第106話 ハッピー・リ・バースデイ

 ドローンから送られてくる映像に敵の姿はなかったようだ。

タブレットの画面を確認しているクララ様が顔を上げた。


「もういいぞ、コウタ。ドローンを回収してくれ」


言いながら電気節約のために電源を切っている。

クララ様もタブレットを扱うのが随分と手慣れてきたな。

俺のドローン操縦技術もけっこう向上しているぞ。

 現在俺たちは目的地の手前70キロくらいの地点にいる。

休憩地点で前方の様子を上空から確認したが敵兵の影はなかった。

集積地まで100キロを切ったあたりからこうして警戒しながら行軍しているが、今のところ襲撃を受けたこともなければ、戦闘の痕跡も見つけていない。

街道はいたって平和である。

兵の士気も高い。

前方では武名で名高いアンスバッハ家の騎士爵が部隊を率いていたし、最後尾には召喚された勇者までいるのだ。

唯一人で一中隊と渡り合える騎士爵と、魔導砲を有する大隊にも匹敵すると言われる勇者が揃っているのだから兵たちの落ち着きも頷けるというものだ。


「10分後に出立する。そろそろ準備を始めておけよ!」


腕時計で確認して皆に声をかけた。


「その時計、恰好いいなぁ」


ゲイリーが俺の腕を見つめている。


「これ? スントっていうメーカーのアウトドアウォッチだよ」

「へ~、僕もハミルトンとかの時計が欲しいなぁ」

「いいよ。こんどカタログを貰ってくるからそこから好きなのを選びなよ。買ってきてあげるから」


ゲイリーの時計はザクセンス産の懐中時計だが一日に何分もくるってしまうそうだ。

どうせ仕入れで時計店に行くことは多い。

気に入ったのがあれば買ってきてやろう。

いっそ耐久性の高い時計を大量に仕入れて軍の士官たちに売りつけるのもいいな。

値段はもちろん12掛けで。


 それにしても、初めに出合った勇者がゲイリーみたいにフレンドリーな人で助かったと思う。

ザクセンスの地球出身者は他にも日本出身の北野ユウイチ、インド出身のラジープって人がいるらしいけど、いったいどんな人達なんだろう。


「ユウイチはいい子よ。4粒しか残ってなかったハイチュウを一つくれたもん」


ゲイリー……ちょろすぎるよ……。


「出立するぞ!!」


エマさんの合図に俺たちの会話は中断された。



 夕暮れが迫りいつものように幕営準備が進められる中、俺たちは会議中だ。


「残念ですが夜明け前から雨になります」


「気象予測」では明日の天気は雨で、気温も0度近くまで下がるとでている。

馬たちはこれまでの強行軍でだいぶ疲れが溜まっていた。

ぬかるんだ道に足や車輪がとられ、明日の行軍はかなりキツイものとなるだろう。


「コウタ、馬の回復を頼めないだろうか?」


|神の指先(ゴッドフィンガー)を使えば馬の疲労を跡形もなく取り去ることは可能だ。

だけど馬車は全部で31台。

馬は予備も入れると全部で68頭いる。

1頭につき5分かけたとして340分超か。

これは夜中までかかる大仕事だ。

俺一人では終わらないな。

吉岡に手伝ってもらうことにしよう。

|神の指先(ゴッドフィンガー)は素晴らしいスキルなんだけど、治療に特化されている回復魔法の方が施術スピードは何倍も速い。


「了解しました。吉岡伍長に応援を頼みますがよろしいですか?」

「うむ」

「待っていただきたい。吉岡殿は王都で待機中ではないですか?」


エマさんが不思議そうに声を上げる。

スキル「転送ポータル」のことはあまり広めたくないのでエマさんにも内緒だ。

かわりに「セラフェイム様の恩寵です」とだけ伝えておく。

こう言っておけばエマさんはそれ以上追及してこない。

そうだ、吉岡をゲイリーに引き合わせておこう。

オタク同士だから話も弾むことだろう。

ホームはアミダ商会の俺の部屋に設置しなおしてあるので吉岡に会うのは簡単だ。

森の中にポータルを設置してドレイスデンへと飛んだ。

森のポータルは帰ってきたら外してしまおう。


 アミダ商会三階のリビングに入っていくと吉岡がビアンカさんと、更に見知らぬ女の人と共に食事中だった。


「おかえりなさいませ、ヒノハル様」


ビアンカさんがすぐに立ち上がる。

相変わらず律儀な人だ。


「ただいま。俺のことはいいから食事を続けて」

「どうしたんですか先輩。まさかもう任務終了ですか?」

「いや、単独で戻ってきた。吉岡に頼みがあるんだよ。と、その前にこちらはどなたですか?」

「彼女はクリスタさん。ほら、ハンス君のお姉さんですよ」


前からアミダ商会で働いてもらおうとしていたハンス君のお姉さんか。

クリスタさんとも挨拶を交わす。

年齢は17歳だがしっかりしたお姉さんに見える。

亜麻色の長い髪を後ろで縛って可愛らしい顔をしていた。

声には張りがあり活発な印象も受ける。


「よろしくお願いします。クリスタです。昨日からこちらで研修を受けております」


着々とスタッフが揃いつつあるようで結構だ。


 食事も終わり、クリスタさんとビアンカさんは後片付けのために出て行った。


「で、自分は何を手伝ったらいいんですか?」

「馬の治療を一緒にして欲しいんだ」


詳しい事情を話すと吉岡はすぐに了承してくれた。


「ちょうど範囲回復魔法を習得したところなんですよ。いい機会だから試してみようかな」


なにその男前のセリフは! 

忙しいくせに魔法の修練もちゃんとしてるんだね。


 食器を片付けているビアンカさんを手招きで呼んだ。

まだクリスタさんには俺の能力は知られたくない。


「ビアンカさん、吉岡を連れてちょっと出かけてきます」

「畏まりました」

「今晩中には戻ってきます。戸締りはしていただいて構いません。鎧戸も全て落として下さい」

「そうすると、カワゴエ様が入って来られなくなりますが?」

「大丈夫です。俺の部屋に秘密の入口がありますから。あ、心配しなくてもいいですよ。俺以外は使えない入口ですので怪しい奴とかは入ってきません」


ビアンカさんは納得したように頷いた。


「また奇跡を起されるのですね」

「そんなたいそうなものじゃありませんよ」


でも瞬間移動は滅多にない魔法に分類されるのかもしれないな。

吉岡も移動魔法は使えないと言っていた。

部屋を去ろうとした俺をビアンカさんが引き留めた。


「ヒノハル様。お給金と支度金を頂いたおかげで十年以上たってようやく実家に手紙を出すことが出来ました」


ビアンカさんは南部のベネリア出身だ。

駆け落ち以来、一度も実家には連絡していないと言っていた。

ご両親もきっと安心するだろう。


「ずっとつらい人生でしたが……両親に今は幸せに暮らしていると書くことが出来ました。ヒノハル様のおかげです」


顔がかっと熱くなって思わずビアンカさんに背を向けてしまった。

この人のこれまでを考えれば涙が出てきそうだ。

いや、もう出ちゃってるよ。


「なに言ってるんですか。これからですよ。ビアンカさんはもっと幸せになるべきです」


後ろ手に手をふりそのまま部屋をでた。

良かった。

……本当に良かった。



 吉岡と手を繋いでポータルで移動した。

いい歳した男同士が手を繋ぐのは微妙に恥ずかしい。


「アキト、よく来てくれたな」

「お久しぶりですクララ様。時間もありませんのでさっさと済ませてしまいますよ」


 クララ様との挨拶もそこそこに馬の治療にかかる。

吉岡の回復魔法も兵士には内緒なので、ハンス君が馬を集めて、吉岡が範囲魔法で回復していった。

俺は一人で特に体力のない馬たちを集めて回復を施していく。


「よう相棒」

「ブルルルッ」


俺は目の前の馬の首をさすりながら声をかける。

この馬は部隊の中でも特に体力がなく荷車を引く力も弱かった。


「今日も大変だったよな。疲れただろう?」

「ヒイイーン(そう思うならもう寝かせてくれよ)」

「ははは、せっかちだな。まあ聞けって」


馬は不審そうにいなないている。

だが俺は勝手に喋り続けた。


「おめえ、強くなりたくないか?」

「ヒヒン?(なんだと?)」

「おめえは駄馬なんかじゃねぇ。駿馬になれる素質だって持っているんだぜ」

「ヒ、ヒン……(な、なにを……)」

「まあ信じられねえだろうな。部隊一の鈍足と言われたおめえだ。だがよう、俺ならお前の才能を引き出すことができる」


俺は馬の顎にそっと指を乗せた。


「まずこの顎だ。噛み合わせが悪いんだよお前は。こいつを治すだけで身体能力はいきなり上がるぜ。ふむ……、疲れている筋肉、使っていない筋肉、骨盤のゆがみ……。どうだいこの俺にお前の身を任せちゃみねえか?」

「ヒーン!(おやっさん!)」

「やる気になったようだな。安心しろ、この俺がお前を生まれ変わらせてやる! 今夜はお前のハッピー・リ・バースデイだ!」


スキル|神の指先(ゴッドフィンガー)発動!!

その晩、ザクセンス王国東部の草原で七頭の馬が生まれ変わった。

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