第110話 医療活動

 砦でエマさん達と別れてローマンブルクへやってきた。

新たに編成された大隊と勇者ゲイリーがクララ様の護衛についている。

兵士たちの2割くらいはクララ様の召喚で命を助けられているので士気はやたらと高い。

クララ様は今や前線の重要人物となっている。

数百人の傷ついた兵士を治療できる召喚獣を呼び出せるのだから当然だ。

その代わり呼び出せるのはあと五回だけとしてある。

軍のお偉いさんには、日月と星々の運行の関係上、召喚獣の力もそこまでしか及ばないという理屈で納得してもらった。

それでも延べ2000人以上の回復が見込めるのだから、かなりの恩恵を受けていると言える。

しかもヒポクラテス兄弟がもたらした医薬品は素晴らしい効果を発揮しており、重度の傷を癒せることが確認できた。

これを使えば魔法を使わなくても対処できるので戦線に復帰できる兵士の数も増える。

二重の意味でクララ様の株は上がっていた。

クララ様の出世に伴い俺も曹長に階級が上がった。

一応だが副官扱いだ。


 クララ様とゲイリーは前線の司令官であるアンカー将軍に出迎えられた。

それくらい期待されているということだろう。


「砦での報告は聞いたぞアンスバッハ殿。早速だが君の力を借りたい」


ついて早々、召喚術を要請された。


「承知しました。準備に少々時間を下さい」


 俺たちは早速治療に取り掛かった。

怪我人の数は数千人を軽く超えているようだ。

その内、一刻を争う重症患者の数はおそらく500人以上。

おそらくというのは誰も患者の正確な数を把握していないからだ。

部下たちを走らせて情報収集に努めさせた。

とりあえず重傷者がどこに何人いるかの把握だ。

今朝は2分隊もいれば充分だと思ったが10人ではとても手が足りない。

そもそもザクセンス王国には衛生兵がいないのだ。



「我ら、盟約によりこの地に召喚されしヒポクラテス兄弟なり。召喚者よ、我らに何を望む……」


いつもの般若と狐のお面をかぶりヒポクラテス兄弟がローマンブルクへと降臨した。


「ヒポクラテス兄弟よ、我が国の兵士たちの傷を癒してくれ」

「……よかろう。代償にこの男の身柄を預かるでござる。なに、殺しはしない。ちょっとした実験に付き合ってもらうだけでござるよ。くけけけけっ!」


不気味な笑い声を立てて俺は自分のダミーの頭を思いっきり叩いた。

衝撃を受けたダミーは消えてしまったが、見ているものは般若面がどこかへ連れ去ったと勘違いしてくれたようだ。

これで俺がヒポクラ兄(にい)やんとして活動している間にヒノハルがいなくても不審がられる心配はなくなった。


「兄者、拙者が怪我人を診るナリよ。兄者はこやつらの教育を頼むナリ」

「あい分かったでござる。主(ぬし)ら、それがしの話を聞くがよい」


ヨシオカは軍医を伴って出ていった。

俺は分隊の人間を集めて簡易の講習会を開く。

テーマは衛生と応急手当だ。

クララ様と10人の部下に向き合い説明を始めた。

軽症患者は皆で手当てをしてもらわなければならないし、患者を運んでくるのもクララ様たちの役目だ。

今回は衛生の重要性と方法、止血法、タンカの作り方の三つを教えておこう。


「よし、説明はこんな物でござる。クララ・アンスバッハよ、魔法で湯を沸かし、更にそれを冷ますのだ。理由はわかるな?」

「はい。煮沸していない水には目に見えない生き物がたくさんいて、それが傷口を膿ませるからであります。故に水を熱してこれらの目に見えない生き物を殺し、後に冷ましてから傷口を洗うものであります!」

さすがはクララ様。

講習の内容をちゃんと理解したようだ。


「よろしい。道具や水を扱う前に自身の手をアルコールで洗うことも忘れるな。器具も全て煮沸洗浄するのでござるぞ」


傷薬やガーゼは大量に渡してある。

各員の働きに期待するとしよう。

 一通りの説明を終えて吉岡と合流した。

砦も悲惨だったがここの状況はもっと深刻だ。

今も街を分断する壁を挟んで戦闘の真っ最中なのだ。

ゲイリーもとっくに出撃している。


「兄者、傷は治したのだが心に深い傷を負ったものが多い。そちらを頼むナリ」

「承知つかまつったでござる」


俺と吉岡で次々と患者を治していく。

前回よりも魔力が上がった気がするぞ!?


「怪我が治ったものは他の負傷兵の看護と搬送に務めるナリ!」

「クララ・アンスバッハ騎士爵に指示を仰ぐでござる!」


負傷者がたちまち元気になり仲間の面倒をみだしたので医療活動はどんどんスムーズになっていった。

俺たちは運ばれてくる重傷者を端から治療していく。


「そこをどかんか!」


大きな声がして騎士たちが数人、部屋の中に入ってきた。


「お前たちが召喚獣か。さっさと俺の友の傷を治せ!」


腕を切られた男に肩を貸している騎士が叫んだ。

確かに重症ではあるがここにいる人間はもっとひどい怪我をしているものばかりだ。


「向こうで止血をしてもらい、薬を塗って貰うナリよ」

「状況をよく見るでござる」


吉岡は骨折して骨が肉から飛び出ている兵士の治療をしていたし、俺はフラッシュバックでガタガタ震えている女性兵士の背中をさすりながら肉体と精神に干渉中だ。

この人は腹にも深い傷を負っている。

背中をゆっくり撫でるとエンドルフィンが分泌されるんだって。

エンドルフィンは多幸感をもたらす脳内麻薬の一つだ。

俺の場合は|神の指先(ゴッドフィンガー)を使って更に魔力をおくりこんで癒しているんだけどね。

そうだ、後でクララ様に背中を撫でてもらおうかな。

頑張ってるご褒美に。

それとも撫でてあげた方が喜ぶかな? 

なんて考えてたら騎士たちがキレた。


「貴様……一般兵と我々を一緒にするなっ!!」


絵に描いた様な特権階級だな。

革命が起こったら真っ先に殺されるタイプじゃないか。

利己的な人間はどこにでもいるんだよね。

俺たちが腹を立てて帰ってしまったらどうするんだろう? 

将軍に怒られるぞ。

怒られるくらいで済めばいいけど。


「そんなに急ぎなら神殿の治癒士に治してもらえばいいナリ」


吉岡もいい性格をしている。

こいつらの身分じゃ診てもらえないのをわかってて言ってるんだから。


「偉い騎士様なら診てもらえるナリよ」


しかも追い打ちをかけてるし。


「くっ……」


そんなにイジメてやるなよ。


「もう少し待つでござる。ここにいる者は一刻を争う怪我をしておる」


ガタガタと音がして新たな怪我人が入って来た。


「こいつを診てやってくれ! 頼む、何だってするから!!」


全身から血を流している男が床の上に置かれた。


「よせ、レオはもう死んでいる」


別の男が悲しそうに呟く。


「そんなバカなことがあるか!! レオが死ぬわけないんだ。あのレオが……」


顔面をくしゃくしゃにしながら男は膝から崩れ落ちた。

レオという兵士は身動き一つせず、息もしてないように見える。

なす術もなく静まり返る部屋に男の鳴き声だけが響いている。


「うん。まだ息があるでござるな」


|神の指先(ゴッドフィンガー)は微々たるものながらも生命の波動を感じ取っていた。

脳に損傷が無く、生命活動が完全に停止さえしていなければ何とかなる。


「戻ってくるでござる!!」


指先に魔力を込めた。

ここのところ幾人もの患者を診ていたお陰でスキルのレベルが上がっている。

俺の治療速度も大分あがったぞ。

指先から金色の光が迸り患者を包んだ。


「こ、ここは」

「レオ……、レオォォォォ!!」


元気になった戦友を抱きしめて兵士が泣いている。


「治療が終わったらさっさと出ていくナリ。邪魔になるナリよ」


まだまだ患者は山のようにいるし、この後も次々と運ばれてくるだろう。


「皆も諦めずに倒れたものを連れて来るでござる。死んだように見えても助かる可能性はあるでござるよ」


休まずに手を動かしながら声をかける。

騒いでいた騎士たちはいつの間にかいなくなっていた。


 昼過ぎに吉岡の魔力が尽きた。

俺もそろそろ限界だ。

クララ様に一度送還してもらい、1分後に再召喚してもらう。

今は狭間の小部屋だ。

ここで休憩をとって魔力の回復をはかることにした。

ここにいればザクセンス王国で時間が進むことはない。


「前よりも魔力量が多くなった気がします」

「あ、それは俺も感じたよ。|神の指先(ゴッドフィンガー)のレベルも上がった気がするし」

「そういえばスキルカードは何が出ましたか?」


今日は一日に二回も召喚されているのでスキルも二つ増えた。


スキル名 毒検知

手、箸、スプーン、フォーク、ナイフなどを使った瞬間に食べ物の中の毒を検知できる。

腐ったものも口の中に入れる前にわかってしまうぞ。


 毒を盛られるようなあくどいことはしていないつもりだけど、これがあれば日々を安心して生きられるよね。

パッシブスキルなのでいざという時に役立ってくれそうだ。


スキル名 薪割り名人

上手に薪割が出来る。

一般的な人の3倍のスピードで薪を積み上げろ!

ザクセンスならこのスキルだけで人気者になれるはず!


 また、随分と生活密着型のスキルが出てきたな。

薪を割るための斧も持っていないのに。

いつか役に立つこともあるのかな。


 食事をしてから8時間ほど寝ることにした。

しっかり身体を休めてからザクセンスに戻ろう。

患者はまだまだたくさんいるのだ。

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