第79話 お前が嫌いだ

 ドレイスデンの城壁の厚みは22メートルにも及ぶ。

決闘をするのに何の支障もない広さだ。

一人で五人を相手にしなければならない俺にとっては不利な地だともいえる。

充分な広さが有るということは、それだけ簡単に囲まれてしまうからだ。

せめて路地のような狭い場所で一人ずつ相手にしたかったが、そう都合よくことは運ばないか。

決闘を言い出したのは自分だし、不利は承知の上での決断だった。

こうなったら出し惜しみをしている余裕はない。

自分の持つスキルの内容をことごとく知られてしまうことになっても最初から全力でいこう。


「カリーナ、ソーホスの治癒士を呼んできて頂戴」

言葉少なに女装メイドの少年に命令しているユリアーナは実に楽しそうだ。

目つきが妖しい程に爛々として、表情は愉悦に満ちている。

腹が立つくらいに状況を楽しんでやがるな。


「我々の準備はできたぞ。いつでもかかってこい」

アイツはホイベルガーとか言ったな。

恐らくこの中で一番腕の立つのはあの男だ。

護衛騎士のリーダーをしているだけはあるのだろう。

幸い奴らは鎧をつけていない。

俺のパラライズボールは木や皮などの絶縁体を通りにくいのだ。

だから安物のウッドシールドとか革鎧が弱点だったりする。

半面、金属製の鎧は問題なく通るので重いフルプレートを装備した騎士相手には強い。

まだ棒を具現化することはしないで五人の騎士に向き合った。


「抜かないのか? 赤の決闘を所望したのはお前の方だぞ」

ホイベルガーが馬鹿にしたように挑発してくる。

腰につけた兵士用のショートソードを使う気はない。

むしろ邪魔なくらいだ。

剣だけ抜いて鞘は床に置いた。

「参る!」

剣を騎士たちが置いたカンテラに投げつけて灯りを消した。

カンテラはもう一つあったが辺りの闇は大分濃くなった。

「貴様!」

散開して包囲するように襲ってくる騎士たちの中で正面にいたホイベルガーに向けて特大のパラライズボールを放ち、そのまま横を通り過ぎた。

後ろの方でドサリとホイベルガーの倒れる音がした。

濃い尿の匂いもしてきたからショックでおしっこを漏らしてしまったのだろう。

後々まで恨まれそうだ。

「今のはなんだ!?」

「こいつ、魔法が使えるのか?」

警戒するように騎士たちは距離をとる。

司令塔を失ったのが痛かったな。

体制を立て直すことなどしないで一気に全員で攻めてくればよかったのだ。

左手に棒を作りながら右手で牽制のパラライズボールを撃つ。

だが、それは騎士が身につけたバックラー(小型盾)にはじかれてしまった。

金属製なので威力は通るが腕に装着するベルトが革製なので気絶させるには至らない。

せいぜい腕が痺れているくらいのようだ。

「距離を詰めろ。接近戦ならこの魔法は使えない!」

痺れた腕を押さえながら攻撃を受けた男が叫ぶ。

包囲を逃れるように今叫んだ男の方へ走った。

棒の先にはスタンガンのようにパラライズボールを纏わせてある。

俺の突きはすんでのところで躱されてしまったが構わずにそのまま目的の場所まで走り抜けた。

「逃げるか!?」

違う。

俺の目的は床に置かれたカンテラだ。

こいつを棒の先にひっかけて持ち上げ、灯りを消した。

城壁の上の闇がまた少し濃くなった。

「囲め! 前後を固めて身動きを取れなくするんだ!」

棒を構えたまま動かない俺を四人の騎士が取り囲む。

だがそれは暗闇に乗じて俺が作り出したダミーだ。

「ぐわっ!」

後ろからパラライズボールをくらった騎士の一人が叫び声をあげて倒れた。

「どうした!? 何が起こったんだ!?」

ダミーを包囲している騎士たちは闇に潜む俺には気が付かないままだ。

「ふっ……俺の攻撃が見切れるか?」

鼻で笑うダミーに騎士たちはいきり立った。

「馬鹿にしおって! 貴様が囲まれていることに変わりはない!」

そんなに怒らないでやってくれ。

ダミーは30秒ごとに「ふっ……俺の攻撃が見切れるか?」と鼻で笑うようにプログラムされているだけだ。

騎士たちがタイミングを合わせてダミーへ攻撃を仕掛ける瞬間に背後からもう一発パラライズボールを撃つ。

騎士たちの剣を受けてダミーは消えてしまったが更に一人の騎士を昏倒させることが出来た。

残りは二人か。

「奴はどこへ行った?」

「剣先が当たった瞬間に消えてしまったぞ!」


俺の位置は未だつかめていないようだ。

新たなダミーを作り出し真っすぐ歩かせる。

騎士たちは暗がりから突如現れ、無造作に間合いを詰めてくるダミーに集中していて俺の存在には気が付いていなかった。

本物の俺は「ヤモリの手」で城壁の側面にへばりついて騎士たちの横へと移動する。

「なに!? 二人いるだと?」

暗闇に紛れて近づこうとしたのだが途中で見つかってしまった。

予定を変更してそのまま一撃を浴びせるが剣で払われてしまう。

棒先が剣に触れれば麻痺させることも出来ただろうが受けられた場所が悪かった。

「気をつけろ! 光っている場所に触れると痺れるぞ!」

見破られたか。

だが、戦いの勢いはこちらにある。

攻め続けると心に決めて、左足を一歩前に出して半身はんみに構えた。

今までとは逆の構えだ。

そして棒を肩で担ぐように右手で持ち、左手を騎士に向けて突き出し大きく開いた。

相手にとっては左手が邪魔で棒をもった右手が見えないような形になる。

これは「霞の構え」といって攻撃の軌道を見せないための構えだ。

「ふっ……俺の攻撃が見切れるかな?」

ここでダミーと同じセリフを言って精神的な迷いを誘った。

相手は俺が本物か分身体かを見極められずに戸惑っている。

そして今回は霞の構えすらまやかしだ。

鈍い音がして騎士の後頭部に剣の柄がぶつかり、騎士はそのまま大地に沈んだ。

相手が構えに気をとられている隙をついてスキル「引き寄せ」で落ちている剣を手元に飛ばしたのだ。

もちろん飛んでくる軌道の途中に騎士の後頭部をいれてだ。

残りは一人。

「貴様、正々堂々と勝負をせんか!」

5対1で戦うやつらに言われたくないぞ。

一気に距離を詰めてきた騎士の剣を払う。

大した使い手ではないのだが相手は真剣を振り回している。

もしも身体に当たれば大怪我は免れない。

その恐怖に耐えながら必死で棒を振るった。

もう手の内はほとんど見せてしまった。

ここら辺で技の応用でもしてみるか。

棒術には蹴り技がある。

これと麻痺魔法を組み合わせてみよう。

今まで手や武器から魔法を放出したことはあったが足からの経験はなかった。

敵の剣が棒を跳ね上げ間合いに飛び込んでくる。

剣の柄を握った手に向けて麻痺魔法を込めた蹴りを放った。

蹴りは過たず騎士の手に命中し、痺れた手は剣を落としてしまう。

武器をなくし途方に暮れている騎士の鳩尾に突きを決めて勝負を終わらせた。


 流石に5人相手は疲れたよ。

膝に両手をついて息を整えた。

自分の身体をチェックしてみると、浅くだが2か所切られていた。

分泌されたアドレナリンのお陰か痛みはあまり感じない。

呼吸が整うとユリアーナと向かい合った。


「私の勝ちです。魔法を解いてもらいましょう」

「もしも嫌と言った――」

棒がうなりを上げて聖女の首にぴたりとあてられた。

これ以上お喋りに付き合うつもりはない。

ナイフを手にしたラーラという女が聖女を庇うように立ち塞がったが情け容赦なくパラライズボールをぶつけた。

体を痙攣させながら倒れたラーラを見ても憐みの情は湧かなかった。

「決闘の約束を反故ほごにされるのなら城壁から貴方を突き落として終わらせます」

ここにいる全ての人間を殺す覚悟だ。

そうしなければいろんな人に迷惑がかかるし、俺はこのままユリアーナに半分心を奪われたまま人生を過ごす気にはなれない。

「ヒノハルさんは私のことが嫌い?」

再び繰り返された質問に俺はきっぱりと答えた。

「あんたなんか大っ嫌いだ」

心がふっと軽くなった気持ちがしてユリアーナが魅了を解いたのが分かった。

「帰ります」

それだけ言ってユリアーナは一人で階段を降り始めてしまった。

その後ろ姿を見ながら俺はやるせない気持ちになる。

大嫌いと言ったはずだ。

魅了チャームの魔法も既に解けている。

それなのに俺の心はチリリと痛む。

見えもしないのにユリアーナが泣いているのがわかった。

吉岡の言葉が頭の中に甦る。


「ひょっとすると、先輩が気付いてないだけで元々好みのタイプだったんじゃないですか? 直観でそれをわかってしまったんですよ」


自分でもわかっている。

あんなひどい女なのに俺は聖女を嫌いになれない。

理屈じゃないんだ……。

彼女がしていたように空を見上げれば、見慣れてきたこの街の上に銀色の月が浮かんでいた。

一人で眺めるには冬の月は冷たすぎる。

出合い方が違えば俺たちは一緒にこの月を眺めることが出来たのだろうか?  

そんな仮定は悲しく意味のないものだと思う。

思っていながらもクヨクヨと思いは頭の中を巡った。

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