第109話 ヒポクラ コロコロ
召喚されたヒポクラテス兄弟(俺と吉岡)は重症患者から治療していくことにした。
それにしても数が多い。
負傷兵は300人を超えている。
砦はどの部屋も負傷兵で一杯だったのだ。
そりゃあ、軍医さんも大量にドレイスデンへ連れて行って欲しいと言いたくなるよな。
「兄者、部屋ごとに範囲魔法で治療するナリよ」
「わかったでござる。お主が最初に大まかな傷を癒していってくれ。その後にそれがしが個別に診ていくでござるよ」
恥ずかしいのだが吉岡の考えた設定に従って、この喋り方で通すことになっている。
話し方の特徴で正体を見破られないようにするためだと言っていた。
本当かな?
……吉岡に遊ばれているようにしか思えない。
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ……」
吉岡が何事かを呟くと、手から淡い緑色の光が溢れ出て部屋を包んだ。
見る見るうちに患者の傷が塞がっていく。
なんだ、その呪文は?
薬師如来様の真言?
なんで薬師如来だよ?
恰好いいから?
そうですか……。
相変わらずの謎知識だ。
「オン アビラウンケンソワカ……」
礼儀として俺も付き合っておくか……。
俺に手を握られている女性兵士が怯えた様な顔をしている。
般若の面は怖いだろうけど、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
なくなってしまった手の親指をちゃんと生やしてあげるからね。
|神の指先(ゴッドフィンガー)を発動して精神も癒しながら欠損部位を再生していった。
新たに生えてきた自分の親指を見て兵隊がボロボロと涙を流している。
未来を考えると不安だったんだろうね。
「血で汚れた顔を洗ったほうがいい。きっとスッキリする……でござるよ」
兵士は嬉しそうに頷き、外へ出て行った。
出て行く前に服の裾にキスされてしまったぞ。
これは高位聖職者に畏敬の念をあらわす行為らしい。
それにしてもシュールというか、カオスというか、よくわからん光景だ。
イメージして欲しい。
中世のような西洋の砦で、日本の般若と狐面が、真言を唱えながら、西洋人を、魔法で治療してるんだぜ。
メチャクチャだよ。
だけど、ギャラリーたちはかなり盛り上がっている。
もうダメだと諦めていた人たちが死の淵から次々と蘇っているのだ。
戦友同士が抱き合い、上官は男泣きに泣き、恋人同士が諦めかけた未来をもう一度夢見ている。
マクダさんの酒保も儲かっているに違いない。
どこからか祝杯をあげる人々の声と酒の匂いが漂ってきていた。
三時間かけて全ての負傷兵を治した。
さすがに体力と精神力の限界を感じるぞ。
どうやら吉岡もそうらしい。
おそらく魔力切れを起こしかけてるんじゃないかな。
送還してもらったら狭間の小部屋で休憩しよう。
ビールでも飲んでしばらく仮眠だ。
「感謝します、ヒポクラテス兄弟」
「うむ。クララ・アンスバッハも再びまみえるまで健勝であれ。これをそなたに遣わす」
サンチョ・パンサで買っておいた消毒薬と傷薬を渡しておいた。
地球産の医薬品はこの世界で劇的に効くからきっと役に立つだろう。
「さらばナリ!」
「で、ござる……」
城中の者が命の恩人を一目見送ろうと詰めかける中、ヒポクラテス兄弟は魔法陣の光と共に元いた世界へと送還された。
命を助けられた者たちは二人の召喚獣に感謝の祈りをいつまでもささげるのだった。
その後、この地方ではぶつけたり怪我をした時に、患部をさすりながら「ヒポクラ コロコロ」とか「ヒポクラ ソワカ」というおまじないの言葉を唱える習慣ができたという話だ。
狭間の小部屋に戻った俺と吉岡は万年床の上にへたり込んだ。
「疲れた……」
「先輩、ビールを下さい……」
だるい身体に鞭を打って空間収納から缶ビールを出した。
「乾杯」と声をかけるがお互いの缶をぶつけ合う気力ももうなかった。
「とりあえず2時間ほど寝ますか」
「だな。目覚ましをセットしておくよ」
それぞれビールを一本ずつ空けて泥のように眠った。
目覚めてから日本に戻り、30分後には再召喚された。
仮眠をとったので頭の中はクリアだ。
「人助けとはいえ、疲れたよな」
「そうですね。でも今回のことでクララ様は回復要員として前線に行かされるかもしれないですね」
「そうだな。事前の打ち合わせでもその可能性については話していたよ。ずっと前線に置かれるのは御免だから回避策は考えた」
「どうするんですか?」
「召喚に応じなきゃいいだけだろう」
数回くらいは召喚に応じて怪我人を治してやるが、初めから召喚される回数を決めておけばいいと思う。
「召喚されるのはあと5回くらいかな」
「ですね。それで結構な数の兵士を治療してやれば、戦局も改善されそうな気がします」
俺たちだけでなく召喚するクララ様の魔力の問題もある。
これくらいが妥当だろう。
ザクセンスに帰る前にスキルカードを引いた。
ヒポクラテス兄弟としての召喚が増えれば、スキルも一気に増えそうだな。
スキル名 ダンサー(中級)
世界中のダンス、舞踊、舞踏などを華麗に踊ることができる。
貴方の舞に星がざわめき、月がため息をこぼすでしょう。
ほほお……。これまでの人生で踊った経験なんてほとんどないぞ。
「中学校の時にフォークダンスを踊ったくらいだな」
「へえ、自分らの学校ではなかったですね」
え……?
あの嬉し恥ずかしの経験がないの?
女の子と手を繋げちゃうんだよ。
ジェネレーションギャップを感じるわぁ……。
召喚されると、そこは見たこともない小さな個室だった。
部屋にはクララ様一人が立っている。
「おかえり。二人ともよくやってくれた」
「ただいま戻りました。ここはどこですか?」
「砦の中の部屋だ。私の私室としてあてがわれた」
召喚のために魔力を使いすぎたという理由で今は休ませてもらっているそうだ。
「予想通り、私は前線に派遣されることになったぞ」
勇者ゲイリーの「魔信」で今回のことが前線司令部と本営に伝えられ、あり得ない程の速さで辞令が下りたそうだ。
役職は「特別医療部隊大隊長」だそうだ。
補給部隊はエマさんが部隊長代行となって任務を続行することになったそうだ。
役職名は大隊長なのだが部下は副官の俺の他に分隊が二つだけになるそうだ。
任務としてはヒポクラテスを呼び出して負傷兵を回復させるだけだからそれでいいのかもしれない。
今後のことを話し合っているとドアがノックされてゲイリーが入ってきた。
「ヒノハル、ヨシオカ、どこへ行ってたの? さっきまですごい召喚獣がいたんだよ」
ヒポクラテス兄弟が俺たちだって気が付いていないのか?
何が起こるかわからないから、とりあえずこのまま黙っておくことにしよう。
「ちょうど日本に帰ってたんだよ。お土産にドミノハットでピザを買ってきたよ」
「うおおおお!!」
「ラージサイズを6枚買ってきたから好きなのを選んでね」
怪我人がいなくなったことで砦中がお祭り騒ぎのようになっているらしい。
俺たちがピザを食べていても文句は言われないだろう。
ゲイリーが気を使ってマクダさんのところからワインの大びんを買ってきてくれた。
そのまま飲むと酸っぱくてあまりおいしくないワインだ。
「コウタ、コーラを出してもらえるかな?」
ゲイリーに頼まれて2リットルのコーラを出してやる。
そのまま飲むかと思ったらコーラとワインをハーフ&ハーフにしていた。
「こいつがカリモーチョさ! 美味しいから飲んでみな」
カクテルとも言えないような単純な飲み物だけど、味はとても良かった。
飲みやすくてついついごくごく飲んでしまいそうだ。
スペイン発祥の飲み物らしく、「貧乏人のサングリア」なんて呼ばれ方もするようだ。
何はともあれクララ様の大隊長就任を祝って乾杯した。
「皆のことは僕が必ず守るよ。例え誰が相手でもね」
ピザを頬張りながらゲイリーが胸を叩いた。
勇者がそばにいてくれるなら少しは安心かな。
明日にはローマンブルクへ行かなければならない。
向こうではこんなにゆっくりしていられないだろう。
俺もゲイリーを見習ってピザを頬張り、カリモーチョでそれを流し込んだ。
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