第100話 メールの着信

 明日から一週間の出張になるので、今晩の内に日本へ帰還することになった。

クララ様とビアンカさんのためにノートパソコンを購入するのだ。

二人とも新聞作りの手伝いをしてくれるそうだし、俺が表計算ソフトを見せてあげたらクララ様がエッバベルクの運営を管理するのにぜひ利用したいとおっしゃったからだ。

俺のパソコンを貸してあげてもいいのだがファイルの奥にあるあの動画が気になって、安心して貸してあげられない。

あの動画とはもちろん秘密の動画のことだ。

ごめんなさいクララ様。

私はまだあれを消すことが出来ません……。

同様の理由で吉岡のパソコンもだめだ。

決して浮気じゃありません。

男にとってエロ動画はファンタジーなのです。

まあ、大容量のUSBメモリを買ってくればいいんだけどさ、万が一亡くした時のショックが大きそうじゃない? 

それにパソコンは一人一台あったほうが便利だもんね。

ついでに太陽光発電システムを買ってくるつもりだ。

それほど大きなものではなく210wのパネル2枚のソーラー蓄電システムのフルセットを購入する予定だ。

ノートパソコンの充電くらいならこれで事は足りるらしい。

俺にはよくわからないのでこの辺は吉岡任せだな。


 クララ様たちばかり贔屓するのもなんなのでフィーネにも欲しいものがないか聞いてみた。

あんまり高いものはダメだぞ。

「それなら前に買ってきてもらった髪留めのゴムが欲しいです。あれ、他の娘たちにもすごい人気でもう残ってないんですよ」

髪留めのゴムって100円ショップで売っていたあれか。

ちょっとカラフルで可愛かったのでお土産に買ってきたやつだな。

10本入りで100円の安物なんだけどこちらの世界では売ってないからかなり喜ばれたみたいだ。

ザクセンスではみんなリボンや細い麻ひもとかで髪を結んでいる。

100円ショップの髪留めで喜んでいるフィーネが健気なのでシュシュやカチューシャでも買ってきてやることにしよう。



 久しぶりの東京で自動車を走らせた。

ソーラー備蓄システムセットはそこそこ大きいんだよね。

手に持って帰るのは無理だと思う。

期待はしていなかったが在庫をすぐに引き渡してもらえたのでよかった。

こちらのパネルはアミダ商会の屋根の上に取り付ける予定だ。

容量が足りない場合はパネルを増やすことを検討しよう。

 適当な電気屋でモバイルノートパソコンも無事に購入できた。

プリンターやコピー用紙も大量購入して収納にしまった。セキュリティーソフトも勧められたがもちろん買わない。

異世界ではサイバー攻撃はない。

みんながみんなスタンドアローンだ。


「繋がっている便利、繋がってない安心」

吉岡が哲学ぽいことを呟いている。

「繋がっている快感、繋がっていない自由」

それっぽく返してみる。

人のありようってこんな感じかな。

「クララ様のペットになりたい人が何言ってるんだか……」

だから繋がっている快感と言ってるじゃないか。

束縛を求めている俺って、もしかしてMなのだろうか。

「さあ、さっさと戻りましょう。大好きなご主人様がそろそろ召喚してくれる時間ですよ」

「今日は随分棘のある物の言いようをするな」

「繋がりのない自由な人間の嫉妬ですよ。リア充もげろ」

おのれ吉岡め……でも幸せだから許す。


 自動車に乗り込んで帰宅する途中で吉岡のスマートフォンが振動する。

メールが来たようで片手で操作しながら読んでいた。

俺は真っすぐ前を見て運転に集中する。

自動車の運転も久しぶりだからちょっと緊張してしまうな。

沈黙したまま混雑した道を走ること10分、吉岡がポツリとしゃべりだした。

「先輩……」

「どうした? トイレか?」

「いえ。絵美さんからメールです」

トクン、と心臓がなった気がした。

まだその名前を聞くと身構えてしまう自分がいることにびっくりしてしまう。

「そっか……」

「先輩が会社を辞めたこと知って自分に近況を聞いてきました」

流石に俺に直接メールを送ってこなかったか。

別にメールくらい気にしないけどね。

「どうしましょう?」

「どうしましょうって、吉岡に来たメールだろう? 吉岡に任せるよ」

「いいんですか? 全部正直に書いちゃいますよ」

正直にって、異世界に召喚されて首都警備隊の下士官やってますって? 

信じないと思うよ。

「先輩は俺と新しい事業を始めて、資産を数億円に増やして、新しい彼女もできました。その彼女は絶世の美女でスタイルも抜群で、生真面目なところもあるけど、先輩にぞっこんですって」

間違ってないけど、やっぱり信じないような気がするな。

でも、まあいいか。

「吉岡の好きに書けばいいさ。ついでに書いとくか? 俺が貴族に叙任されれば晴れて結婚だとな」

「いいですね。さらに聖女と呼ばれる伯爵家のお嬢様からも熱烈なラブコールを受けていることも書いておきますか?」

「ユリアーナのことは勘弁してくれ。あれは本気で怖い相手だ。吉岡はまだヤンデレの恐ろしさをわかってない」

「えー、自分も死ぬほど愛されてみたいですけど」

「さっきもいっただろう、繋がっている快感、繋がっていない自由。ユリアーナに捕まったら身動き取れなくなるぜ」

「まあ、そうなんでしょうね。でも先輩は基本的にM気質だから聖女もありだと思うんですけど」

「だから、あれは俺の許容量を超えてるんだって」

「美人度合いもプロポーションもクララ様に匹敵してると思うんだけどな。しかもどんなプレーでも喜んでやらせてくれそうじゃないですか」

ユリアーナのあられもない姿を想像して赤面してしまった。

「お前……。最近欲求不満か?」

「いえ、ドレイスデンの大人スポットには詳しくなってます」

「一人でホテル暮らしをしている間にそんなところに入り浸ってたのか!?」

ちっとも知らなかった。

えっ? 

一晩15000マルケス? 

結構高級なところにいってるのね。

なっ? 

同時に三人だと!? 

俺が悶々とした夜を過ごしている間に、こいつはそんなゴージャスな夜を過ごしていたというのか。

「吉岡ぁ……お前は一人でそんなところに……」

「でも、先輩を誘ってもいかないでしょう?」

そりゃあ行かないけどさ。

「先輩はクララ様のペットなんだからいい子にステイしてなさい」

わんわん。

そう、俺は繋がっている快感の方を選ぶもんね。

繋がりのない自由はいらない。

「とりあえず適当に返信しますよ」

ああ、絵美からのメールか。

すっかり忘れていた。

「気が狂ったと思われない程度の内容にした方がいいと思うぜ」

真実はあまりに荒唐無稽だ。

きっと、絵美は突然俺が会社を辞めてしまったので心配したのだろう。

自分のせいだとでも思っているのだろうか?

だとしたら訂正しておきたいな。

吉岡に4Pの内容を根掘り葉掘り聞きながら帰宅した。

う、羨ましくなんてないんだからね!!



本日のスキル。


スキル名 転送ポータル(初級)

任意の場所にホームとポータルを設定でき、その間を行き来できる能力。

距離に制限はないが設定できるホームは一つ、ポータルは二つまで。

一度設定すると24時間変更はできない。

他者がポータルを使用することはできないし、存在も認識できない。

同行者は4名まで有効で、使用の際には体の一部が接触していなければならない。


 おお、ついに来たぞ! 

とりあえず兵舎にホームを、アパートとアミダ商会にポータルを置いてみることにしよう。

きっと便利になるぞ。

将来的にはエッバベルクやブレーマンの街にも置きたいな。

増やせポータル! を目標に使いまくってみよう。

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