第91話 ロイヤルデューティー
王女への施術は2週間かけて段階的に行うことになった。
あまり急に変わってしまったら誰だかわからなくなるもんね。
その間俺は毎日王宮へ通わなくてはならない。
宮廷内に部屋を用意するから泊まり込みで仕事をするように提案されたが丁重にお断りした。
軍務もあるしクララ様のそばから長く離れていたくはなかった。
俺は忠犬コウタなのだ。
わんわん!
施術は服作りから始まった。
なるべく肌を露出しないように施術を行う部分だけを出す服を作って貰う。
胸やお尻を触るわけにはいかないので美容液やボディークリームは侍女たちに塗ってもらうことにした。
本当は裸になって貰って俺が一人でやってしまう方が楽なのだがそうもいかない。
王女に気を使うというのもあるのだが、他の女性のそういう部分に触れるのは俺自身がクララ様を裏切っているようで嫌だったのだ。
服が出来上がるまでは時間がかかるので、最初に顔から取り掛かることにした。
初日は頭蓋骨の歪みを矯正して小顔を作っていくことから始まった。
今日も
次にいつものマッサージで肌を整えて顎や頬の脂肪を落とした。
だが一気に全てを落とすことはしない。
あくまでも段階的にだ。
更に魔力で表情筋を強制的に動かした後、回復マッサージで癒すことを繰り返して美しい顔を作っていく。
これは全身の筋肉にも応用する予定だ。
こうすることで脂肪を燃焼させ、かつ代謝率をあげて太りにくい身体を作っていく。
王女様は半分引きこもりのような生活をしていたらしく、この世界の人間にしては筋肉が足りていない。
「骨盤もだいぶ歪んでいますね。姿勢が悪くなってしまいます。こちらも矯正して背筋を鍛えていきましょう。そうすれば美しい姿勢が維持できますよ」
「わかりました」
「それから、今日からはちゃんと皆さんと一緒に晩餐を召し上がってくださいね」
「ええ」
少しずつ変化していくところを見せなければいけないので大勢の前に出る必要がある。
「それから外出なども頻繁になさってください。ヘンケンさんに頼んで街に連れて行ってもらうと良いですよ」
「あら、ヘンケンがエスコート役ですか? もう少し若い貴公子がいいですわ」
王女殿下もだいぶ俺に慣れてきたようでよく喋ってくれるようになった。
「なにか運動をなさると一番いいのですが」
「でしたら、剣を習おうかしら。強くなって宰相殿に一本入れてやれば気分もよくなると思うの」
「素晴らしいお考えです」
殿下は控えめにお笑いになっていた。
上流階級の女子が武芸を習うことは不思議なことではない。
体も動かせるし良い気分転換にもなるだろう。
夕方、殿下の体重を計測してみると57キロで体重は朝と同じだった。
だけど見た目は大分締まってきている。
筋肉がついたせいだろう。
大切なのはプロポーションであって体重ではない。
今はこれで充分だ。
翌日には施術用の服も出来上がってきたので、肌の手入れとプロポーションの改善をしていった。
胸はやはり大きい方がいいそうだ。
理想の形と大きさを聞いてそれに近づけるように胸筋と脂肪の量を調整した。
直接には触らずに肩からの魔力操作で行ったせいでかなりの時間がかかってしまったがなんとか成功を収めたようだ。
服の上から見た感じでは「俺、グッジョブ!」て感じだ。
自分でやったのに確認できないのはちょっとだけ残念だけど見ることも憚られるんだよね。
王女の未来の夫には大いに感謝してもらいたい。
腹に関しても直接触るのは悪い気がしたので背中の方から魔力を注入して対処した。
セルライトを消すのにかなり苦労したが、10日以上の時間をかけてじっくりと薄く脂肪ののった理想のプロポーションを作り上げていった。
顔に関してはパソコンの画像処理ソフトを使ってどのようにしていくかを話し合って、理想の形を決めて少しずつそれに近づけていく。
腫れぼったい瞼をいじり、眼も少しだけ大きくした。
鼻は元々すらっとしたいい形をしているのでいじる必要はないだろう。
共に過ごすうちに王女様は大分俺に打ち解けてくれた。
施術の合間には一緒に剣の稽古をしたり、たまのご褒美にカロリーの低い日本製のスイーツを食べたり、パソコンで一緒にフィーネのための物語を考えてくれたりもした。
最初は地味な印象が強かったが、施術が進むにつれ自信がついたせいか随分と活発になってきた。
最近では積極的に俺を遊びに誘ってくれる。
相変わらず物静かだったが、王女殿下は優しい心根を持った人だった。
こうして2週間は瞬く間に過ぎて、最後の施術も終了した。
今や国一番ともいえるプロポーションを持った王女殿下が俺の目の前に立っている。
「アンネリーゼ様、いかがですか?」
すっかり信頼を得られた俺は名前で呼ぶことを許されていた。
「ありがとう。自分でも見違えるようだわ。貴方のおかげですショウナイ」
宰相も満足そうだ。
「いい仕事をしてくれたショウナイ殿。これでフランセアとの婚姻の話もうまくいくかもしれない。例えダメでももっといい嫁ぎ先も考えられる」
俺としては聖女がフランセアの王子と婚約して外国に行ってくれた方がありがたいんだけどね。
相変わらずユリアーナは街で偶然を装って会いに来る。
最近ではクララ小隊を名指しで炊き出しの護衛を依頼してくるから困っているのだ。
相手は伯爵令嬢だから拒否する権利はないもんな。
殿下からの謝礼は現金でもらうことが出来た。
流石に国が相手だけあって支払いはとてもスマートだった。
「ありがとうございました。また珍しい品などが手に入りましたらお目汚しにまいります」
挨拶をすませ退室しようとしたところでアンネリーゼ様に声をかけられた。
「ショウナイ、宮廷に住みませんか? そなたが近くにいてくれたら私も安心できるのです」
頼られて悪い気はしないけどそいつは無理なお願いだ。
「アンネリーゼ様。私がお手伝いできるのは外見の美しさに関してだけです。私には人の内面の美しさを引き出せるような知識も人徳もございません。姫様はもう見た目の美しさを手に入れられました。これからはご自分の内面を磨くことにご精進ください。ですからそういった方向に姫様を導ける人物を御側におくべきだと存じます。アンネリーゼ様はまだまだ輝ける素質をお持ちです。申し出は大変うれしゅうございました」
「ショウナイ……」
差し出された手の甲に軽く口をつけて部屋を退出した。
ショウナイを見送るアンネリーゼにナルンベルク伯爵は静かに声をかける。
「姫様、貴女は王女なのです。ご自分のお立場を忘れてはなりません」
「忘れてなどおりません。こうして我儘も言わずに静かにショウナイを見送っているではないですか。……せめて別れの時くらい黙っていて欲しかったですわ。本当に無粋な方」
ナルンベルク伯爵は深々と頭を下げた。
嫌われ役を演じればザクセンスで宰相の右に出る者はいない。
王女の儚い初恋の最期を伯爵は眩しいものを見るかのように観察していた。
横にいるアンネリーゼは二週間前とは打って変わった美しさを放っている。
この輝きがショウナイの施術によるものなのか、それとも恋をした少女に訪れる突然の変化なのか、切れ者宰相にも判断がつかなかった。
宮殿を出て大きく伸びをする。
長い二週間だった。
俺の施術でアンネリーゼ様が幸せになってくれればいいな。
それにしてもでもとんでもなく儲かった。
原材料費は20万円くらいしかかかっていないのに3億マルケス稼げたんだから。
今後もこの仕事をするなら女性のアシスタントが必要だ。
ボディーオイルを塗ったりする人が絶対に必要だもん。
今回は侍女がたくさんいたから助かった。
本音を言えば自分で塗ってみたいし、直接触った方が楽に施術できるのだが、どうしてもクララ様の顔が頭によぎっちゃうんだよね。
今回のことで肩や背中から魔力を送ってもプロポーションを変えることは十分できるとわかったから、今後もこのやり方でいいと思う。
暗くなったドレイスデンを歩きながら、後ろを振り返った。
今日も尾行がついているのだろう。
恐らく宰相の命令で俺の住処を突き止めようとしているのだ。
毎日この尾行を巻いてアパートに帰るのが最近の日課になっている。
大通りへの曲がり角でダミーをつくり別々の方向へと歩き出す。
これで追手を巻けたかもしれない。
少なくとも人数は半分になったと思う。
そんなことを何度も繰り返して街を彷徨う。
城門には見張りがいるだろうから使わないようにしている。
ユリアーナに遭遇してしまった夜のように城壁を「ヤモリの手」で乗り越えることが当たり前になってきている。
ついでに「空歩」の練習もできるので一石二鳥だ。
ようやく空中で二段ステップを踏むことが出来るようになった。
この調子でいつかは「空歩」だけで壁を乗り越えられるようになってみたいものだ。
アパートのある南地区につながる壁ばかり昇っているのは危険なので、毎回昇城壁の位置は変えている。
今日は西地区を経由した。
遠回りになってしまうがドレイスデンの街の地理にはだいぶ詳しくなった。
西地区は職人さんが多く住んでいる印象がある。
鍛冶屋や紙屋、布屋を多く見かける。今度の休みは昼間に来てみたいものだ。
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