第105話 ジャンク

 三月の陽光が降り注ぐ街道を俺たちは馬車を進めている。

戦闘地域へ出かけているという雰囲気はまだない。

俺の馬車の横に馬をつけて地球出身の勇者は大変ご機嫌だった。


「まさかもう一度スマホを充電できるとは思わなかったよ。捨てなくてよかった」


荷台に積んだポータブル電源ではゲイリーのスマートフォンを充電中だ。

この馬車の幌にはソーラーパネルも置いてあるので、これくらいのお裾分けなら問題ない。

スマートフォンのなかには大切な漫画やアニメ、画像がたくさん入っているそうだ。

ソーラーパネルを見た瞬間にゲイリーは土下座しかねない勢いで充電を頼んできた。

よほど見たいに違いない。


「スマホの中を確認できるのは1年ぶりだよ。もう一度僕のお宝たちに会えるなんて感無量さ」

「ゲイリーは何時こっちに来たの?」

「そろそろ1年2か月になるね」


結構な月日が経っているんだな。


「コウタはいつから?」

「いつからというか……」


俺は自分が召喚獣であり、日本とザクセンスを行き来していることを伝えた。


「オーマイゴーシュ!」


キラキラした目でゲイリーが見つめてくる。


「コ、コウタ……お願いがあるんだ」


まあ、そうなるわな。

地球に帰れる俺に頼みたいことは色々あるだろう。

同郷のよしみで大抵のことは叶えてあげていいと思う。


「言ってみて。犯罪行為じゃない限りなるべくきいてあげるよ」

「うん。と、とりあえず向こうのモノをいろいろ買ってきて欲しいんだけど……ど、ど、どうしよう。いろいろありすぎて考えがまとまらないや」


そうかもしれないな。

1年もこっちにいるんだから欲しいものは色々あるだろう。


「じゃあさ、今晩の野営の時にでもメモを作ったら? ほら、これを渡しておくよ」


水性ペンとメモ帳を渡すと、懐かしそうな顔でゲイリーは受け取った。



 夕方まで行軍して、今日だけで45キロを走破した。

かなりハイスピードだったと思う。

馬たちが疲れないか心配だ。

出来る限り行軍してきたため宿場町は既に通り過ぎてしまった。

今日は草原の水場近くに野営する、


「ブリッツ、お前は疲れていないか?」


最近、俺たちと一緒にいられることが少なくなっていたクララ様の愛馬のブリッツはちょっとだけ機嫌がよさそうに見える。

今日は一日中歩かされたが朝から晩まで皆と一緒にいられたからだ。

ブルブルいいながら俺に首を擦りつけてくる。

これはマッサージの催促だな。

この生意気なお馬さんめ。

すっかり味をしめていやがる。

だが俺のマッサージは更にレベルが上がっているんだぞ。

お前が知っているのはせいぜい|黄金の指(ゴールドフィンガー)までだろう? 

今の俺は|神の指先(ゴッドフィンガー)を持つ男だぞ。

ちゃんと疲労も回復してやるからな。

スキルを使ってブリッツを癒してやったら思いっきり鼻面をこすりつけてきた。

よほどうれしかったようだ。

ブリッツはクララ様を乗せて走る馬だからいつでもコンディションは万全でいてもらいたい。


「お前は特別なんだからな」


首を撫でながら語り掛けるとブリッツは大きく頷いた。

こいつは賢いから俺の言ってることがわかっているのだと思う。


「クララ様を頼むぞ」


そう言うと胸を張るように首を上げて、当然だとばかりに嘶(いなな)いて見せた。



 日もすっかり沈んで辺りは暗闇に包まれている。

兵士たちは歩哨を残してそれぞれの天幕の中に引っ込んだ。

俺とハンス君はクララ様の天幕の前で見張り番だ。

中にはエマさんが一緒にいる。


「ハンス君、これを着るといいよ」


収納からダウンを出してあげた。

俺用だからちょっと大きいかな。

4月になったとはいえ夜はまだまだ冷える。

こんな時期にこんな場所で野宿だなんて会社の花見を思い出す。

新入社員の頃、場所取り要員として九段下で野宿をしたよ。

寝袋があったからまったく平気だったけどね。

山の上で寝るよりはぜんぜん寒くなかった。


「コウタさんが出してくれる服は本当にあったかいです。これって魔道具なんですか?」

「やめてくれよ。そんなこと言ったらハンス君のところのお嬢様に睨まれちゃうだろう?」


エマさんは長老派の信徒なので魔道具などの開発には否定的だ。


「すいません」


ハンス君が本気ですまなそうな顔をしてくる。


「冗談だってば。それにダウンジャケットは魔道具じゃないから安心していいよ」


エマさんの手前ハンス君は長老派の信徒ということになっているのだが、俺の見たところ本気で長老派に所属しているわけではないようだ。

考えてみれば俺もそうだ。

実家は浄土宗なんだけど積極的に浄土宗の教えを信じているかと問われると、そうとは言えないんだよね。

付き合いとか家族とか墓とかの関係でそうなっているだけとも言える。

あんまり厳しいことを言われても困ってしまうのだ。

南無阿弥陀仏で人が救われるっていう教えはわかりやすくて好きだけどさ。

しかも全ての人を救おうってところが恰好いい。

もっとも信じているかと問われると……どうなんだろう? 

困った時だけ信じちゃうタイプかな。

でも最近はイケメンさんの方にお祈りしちゃうかもしれない。

実際に会ってるしね。

願いをかなえてくれるかどうかは定かじゃないけど存在していることは知っている。


「コウタ。リストを作ってきたよ」


ゲイリーが俺のところへやってきた。

鎧をつけているが、インナーは薄くて寒そうだ。


「はいよ。ところでゲイリーは寒くないの?」

「僕は身体強化が使えるから熱い寒いはあんまり関係ないんだ」


流石は勇者召喚。

召喚獣とはスペックがまるで違うんだな。


「勇者召喚っていろんな力を貰えるんだよね?」

「ああ。基本的な運動能力や体力なんかは地球にいた頃の50倍くらいになってるかもしれない。あと魔法も各種使えるよ」


凄いな。

魔法も複数使えるのか。


「これは他の勇者もみんな同じさ。僕の一番の特徴は『魔信』というスキルだね」

「魔信?」

「ああ。そこら辺にある木や石なんかをアンテナや通信機にしてしまう能力だよ」


それはまた軍部に喜ばれそうなスキルだ。

今回の戦闘では敗戦からの対応がやけに早いと感じたけど、ひょっとしたらゲイリーの通信機で前線の情報が送られてきていたのかもしれないぞ。


「そんなことよりリストを確認してくれよ」

「ごめんごめん……」


コウタに買ってきて欲しいものリスト

ピーナッツバター

スプレーチーズ

コーラとビール

スプレーホイップクリーム

ジェリードーナツ

「〇×△(漫画の名前)」4巻以降(英語版)

ポータル電源とソーラーパネルのセット

ジャンクなお菓子ならなんでも(できればポップコーン バターとキャラメルの2種類)



ジャンキーだな! 

ピーナツバターはわかる。

たぶん大丈夫だ。

次の奴がよくわからん。


「スプレーチーズって何?」

「知らないのかい!? スプレー缶に入ったチーズだよ。ボタンを押すとノズルからブシューっとチーズが出てくるんだ。ピザの上にかけると最高なんだぜ!」


チーズで一杯のピザの上に更にチーズですか。

さすがはアメリカだ。


「ピザだけじゃなくてホットドッグにかけるのも好きなんだ。1年の努力でこちらでもバーガーやホットドッグ、ピザなんかは作れるようになったけどスプレーチーズの独特の味は出せなくてね」


そ、そこは涙ぐむところなのか? 

いや、召喚されて1年以上、彼にとっては故郷の味なのだろう。


「頑張って探してみるよ。コーラとビールはすぐに出してやれるぞ」

「うう、ありがとうコウタ。とりあえずナマ」


さすが日本通だけあって、いうことが日本人臭い。

日本通というか日本痛ぽいけど。

それで、スプレーホイップクリームというのはチーズと同じでスプレー缶に入った生クリームだな。

これなら近所のスーパーマーケットで見たことがある。

あとはジェリードーナツか。


「ジェリドーナツってゼリーが挟んであるの?」


そんなのあったっけ?


「ジャムが挟んであるやつだよ」


ほうほう、それがジェリードーナツか。


「そこにピーナツバターを追加すると最高だぜ!」


最高に太りそうだ。

試してみたい気もするけど……。

漫画の英語版は洋書の専門店に行けば何とかなるだろう。


「できる限り頑張ってみるけど、俺もあんまり向こうにいってる時間が無いんだ」

「うん。出来る限りでいいさ。お金はドルとマルケスどっちで払えばいい? ドルは47ドルくらいしかないけど……」

「マルケスでいいよ」

「それなら僕は億万長者さ!!」


勇者はなかなか儲かっているようだ。

次に日本に帰るのは当分先になる。

そのことをよく言い含めておいたが、ゲイリーの興奮はおさまらなかった。

とりあえずフライドチキンを食べさせておこう。

ビールとチキンでなんとか落ち着いてくれ。

あ……ダメだ。

今度は泣きながら叫び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る