第92話 新たなる出会い
風の上月(三月)も半ばを過ぎ気温もだいぶ暖かくなっている。
アンネリーゼ様の全身美容を受け持っていたのでしばらく日本に帰っていなかった。
クララ様のはからいで二日連続の召喚をしていただき、新たにスキルが二つ増えたぞ。
スキル名 山菜取り
キノコや山菜など森の中の採取が得意になる。
ファンタジーの王道、薬草採取もこれでバッチリだ。
俺は山形出身だけどあんまり山菜取りの経験はない。
学校行事とか友達の家族に連れられてやったことがあるくらいだ。
慣れていないと中々見つけられないのだが楽しかった思い出がある。
タラの芽の天ぷらとかキノコ汁は大好きだ。
スキル「植物図鑑 入門編」と組み合わせたら楽しい趣味になりそうではある。
スキル名 夜目
暗い場所、僅かな光源でもモノが良く見えるようになる。
夜間の活動もこれで完璧。
蝋燭やランプが無くても平気になるからお財布にも優しいスキル。
これは頼もしい。
夜間巡回の時とか非常に便利だと思う。
ザクセンスは王都だけど街灯は驚くほど少ない。
これでカンテラやフラッシュライトが無くても安心して出歩けるぞ。
俺のスキルもだいぶ増えてきたな。
久しぶりにちょっと整理してみるか。
「勇気六倍」「言語理解」「空間収納」「種まき」「麻痺魔法」「気象予測」「ヤモリの手」「水上歩行」「黄金の指→神の指先」「植物図鑑 入門編」「引き寄せ」「犬の鼻」「棒術」「ダミー」「虚実の判定」「水泳」「空歩」「山菜取り」「夜目」
「勇気六倍」や「犬の鼻」「言語理解」なんかはパッシブだし、当たり前のように自然に使っている。
その他のスキルに関していえば一番使用頻度の高いのは「気象予測」だろうか。
朝起きて最初に使う癖がついてしまった。
逆に全く使ったことが無いのが「種まき」と「水泳」だな。
なかなか使う機会がない。
季節がずっと冬だったから仕方がないよね。
「空間収納」に関してはまた少し成長があった。
高さ33×横幅38×奥行63(cm)から
高さ38×横幅45×奥行67(cm)と、結構広くなったのだ。
数字だけを見ると顕著な差はないのだが、実際使ってみると収納力が大分上がっていることがわかる。
今回も日本からいろいろなものを買ってきたが大いに役立ってくれた。
日本のお土産といえば、最近フィーネはすっかりグルメだ。
今はエシレバターのバタークリームケーキにはまっている。
先日、仕入れの関係で行った丸の内でたまたま購入したものだが、それを食べたフィーネは直ちに魅了されてしまったのだ。
俺もここのバタークリームは今まで食べたことが無いようなミルキーなコクがあって大好きになった。
このケーキを二回目に買ってきた時にフィーネは「パパ大好き!」と叫んでじゃれついてきた。
「人をオヤジ扱いすんな!」と口では文句を言っているが、内心でははしゃぐフィーネが可愛いのでまた買ってきてやるとしよう。
ちびっこはこういうところが得だよね。
一日の仕事が終わりアパートに帰る時間だ。
クララ様とは業務報告という名のイチャイチャタイムを5分間だけ楽しんだ。
本当はもっと一緒にいたかったのだが人の出入りが多いのでたくさんの時間は取れない。
でも障害が恋心を燃え上がらせるのは何時如何いついかなる場所でも共通の事実だ。
異世界であってもそれは変わらない。
正面玄関からユリアーナの匂いがしていたので裏口からそっと帰宅した。
「ヒノハル様! お会いできてよかった」
兵舎の裏口にいたのはユリアーナの侍女のカリーナさんだった。
うっかりこの人の匂いを忘れていたよ。
寒かったのか頬を赤くして俺の方へ小走りで寄ってくる。
相変わらず、とても可憐で美しく、純真そうな少年だ。まったくもってこの人が男であることが信じられない。
でも「犬の鼻」は残酷なくらい俺に真実を教えてくれる……。
「こんにちはヒノハル様」
「カリーナさん。こんな場所で奇遇ですね」
この寒い中をいつから待っていたのだろう?
主人のためとはいえご苦労なことだと思う。
「ヒノハル様、正面玄関でユリアーナ様がお待ちです。ご同行いただけませんか?」
いやだ。
会いたくない。
オレ、セイジョ、コワイ。
片言になるほど怖いんだよ。
「実は急ぎの用がございまして」
俺はカリーナさんの手を両手で握って懇願する。
相手が男の子だとわかっていると気軽に触れられるね。
「カリーナさん! どうか見逃して下さい! お願いします!!」
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒノハル様!?」
プリーズ!
目を見つめて真剣にお願いする。
「今日はどうしても一人で静かに過ごしたいのです。カリーナさんこの通りです」
懇願する俺にカリーナさんは慈愛に溢れる眼差しを向けてくれた。
「……わかりました。ここはこの私に任せてお逃げ下さい。後のことは何とか致します!」
おお!
俺にはユリアーナよりカリーナさんの方がよっぽど聖女に見えるよ。
「ありがとうございます!」
丁寧に頭を下げて立ち去りかけたが思い直した。
借りを作ったままは良くないよな。
空間収納を開いて日本から買ってきたクッキーと小さなテディーベアを取り出した。
テディーベアはベルリオン侯爵のお孫さんに買ってきたものだがカリーナさんにあげてしまおう。
「これ、つまらないものだけど食べて下さい。ぬいぐるみは気に入らなかったら知り合いのお子さんにでも上げて下さいね」
「あっ…………」
いつ聖女がやって来るかわからない。
俺は足早にその場を立ち去った。
「ありが……とう……ございま……」
放心から立ち直り、ようやくカリーナがお礼を言えたのは既にコウタが立ち去った後だった。
兵舎の裏口でテディーベアを胸に抱きしめるカリーナはどこからどう見ても恋する乙女なのだが、コウタはその事実を知らない。
太陽は西に傾き、通りは家路を急ぐ人たちで溢れている。
今日の夕飯はどうしようか。
選択肢は二つ、家で食べるか外で食べるかだ。
空間収納の中には炊き立てのご飯がしまってあるのですぐに食事にすることはできる。
野菜のたくさん入った味噌汁でも作って、デパートで買ってきたお惣菜を出せば、バランスもよく美味しい夕飯になる。
でも今日はその味噌汁を作るのも、後で片づけをするのもちょっとだけ億劫なのだ。
お金ならあるんだから家事をしてくれる女中さんでも雇おうかな。
仕事をしたがる人は多いのですぐに来てくれるそうだ。
日中に掃除と洗濯をしておいてもらうだけでもだいぶ楽になると思う。
中隊長クラスで兵舎以外の暮らしだと女中を雇っている人も多いと聞く。
俺の「犬の鼻」が血の匂いを感じ取ったのは、そんなことを考えながら近道の小道に入った時だった。
袋小路の一角で3人の男が一人の男を取り囲んでいた。
男は殴られでもしたのだろう、口から血を流して倒れている。
倒れた男を更に痛めつけようと暴漢たちは脚を上げて踏みつけていた。
物盗りなどではなく喧嘩のようだ。
「この背教者はいきょうしゃが!」
「思い知れ!」
流石に見てみぬふりはできないよな。
俺も警備兵のはしくれだし。
魔力を具現化して棒を作り出す。
「お前ら何をやっている!」
武器を構えたまま兵隊用の笛を思いっきり吹いた。
近くで巡回をしている兵士がいれば来てくれるはずだ。
なるべく壁によって暴漢たちの退路は残しておいてやったら、すぐさま逃げていった。
警備兵の制服を着たままだったのが良かったのかもしれない。
「大丈夫か? 血が出ているようだが」
「はい。口を切ったようです」
小柄な男だった。
一見職人のように見えるけれどもちょっと違う。
もっと線の細い感じだ。
だからといって商人という感じでもない。
「ありがとうございました。兵隊さんが来てくれなかったら想像するだけでも恐ろしいですね」
男はハンカチで唇から出た血をぬぐった。
「喧嘩かい?」
「いえ、過激な長老派の信徒ですよ」
長老派?
すっかり忘れていたがノルド教の一派だな。
エマさんも長老派の信徒でバイクに乗っていた俺を詰問してきたことがあった。
魔道具や工業に頼りすぎることを嫌い自然と共に生きることを説く一派で知られている。
中には過激な連中もいてこんな風に自分の意に染まない人を襲うこともあるそうだ。
もっともそれは対立している開明派の信徒も同じらしい。
「長老派に襲われていたってことは君は開明派の信徒かな?」
「とんでもない! 僕はエベン派です」
エベン派というのはよく知らないな。
「じゃあ何で襲われてたの?」
「自分が技術者だからだと思います」
技術者だと。
この世界で技術者を自称する人間を初めて見た。
珍しそうに見ている俺に彼は説明を付け加えてくれた。
「僕の名前はオリヴァー・バッハ。軍に委託されて魔導砲の改良や城門の改修なんかを仕事にしているんです」
ついに探していた技術者を見つけたぞ。
これぞセラフェイム様の導きか。
この世界の技術について早速情報を引き出してみることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます