第83話 河原町
アンスバッハ小隊の午後の巡回は既に始まっていて、各分隊は自分たちの受け持ち地域にとっくに出かけていた。
クララ様はこれからとあるお茶会に出席しなくてはならない。
主催者は国軍の女将軍で白狼の異名をとる人らしい。
エマさんも一緒に行くそうだ。
女兵士の女子会みたいな感じらしい。
俺たちはついて来なくていいそうなので俺、吉岡、フィーネの三人で巡回をすることになった。
「夕食もビュットナー将軍の家でいただくことになっているから、先に食べておいてくれ」
「承知いたしました。ハンス君、クララ様とエマさんを頼むよ」
「お任せください」
従者としてはハンス君一人が同行する。
戦闘の技量も日々向上しているし、目端もよく利く賢い子だ。
安心して任せることが出来る。
南地区の駐屯所から荷物を持って借りているアパートへと向かった。
巡回の前に日本から運んできた荷物を置きに行くのだ。
今日は夜の見回りでラインガ川のほとりを歩かなければならない。
恒例になっている街娼の取り締まりだ。
「それで、実害はあったんですか?」
道を歩きながら吉岡がニヤニヤしながら聞いてくる。
吉岡が言っているのは聖女のことだ。
「ベッドが香水臭くなったくらいかな。あと洗濯物を盗まれた」
「それにしてもとんでもないのに目をつけられましたね」
気楽にいってくれるよな。
フィーネがまじまじと俺の顔を見てきた。
「なんだよ?」
「いやぁ、こう言っちゃなんだけどクララ様にしろ聖女様にせよコウタさんの何処がそこまでいいのかなあと不思議に思ってしまいまして……」
フィーネは悪びれたように舌をだす。
まあ特別なイケメンじゃないよな。
本当にどうしてだろう?
「顔は悪くはないけど、別に美形ってわけじゃないでしょう。それをいうんならアキトさんの方が美男子だし」
それは認める。
吉岡は線の細い美形だよな。
「まあ、棒術は格好いいし、魔法も使えて、いろいろ知ってるけど……。改めて考えるとけっこう優良物件だ」
「今頃気が付いたか? でも言い方に棘があって褒められている気がしないぞ」
「あはは。だって、コウタさんって犬みたいなんだもん」
やっぱりそこに落ち着くのね。
わんわん!
「フィーネ」
「はい?」
「異世界からケーキを買ってきてやったぞ。フィーネだけ3個も」
フィーネが俺の袖をつかむ。
「ごめん……コウタさんはオジサンだけどモテて当然かも」
最後まで棘は抜けなかった。
「そういえば、昨日また断罪盗賊団がでましたよ」
俺たちが日本へ帰っている間か。
「エモーツェル神殿が襲われて、司教が聖塔に縛り付けられた状態で惨殺されたみたいだよ」
「聖塔ってノルド教のシンボルだったよな。怖いねぇ」
フィーネの話ぶりからすると緘口令が敷かれていて事件の詳細は分かっていないようだ。
「かなりひどい殺され方をしたみたいですよ。詳しいことはわかりませんけど。断罪盗賊団関係の話っていつも緘口令が敷かれるんですよ。たぶん今回の被害者も悪いことをしていた人なんでしょうね」
城壁内で起こった事件なので王都警備隊の俺たちには扱うことのできない事件であり、被害者が貴族ということもあって詳しい話は中々外部に漏れてこない。
「断罪盗賊団が狙うんだからその司教もなにか悪いことをしていたのかな?」
「聞いた話では荘園からあがる税金をかなり着服していたみたいです。それから……」
フィーネが言い淀む。
「どうした?」
「若い神官たちに、いろいろいけないことをしていたって」
セクハラ以上のことをやっていたのか。
「ごめん、変なことを聞いたね」
「気にしていません。私だってもう大人ですからね」
それこそごめん。
子どもにしか見えないぞ。
でもフィーネの実力は認めてるけどね。
そこいらの兵士ならとても敵わないと思う。
「気になるんですか先輩」
「そりゃあね。ホルガーさんか、エルケさんにでも聞いてみようか」
この二人なら知っていそうだ。
それぞれの部屋に荷物をしまった。
ケーキは空間収納に移し替えた方がよさそうだな。
「はあ、いい匂いがします。楽しみで気絶しそうです」
ケーキの箱をうっとりとフィーネが眺めている。
巡回の時間まではまだまだ時間がある。
ちょっと早いがおやつにしてもいい時刻だ。
「先に1個だけ味見してみるか? 残りはクララ様たちと一緒に食べるんだぞ」
「はい!」
素直な返事だ。
がっつくフィーネを待たせて紅茶をいれる。
どうせなら美味しく食べようぜ。
「私、コウタさんの恋人は無理だけど妹か養女ならなってもいいなぁ」
勝手なことを言うやつだ。
いきなりこんな大きな娘か?
まあフィーネは可愛いけどね。
「どれにするの?」
「いろんなのがありすぎてわかんないよぉ。どんな味か想像もつかないし」
吉岡がフィーネに味の説明をしていた。
この世界でケーキといえばパンケーキやパウンドケーキのようなものが主流だ。
クリームをのせたスポンジケーキもあるにはあるが庶民の口に入ることはない。
「この薄い緑色のやつにする」
それはピスタチオクリームのケーキだね。
俺が食べたかったやつだ。
2個買ってきてよかった。
ケーキに酔いしれるフィーネを吉岡に任せ、ホルガーを探しに河原へとやってきた。
河川敷の両側には掘立小屋が立ち並び、貧しい人が大勢いた。
ここの治安はかなり悪い。
動物の皮のなめしが行われているようで物凄い臭気が漂っている。
兵隊服の俺に人々は鋭い視線を向けてきた。
「旦那、ヒノハルの旦那じゃないですか」
声をかけてきた男には見覚えがあった。
確か聖女の家を見張っていたホルガーの手下の一人だ。
張り込み中にピーナツバターサンドとカフェオレを差し入れたことがある。
「ああ、よかった。ホルガーさんを探してたんだよ。心当たりはある?」
「呼んできましょうか?」
小遣いに10マルケス銅貨を手に落としてやった。
この辺の人間にはなるべく顔と恩を売っておいたほうが便利なのだ。
男は嬉しそうに駆けだしていった。
子どもたちとラインガ川で水切りをしながら待っていると、15分もしない内にホルガーが現れた。
「へへっ、誰かと思えば聖女のハートを射止めた色男の旦那じゃござんせんか」
ホルガーの物言いにげんなりしてしまう。
もうそんな情報を掴んでいるのか。
「勘弁してくれよ。こっちは迷惑しているんだ」
「どうなさいましたか今日は」
ニタニタと歯抜けの口で笑いながらホルガーは首を掻いた。
河原は遮蔽物がないから風が強い。
冷たい風に耳が痛くなる。
「ここは寒くて凍えそうだ。ホルガーさん、時間があるならホットビールでも付き合わないかい?」
恵比須顔のホルガーの口が更にニイッと吊り上がった。
「嬉しいねぇ! 旦那のお誘いならすぐにでもお供しやしょう」
ホルガーの案内で適当な店に入ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます