第114話 USA

 飛行機の空席は直前でも意外と取れるものらしい。

成田発、ソルトレイクシティーへのファーストクラスのチケットを無事に二枚とることができた。

そう、二枚である。

同行者はもちろん吉岡だ。


「前からファーストクラスに乗ってみたかったんですよね」


そうなのか。

俺はそもそもファーストクラスに乗るという発想すらなかったぞ。

そんなのは石油王とかメディア王とかキングがつく人が乗るもんじゃないのか? 

いや、キング系はむしろ自家用ジェットなのかも? 

その辺りは想像もつかない。

俺はしょせん庶民だ。

今は資産が増えているとはいえ、まだまだ数億円規模だもん。

カジノからの招待でファーストクラスに乗る人はわずかな期間で数億円をギャンブルに使うことだってあるそうじゃないか。

やっぱり富って偏在しているんだよね。


「先輩、緊張してるんですか?」


航空会社ラウンジでシャンパンを片手に寛ぐ吉岡が聞いてくる。

吉岡ってばとっても優雅!


「き、緊張するわけないじゃないか。俺は勇気六倍を持つ男だぜ」


ビュッフェスタイルで美味しそうな料理がたくさん並んでいるのだがあまり食欲はない。

うん、緊張しているのだ。

周りはVIPぽい人ばかりなんだもん。

料理は食べ放題だし、高級酒も飲み放題なんだけど、胸がいっぱいだった。

ファーストクラスの乗客は無料で飲食できるんだけど、この後に機内食もあるだろう? 

周りの乗客や吉岡は平気で飲み食いしているけど大丈夫なのか?

俺は出された料理を残すのは嫌なんだよな……。 

それにしても無料といったって、これらの料理も航空運賃に上乗せされているんだよな。

だって往復で170万円くらいするんだもん。

金持ちはこうやってストレスフリーをお金で買うんだなぁと感心してしまった。


 飛行機に搭乗すると直ぐにキャビンアテンダントが「お着替えをなさいますか?」と聞いてきた。

着替える? 

よくわからないまま曖昧な笑顔で頷くと広めのトイレまで案内された。

ここで備え付けのリラックスウェアに着替えろということだった。

ファーストクラスではパジャマに着替えるのが当たり前なのか!

ゲイリーのお母さんの不審を少しでも消すべく一番上等なスーツを着てきているからこのシステムは良かった。

服にしわをつけないで済みそうだ。

 こうして俺たちの空の旅は始まった。

ファーストクラスは八席しかなく、食事や飲み物も豪勢だったが、しょっちゅう使いたいかと問われると疑問が残る。

別にビジネスクラスでいいんじゃね? って感じだ。

だけどお金が余っていてしょうがない人はこちらの方がいいのかもしれないね。


 ロサンゼルスで乗り継いで、ソルトレイクまでは17時間くらいかかった。

随分と乾燥した場所だ。

こちらの季節は冬なのでウィンタースポーツを楽しむ旅行客が多い。

そういえば冬季オリンピックの会場にもなっていたな。

 今回の旅行ではまったくストレスを感じていない。

飛行機がファーストクラスというのもあるのだが、一番の理由は言葉が通じるからだろう。

「言語能力」スキルのお陰で言葉には全く不自由しなかった。

改めてこのスキルのすごさを実感したね。


 中途半端な時間だったので暇つぶしに目についた大型スーパーマーケットに入ってみた。

日本のものとほとんど同じ感じなのだが、売り場の一角で普通に銃と銃弾を売っていて驚いてしまう。

しかも「大安売り」の札も着いているぞ。

チープな箱入りの物など一見しただけではエアガンと間違ってしまいそうだ。


「ライフルが200ドルくらいから買えちゃうのね……」

「向こうに、半自動小銃がありましたよ……」


アメリカ怖い……。

ザクセンスより怖い……。

 お店のおじさんに旅行者でも銃を購入できるのかと聞いてみたら、さすがにそれは無理だと言われた。

でも三か月以上アメリカに滞在するなら可能らしい。

長期出張とか留学とかだね。

もちろん日本に持ち帰ることはできないけどさ。

すげーな、アメリカ。


「長くいることになったらウチで買ってくれよ。俺のおすすめはM4カービンだ」


おじさんがサムズアップでいい笑顔をくれた。


「M4カービン?」

「アメリカ軍も採用している小型ライフルみたいなものです」


なんでそんなものを勧めてくるかね……。

吉岡もどうしてそんな情報を知っているのやら。

……こいつ買う気でいるのか?


「先輩、しばらく日本じゃなくてアメリカから召喚されませんか? 留学ビザなら簡単に下りそうな気がするんですよね……」


やっぱり買う気かよ!


「お前は攻撃魔法が使えるだろう!?」

「銃は男のロマンなんですよ!」


ごめん、あんまりわかんない。

子どもの頃はエアガンで遊んだこともあるけど、今はちょっと苦手だ。

だって危なそうじゃないか。


 時刻は夕方の6時を過ぎようとしていた。

ゲイリー情報によるとママは大抵この時間には家に戻っているそうだ。

残業などほとんどないらしい。

今回はアポなし突撃となる。

なぜなら、ゲイリーの実家へ行ったら警察が待ち受けていたなんて事態になるかもしれないからだ。

あいつは勇者召喚で突然行方不明になっている。

家族や警察は犯罪に巻き込まれたと思っていてもおかしくない。

俺たちがゲイリーからの伝言を預かっているなんて事前に連絡を入れたら、警察に通報される恐れもある。

最悪、いきなり「フリーズ」とか言われて銃を突き付けられるかもしれないぞ。

だって、ここはアメリカだもん!


 ゲイリーの家はデカかった。

もっともゲイリーの家が特別に大きいわけじゃない。

どの家も大きいのだ。

しかもみんな庭が広い。

ソルトレイクシティーは人口密度が低いのだと思う。

窓を見ると明かりが点いていて、住人が在宅なのが確認できた。

手にスマートフォンをもって、いつでもゲイリーのビデオレターを流せるようセッティングしておく。


 緊張と共にチャイムを押した。

現れたのはゲイリーによく似た奥さんだった。

目元とか口元がそっくりだ。


「こんばんは。自分はゲイリーの友人でコウタ・ヒノハルと申します。今日はゲイリーからのメッセージを届けにやってきました」


俺が来訪の目的を告げるとママは大きく目を見開いて穴が開くほど俺たちを見つめてきた。


「信じてもらえないかもしれませんが、まずはこれを見て下さい」


用意しておいたスマートフォンの再生ボタンを押す。


「ママ、シンディー、久しぶり。ゲイリーだよ。僕は今、ものすごく遠い場所にいるんだ――」


スマートフォンに映る映像を見てママは口に手をあてて息を飲んだ。

俺は一旦停止を押す。


「すみませんが、お邪魔してもよろしいですか?」


後で頼まれた30万ドルも渡さなくてはならない。

玄関先ですることでもないだろう。


「……そうね。入ってください。あの子の友人なら大歓迎よ」


 通されたダイニングで改めて自己紹介をしあった。

妹のシンディーも家にいて挨拶を交わす。

パツンパツンのTシャツにジーンズといういでたちで、まさにボリューム満点のアメリカ人って雰囲気だ。

なんといってもお胸がUSAサイズだった。

顔にはソバカスがあってちょっと垢抜けない感じだけど、そこが純朴な感じで可愛らしい。

でも今は俺たちのことを疑わし気な目で見ているけどね。

しょうがないか。

いきなり外国人が行方不明の兄からのメッセージを持ってきたんだから。


 二人にスマートフォンを手渡してメッセージを見てもらった。


「――というわけで友達のコウタに30万ドルを託すよ。ママの生活費とシンディーの学費に――」


ビデオレターがこの部分に来るとシンディーは「マジ!?」って顔で俺を見た後、吉岡の持っているアタッシュケースを見た。

札束にはアタッシュケースが似合うという吉岡のこだわりで、わざわざゼロハリバートンを購入している。

俺は紙袋でもいいと思うのだが、それではダメだそうだ。


「ねえヒノハルさん、ここは日本なの?」


涙をためたママがスマートフォンを指さしながら聞いてくる。


「事情があって詳しい場所は言えません」


肯定も否定もできなかった。


「兄さんは犯罪まがいのことをやってるの?」

「シンディー!」


ママが妹を諫めたけどいきなり30万ドルを送ってきたらそう思うのも無理はない。

しかも、送金ではなく人を使って直接送り届けてきている点が怪しかった。


「違いますよ。ご不審かとは思いますが、これはゲイリーが正当な手段で得た報酬です」


アタッシュケースを開けて札束をテーブルの上に積んだ。


「信じらんない……」


二人とも手を口に当てて驚いている。


「でも、兄さんが着ている服ってなんなの? これってコスプレパーティー?」


画面の中のゲイリーは勇者が装備する甲冑を装着している。

一緒に写っている俺もけっこうレトロな感じのするザクセンス軍の軍服だ。

もともとオタクなゲイリーはこんな格好をしていても違和感をおぼえさせないようだ。

むしろ楽しく暮らしていることが伝わったようらしい。


「教えて頂戴、あの子はどんな仕事をしているの」


ママが心配そうに聞いてくる。


「皆を守るというか、特に通信関係に強くて……、そういうことがものすごく遅れている国なんです」


ゲイリーのオリジナルスキルは「魔信」だもんね。


「それって、発展途上国で通信関係の会社を開いたってこと?」

「まあ、そんな感じです」


説明はしどろもどろだが信じてもらえただろうか?


「あの兄さんが信じられない。ただのオタクと思っていたのに……」

「ゲイリーは現地の人にもすごく慕われていますよ」


勇者として……。


「でも、どうして家族にさえ何も告げずに出て行ってしまったの?」

「それは自分たちにもわかりません」


勇者召喚なんて言っても信じてもらえないよな。


「……わかりました。でもこれだけは確認させて。あの子は無事でいて元気に暮らしているのね」

「はい。誓ってもいいです」


母親としては言いたいこともたくさんあるだろうが、とりあえずは納得してくれたようだ。

俺は二人にゲイリー宛てのビデオレターを撮らせてくれと頼んだ。

ゲイリーも二人から直接メッセージを受け取った方が喜ぶだろう。

撮影をするなら着替えてくるとシンディーは言い出した。

兄に宛てた動画でもお洒落をしたいということだろうか?

俺たちは素直にダイニングで待つことにした。


 1分もかからずにシンディーは戻ってきた。

だが、その手には黒い拳銃が握られている。


「二人とも動かないで!!」


銃口を俺たちに向けるシンディー。

……ほらな。

やっぱりアメリカは怖いよ。

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