第84話 断罪盗賊団
椅子の代わりに半分に切った古いワイン樽が並んでいる。
俺とホルガーは店の隅にある薄暗いテーブルに腰かけた。
すぐに湯気を立てるホットビールが運ばれてくる。
「旦那の幸福に乾杯」
本当に俺の幸福を考えてくれているのか?
俺の災難(聖女)を喜んでいる風にしか見えないぞ。
「ホルガーさんの健康に乾杯」
暖かいビールのお陰で鼻からアルコールが抜けて、胸のあたりがかっと熱くなる。
「かぁっ、たまんねぇな。いや、うまいビールだ」
旨そうにビールをすするホルガーに釣られて俺も飲むペースが上がった。
「やっぱり寒い日はこれだよね」
ザクセンスでは店ごとにビールを仕込むから、その味は千差万別だ。
この店はホルガーのお勧めだけあって汚いけどビールの味は結構いい。
今度吉岡も連れてきてやろう。
「で、旦那は何を聞きたいんで?」
「たいしたことじゃないんだ。断罪盗賊団がこれまでどんなことをしてきたのか。被害者はどんな人達だったのか。その辺のところを聞いてみたくてね」
ホルガーの小さな瞳がギラリと光った気がした。
「旦那の次の獲物は断罪盗賊団ですかい?」
「冗談はやめてくれ。そんなおっかない奴らとは関わり合いたくないよ。単にドレイスデンを騒がせているやつらがどんなものかを知りたくなっただけさ。酒の肴代わりに聞いてみたいだけだよ」
ホルガーはなおも俺の目を見つめてきたが、やがて俺が嘘をついていないと判断したようだ。
「確かに警備隊の旦那には関係のない話だな。ありゃあ近衛軍の管轄だ」
ぐびぐびとビールで喉を鳴らしながらホルガーは機嫌よく喋り出した。
流石に一流の情報屋だけあって事件のことも詳しく知っていた。
「奴等がドレイスデンで活動し始めたのは去年の秋でしたな。……最初は一番新しい事件、昨日のことからお話ししましょうかね」
断罪盗賊団がエモーツェル神殿を襲ったのは昨日の夜中だったと見られている。
人数は不明。
犠牲者は神殿トップのクサーヴァー司教とその腹心の二人だそうだ。
「奴等が押し入ったということはそのクサーヴァーも何かやらかしてたの?」
「ええ、こいつは神に仕える神官のくせにとんでもない野郎でして」
断罪の書(断罪盗賊団が残していく罪の告発文)によるとクサーヴァーは神殿に見習いとしてやってきた少年少女に「
「ひどいもんですよ。さぼり心や遊び心は肉体に悪魔がとり憑いている証拠だから、悪魔祓いを行う。そんなことを言って聖塔に縛り付け、身動きが取れないようにして犯していたらしいですぜ」
メチャクチャだな。
どこぞの新興宗教の教祖だってそこまで劣悪なことはしないと思う。
……俺が知らないだけで実際はしているのかな?
聞いているだけで胸がムカムカしてきた。
「いままで何人も自殺者が出ていて、悪い噂はあったんですがね……」
司教たちは聖塔に鎖で縛りつけられた状態でナイフを何本も刺されて死んでいたそうだ。
どこに刺されていたのか、何が切り落とされていたかは敢えて言わないでおこう。
「ため込んでいただろう金はきれいさっぱり消えていたそうですぜ。帳簿なども見当たらないから金額はわからねぇんですがね」
荘園から上がる金も随分着服していたそうだ。
自業自得の気もするが犯罪を裁くべきは法であって欲しいと俺は願う。
だけど、神殿は立法府と司法府の役割も担っているんだよね。
法を順守しなければならない聖職者が非道を行っていたんだからどうしようもない。
それに法体系はいまだ未熟なままなのがこの国の現状でもある。
裁判の沙汰も金次第、権力と財力があればやりたい放題な側面はたしかにあるのだ。
「ホルガーさんは断罪盗賊団の規模をどうみる?」
「実際に押し入っている人間は多くても30人くらいじゃないですか? それ以上じゃさすがに目立ちすぎる」
小隊規模か。
あり得る話だ。
城壁内でそれ以上の人間が集まっていたら目立ってしょうがないだろう。
「ただね、あっしのように情報を集めたり、下調べをする人間はもっとたくさんいると思いやすぜ」
だとしたらかなりの規模の盗賊団になるな。
捕まえるとしても結構な
国境沿いの小規模な紛争レベルだぞ。
近衛の奴らもご苦労なことだとちょっとだけ同情してしまう。
話している間にホルガーのジョッキが空になったので新しいのを注文してやった。
俺はこの後に巡回が控えているから1杯でやめておこう。
「すいませんね。ゴチになりやす。で、次はもう一個前の事件の話でもしましょうかね」
確か神殿が禁止している麻薬の売買をしていた貴族だったな。
一家皆殺しにあったとか聞いている。
「被害に遭ったのはヘルツシュプルングっていう男爵の家ですよ。自領は南の片田舎なんですがね、ドレイスデンで金貸しをして財をつくりやしてね。そいつを元手に自分の領地で密かにアヘンを作らせていたんですよ」
日本ではアヘンは麻薬の一種として製造・販売・所持が禁じられているもんな。
だけどザクセンスでは阿片チンキが雑貨屋とかで普通に売られている。
この酒場でも滋養強壮剤としてアヘンを売っているんだからびっくりだ。
しかも、困ったことに結構効くのだ。
特に止痛、
腸内接種だから喫煙より中毒性は少ないけど身体はボロボロになっていくと思う。
阿片の販売は神殿が独占権を持っている。
「その貴族は自分の領地で作った阿片を神殿に卸すんじゃなくて自分で売りさばいてたとこういうこと?」
「そのとおりなんで。まあそれくらいなら、規模の違いこそあれ他の貴族もやることはあるんですけどね……」
その言い方だと、断罪盗賊団に目をつけられた理由は他にもありそうだな。
機嫌よさげにしゃべっていたホルガーが言葉を切った。
ホルガーは飲んでいたビールが胸からせり上がってきたかのように顔を顰める。
「旦那、今から話すことは世間には知られていないし胸糞が悪くなるような話だ。それでも聞きますかい?」
そんなことを言われたら気になってしまうじゃないか。
怖いもの見たさだな。
俺は話の先を続けるように促した。
「ヘルツシュプルングは月に1回、秘密のクラブを開催していたんですよ。集まってくるのは国の内外にいる金持ちばかりだ。そこでは酒、ギャンブル、娼婦に男娼、さらには上質なアヘン煙草が供されてこの世の欲望が詰め込まれた
人間って金があってやることが無くなると退廃的になる傾向があるのかね。
もちろん創造的なことや慈善に力を入れる人もいる。
中には自分の財産を放棄して自然の中で暮らす生活を選択する人もいる。
「この秘密クラブには目玉のショーっていうのがありましてね……殺人ショーですよ」
ホルガーの言葉から感情が消えて無機質になっていった。
クラブには借金が払えなかった人間や拉致された街娼、獣人奴隷なんかが連れてこられたそうだ。
そういった人々を殺し合わせたり、獣に襲わせたり、ダーツの的にして嬲り殺したりと、あらゆる殺害の方法を試して見世物にしていたそうだ。
更にこの殺人ショーにはヘルツシュプルングの家族が積極的に参加していた。
「ヘルツシュプルング家の15歳になる一人息子も母親と一緒に喜んでショーに出演していたって話です。兎人族の女を後ろから犯しながらその耳を――」
「ストップ!! ……もういいよ。それ以上聞いたら今日の仕事に差し支える……」
「まったくで……」
ホルガーも苦笑しながら頭を掻いている。
やべえ、気分が悪くなってきた。
「シュナップスでも飲むかい?」
シュナップスは果物を原料にした蒸留酒でアルコール度数が高い。
ザクセンス人にっとての焼酎みたいなもんだ。
胸糞の悪い話をきいて強めの酒でも飲まなきゃやってられないぞ。
「旦那のそういう気遣いが、あっしには嬉しくてしょうがないんでさぁ」
小さな陶器のゴブレットに入ったシュナップスを厄払いのように二人で一気に煽った。
リンゴの香りが漂って、少しだけ気分がよくなる。
「へへ、これ以上この話は要らないですかね。まあ、そんなこんなでヘルツシュプルング男爵家も皆殺しにされちまったと、そういう話ですよ」
まるで残酷な童話の終わり方のようにホルガーはまとめた。
話の内容から、これまでおぼろげな輪郭しかわからなかった断罪盗賊団の形が少しはっきりしてきた。
こいつは近づかない方がよさそうだ。
盗賊団も被害者もヤバそうな奴等ばかりだった。
人間の荒んだ一面を見ていると自分の心まで荒廃していきそうだ。
俺も金持ち相手にぼったくってはいるが、人の道に外れるようなことをするのだけはやめようと自分を戒めた。
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