……。


「やるの?」


なんかわざわざやるのはすごく恥ずかしいんだけど……。


「いいから!」


吉岡に促されて空中を蹴る。

「空歩」と「ヤモリの手」を使って天井に張り付いた。


「すごい! すごい! 私が一番好きなヒーローと同じことができるなんて!」


蜘蛛の糸は出ませんよ……。


「だけどゲイリーはダメなのに、なんで貴方たちは家にこられるの?」

「やあね、ママ。コウタは忍者よ。隠密行動は得意に決まってるじゃない」


いつの間にか忍者にさせられている。

しかもファーストネームで呼ばれてるし。

サービスのつもりで「ダミー」を使って分身の術を披露したら、抱きつかれてほっぺにチューされた。

でも、そっちはダミーです……。

ダミーの腕がシンディーの胸にめり込んでいる。

オーイェーアメーリカ!! 

とっても残念! 

でもいいのだ。

クララ様、俺の操は守られました。


 一連の騒動が収まって、改めてゲイリーへのメッセージビデオを撮ることになった。

バッチリメイクのママが語り掛ける。


「ああ、ゲイリー……ずっと心配していたのよ。でも、コウタとアキトに聞きました。貴方はヒーローとして皆のために働いているんですってね。ママは貴方を誇りに思うわ――」


 銃を持ち出されたときはどうなるかと思ったけど、なんとか無事に務めを終えることが出来そうだ。

想定外だったのはシンディーがやたらと俺と吉岡にひっついてくることかな。

しんそこアメコミヒーローが好きみたいだ。


「ねえ、目からビームは出せないの?」

「それは無理かな。水魔法で作ったレンズに太陽の光を集めるソーラーレイって技は開発中なんだけどね」

「なにそれ! 超いかすんだけどっ!」

二人は随分と気が合うようだ。


 ゲイリーの部屋から頼まれていた荷物を回収して別れを告げた。

ママとシンディーに必ず再訪するように約束させられたよ。

次回はママが得意のアップルパイを作ってくれるそうだ。

俺たちもまた様子を見に来るつもりでいたのでソルトレイクシティーの空港にポータルを設置しておく。

今回はホームがアミダ商会にあるので使えないが、次回は俺の部屋にホームを設置し直せば日本との行き来が一瞬でできるようになるはずだ。

パスポートも出国したままの状態だからちゃんと帰国のスタンプを押してもらわないと使えなくなってしまうもんね。


 ウェルカムドリンクのシャンパンを飲みながら眼下に離れるソルトレークシティーを見た。

考えてみたらファーストクラスにも少しは慣れたな。

銃は当分慣れそうもないけど……。

吉岡は本気で拳銃を買う気でいるようだ。

使用するためというよりコレクションしたいらしい。

アミダ商会の地下に射撃場を作るのだと張り切っている。

次に来る時は長期滞在用のビザでも申請するのだろうか? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る