第82話 虚実の判定

 その夜、兵舎で吉岡と合流してから日本へと送還してもらった。

異世界から戻るとそこは深夜の高速バスターミナルだ。

既に駅の改札は閉まっていて人の姿もあまりない。

今回は21時間を日本で過ごすことになっている。

こちらでの時間を少しは進めておきたいのだ。

だって、早いとこ会社を退職しないことには満足に仕入れをする時間もない。

こちらの世界で辞職の話を上司にしてからまだ12時間くらいしか経っていないのだ。

離婚してからだってまだ4日目だよ。

ザクセンスでは1か月以上の時間が経っているのにね。

もし、可能なら1週間くらいこちらで過ごした方がいいかもしれない。

帰ったらクララ様に相談してみよう。

考えてみれば親に離婚のことをまだ報告していなかった。

明日実家に電話をしておこうか。


 ザクセンス時間で16時に送還されたのでまだ夕飯を食べていない。

グルメ吉岡がお勧めする、深夜も営業している創作和食の居酒屋へ行った。

久しぶりの生ビールが美味い! 

細胞の一つ一つにしみ込んでいく感じがして身体が震えてしまった。

「向こうの世界は楽しいけど食事はこっちの方が旨いよな」

「それは言えます。やっぱり食材の豊富さですよね」

レンコン餅の揚げ出しに酒がすすむ。

吉岡の頼んだ黒毛和牛のウニ巻きも旨そうだ。

追加の日本酒と真鯛の煮付けを頼んで、食に関しての話題に花が咲く。

「今度は寿司を10人前くらい握って貰って空間収納に入れておいてください」

それはいいよな。

空間収納の中なら劣化することはない。

ご飯も炊きたてを入れておけば、熱々のものがいつでも取り出せる。

生の魚はクララ様も抵抗があるかもしれないが天ぷらとかなら喜んでくれるかな。

「この舞茸の天ぷらを追加で頼んで収納しておいて欲しいです」

「俺はこっちの三食田楽がいいな」

特に木の芽味噌が最高だ。

「豆のスープはもううんざりだもんな」

「あれは地獄です。自分は最近食べていませんけどね」

ホテル暮らしの吉岡は向こうでもグルメっぷりを発揮しているようだ。

「あっちでも美味しい料理はありますが、どうしても食材の鮮度と種類に限界がありますよ。品種改良も進んでいないみたいですしね」

冷蔵庫もなければ流通も発達していない世界だ。

それはいたしかたない。

「先輩の空間収納は商売に使うから、自分たちのために冷蔵庫が欲しいですよね」

問題は電気か。

ソーラーパネルを運ぶのはかなり大変だぞ。

だいたい風力でも水力でもそうだが設置場所がない。

エンジンの発電機は音がうるさくて近隣から苦情が出そうだし、ガソリンを運ぶのも一苦労だ。

「普通にクーラーボックスと保冷材でよくないか? 吉岡なら保冷剤を凍らせることもできるだろう?」

「ああ! それで充分かも」

「クーラーボックスなら俺の車に積みっぱなしだぞ」

アウトドアで車中泊とかする時に使うんだよね。

「これから冷たい飲み物は保冷ボックスに入れておきましょう」

最後に鯛味噌茶漬けで〆てそれぞれの家へ帰った。

久しぶりに日本の味を堪能出来て大満足だ。


 翌日は、普通に出社して引継ぎを行った。

そこで上司に年末までは来てくれるように頼まれた。

仕事納めまでは後五日だ。

思っていたよりも早く退職できるので思わずニヤケそうになってしまう。

他の課から来た助っ人はちょっと頼りない感じの人だったけど、たぶん何とかなるだろう。

そんな感じで日本での時間はバタバタと過ぎていった。


 自動車からとってきたクーラーボックスに保冷剤を入れ、仕事帰りに買ったケーキもいれた。

これはクララ様たちへのお土産だ。

自称育ち盛りのフィーネには3個買っておいてあげた。

平気で食べてしまうんだよな。

俺なら胃にもたれてしまう。

あれだけよく食べるのに、なんであんなにちびっこなんだろう? 

時計が21時を表示するとアラームが鳴り響き、狭間の小部屋に飛ばされた。

今日のスキルは何かな。


スキル名 虚実の判定

「はい/いいえ」の二択で答えられる質問をする時、回答者が嘘を言っているか、或いは真実を述べているかがわかる。

回答者が答えなかった場合は判定できない。


「ちょっと恐ろしいスキルですよね」

「うん。悪魔のスキルだ」

パッシブでなくてよかった。

相手の嘘がいつでもわかってしまったら人生は過ごしにくくなると思う。

人間は日常的に嘘をつく。

ちょっとした見栄とか、相手を気遣ってつくこともある。

嘘をついているという自覚もなく言葉にしてしまうことさえあるだろう。

そんなものをいちいち判別しながら生きていくのはとんでもないストレスだ。

「悪いけど少し実験させてくれるか? 当り障りのない質問にするから」

「いいですよ」

吉岡は何気ない感じで引き受けてくれる。

プライバシーを侵害しないような質問にしないとな。

「全て「はい」でお答えください。えーと、第一問。貴方の性別は男ですか?」

吉岡が男であることは一緒にスーパー銭湯に行ったことがあるから知っている。

心の性別も男だろう。

ペトラさんとすることをしてたもんね。

「はい、そうです」

一瞬だけ世界が明るくなったような感覚がして、答えに嘘がないことがわかった。

答えが真実ならこんな感じでわかるのか。

じゃあ、次は正解が「いいえ」になる質問をしてみよう。

「この部屋は日本のどこかですか?」

俺たちがいる狭間の小部屋は日本でもなければザクセンスでもない。

「はい」

今度は吉岡が答えた瞬間に周りが一瞬だけ暗くなった。

嘘の時はこんな感じなのね。

「あとは、本人が事実を間違って認識している場合はどうなのかが知りたいな」

例えば、カラスの色は一般的に黒である。

だけどカラスは白いと勘違いしている人に「カラスの色は白いですか?」と聞いたらどうなるのか。

回答者はカラスが白いと認識しているので「はい」と答えるだろう。

回答者にとってそれは正しい答えだ。

だけど一般的にいえばその答えは間違っている。

その時「虚実の判定」はどういったジャッジメントをくだすのだろう。

これを確かめるためには吉岡が勘違いしていそうな質問をしなくてはならない。

「じゃあいくぞ……ジャンプ漫画の吹き出しには句読点がない」

「あ、自分その答え知ってます。はいですよね」

ダメだったか。

こいつは俺より知識が広いからな。

「じゃあ、アンデスメロンの原産地は――」

「それも知ってます。南米じゃなくて日本です」

これもダメか。

知っている知らないじゃなくて勘違いして憶えている質問をしなくてはならないので難しいな。

それなら、これはどうだろう。

「ボーリングのレーンの両サイドにある溝はガーターである」

「……はい」

おお! 

世界が一瞬だけ明るくなった。

だけどあの溝の呼び名はガターだ。

ガーターだとストッキングとかをとめる道具になってしまう。

というわけで本人が事実だと思っていれば虚実の判定もそれに準拠することがわかった。

「なかなか難しいですね。尋問とかに使えそうだけど、嘘の情報を信じていたら、こっちまでその偽情報に踊らされそうです」

それは言えるな。

使うときは気を付けなくてはならないということか。



 日本時間の21時に召喚されてやってきたが、こちらはまだ昼の13時だ。

回復魔法のお陰で体力に問題はないが、ちょっと時差ボケがして頭が重い。

クララ様は丁度昼食を済まされたところで、呼び出された室内にはフィーネもいた。

「コウタさん! 午前中に聖女様が来ていて大変だったんですよ」

俺の留守中にユリアーナが来ていたようだ。

思わずクララ様の顔を見てしまう。

「私は近衛軍の方へ行っていたので直接会っていないのだ。エマが対応したらしい」

エマさんか。

あの人は聖女好きだからな、喜んで案内したのだろう。

何かやらかしてなきゃいいけど。

「エマ曹長ったら聖女様をつれて兵舎の中をいろいろ案内したそうですよ。コウタさんのつかっている部屋も見せてあげたそうですから」

フィーネの説明に寒気を感じて思わず身震いした。

「ちょっと確認してきてよろしいでしょうか?」

お土産のケーキを渡すことも忘れて、急いで自分のベッドの所へ行った。


 一見変わったところは何もない。

だけど、気をつけてみればいろいろといじった形跡がある。

先ずシーツが綺麗に伸ばしてあり、毛布が真っすぐに掛けてあった。

自分ではこんなに丁寧にやった覚えはない。

おそらく聖女がベッドを整えていったのだろう。

しかも例のフローラルな香水の匂いが強めに漂っている。

この匂いを最初に意識したのは殺人の犯行現場だったな。

しかも香水の匂いはシーツにとどまらず替えのシャツやコートにもついていた。

移り香なんて生易しいものじゃなくて自分の肌にこすりつけて匂いをしみ込ませたような気がする。

マーキングかよ……。

更に後でまとめて洗おうと思っていた洗濯物が消えていた。

盗まれた? 

それとも洗濯をして好感度を上げるつもりか? 

……怖い。

俺は聖女が怖い。

「ヒノハル殿、帰っていらしたのだな」

「うぎゃぁ!」

突然後ろから声をかけられて叫び声を上げてしまった。

「ど、どうしたのですか!?」

「エマさんか……」

俺のひきつった顔にエマさんも何事かという表情を返してくる。

「聖女様がここに来たそうですね」

「はい。兵士がどんなところに寝ているかを見たいそうなのでここに案内して差し上げました」

エマさんは朗らかに答える。

貴女はご自分の罪に気が付いていないのですね。

「ここで何をしていたかご存知ですか?」

「いいえ。私はハンスと掃除夫に払う賃金の計算書を作っておりましたから、ここに案内した後は仕事に戻りました」

だったらユリアーナが何をしていたかはわからないだろう。

「そうそう、聖女様からヒノハル殿にこれを預かっています」

エマさんが可愛くラッピングされた包みを渡してくる。

匂いでクッキーだとわかった。

毒は入っていないと思うが、あの聖女が寄こしたものを素直に食べるのは危険すぎる気がする。

「エマさん……私はクッキーが食べられないのです。代わりに召しあがりませんか?」

「よろしいのですか?」

聖女が大好きなエマさんの顔が喜びに染まる。

「でも、これはヒノハル殿へのプレゼント。私が食べるわけには……」

「そうだとしても、私は食べることが出来ないのです。代わりにエマさんが召し上がった方が聖女様の心遣いを無碍にしないことになると思います」

「そういうことなら……よろこんで!」

ありがとうエマさん。

そしてごめんなさい。

お腹が痛くなったらラッパのマークのお薬を差し上げましょう。

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