第67話 尋問
エルケの尋問場所として、いつも清掃の監督業務をしている下水路にやってきた。
ここなら人目につかないし、扉の鍵は俺が預かったままだったので丁度良かった。
この場所は結構便利だから今後も使うかもしれないな。
どこかで合鍵でも作っちゃおう。
それにしても気を失った人間ってどうしてこんなに重いんだろう。
さっきから麻痺魔法で前後不覚になっているエルケを担いでいるのだが足がもつれそうになるぞ。
「もし警備兵に見つかったら大問題ですよね」
どう見てもいかがわしいことをしている人攫いにしか見えないと思う。
ビクビクしながら暗い階段を下りた。
少し通路が広くなった場所で木箱を置いて、その上に壁にもたれかけさせてエルケを座らせた。
まだ目を覚まさないようだ。
「担いできたはいいけど、どうしようか?」
「どうしようって、先輩が連れてくるって言ったんじゃないですか」
そうだけどさ、尋問なんて映画でしか見たことないんだよね。
「とりあえずドラマに出てくるテロ対策ユニットの捜査官ぽく振舞えばいいんですよ」
ああ、あれか。
よし、さっそく役作りだ。
意識が戻るとそこは冷たい石壁の室内だった。
近くで水の流れる音がしている。
ここは……牢獄?
敵の手に落ちるのは久しぶりの経験だな。
二年前にオストレアで捕まって以来だ。
……思い出したくもない記憶が蘇ってきて気分が悪くなる。
今回も自分を拘束したやつらに好きなように嬲られるのだろう。
カンテラの明かりに照らされた男たちが喋っているのが見えた。
あれは……センパイとヨシオカか。
私の頭はどんどん覚醒してきているが、二人はそれに気が付かずにお喋りを続けていた。
「ええ!? CTUって架空の組織なの?」
「そうですよ。ドラマの中だけです。9.11の後にCIAの中に設立された国内テロ対策部門という設定なんですよ」
「てっきり実在の組織かと思ってた」
こいつらは何を話しているんだ?
「実際にテロが起きた場合は国土安全保障省とかCIAとかいろんな機関が動くんでしょうね」
聞いたことのない組織名ばかりだ。
ポルタンド王国やオストレア公国のものではない。
ひょっとしてこいつらは北方諸国や、更に東のクリムラントのスパイの可能性もあるぞ。
ではなぜグローセルの聖女を狙っていた?
いや、こいつらの狙いが聖女と判断するのは早計かもしれない。
ツェベライ伯爵は主戦論者の一派……その関係か?
だがそこにクララ・アンスバッハがどうかかわってくるというのだ。
もう少し気を失っているふりをして情報を引き出してみよう。
「吉岡ってそういうの詳しいよな」
「そっち系のドラマはあんまり見ないんですか?」
「見るけど、最近はゾンビのやつを見ることが多いんだ」
「お、それ初耳だ」
ドラマとは何だろう?
どうやらヨシオカが政情に詳しく、センパイの方が対ゾンビ……神殿担当の人間か?
なにか違う気がする……。
「それにしてもエルケさん眼をさまさないなぁ。ちょっとゆすってみるか」
「どさくさに紛れておっぱい触ったらだめですよ」
「そんなことするか! 俺はジェントルマンなんだよ。どうしても揉みたい時は土下座してお願いするわい」
「おお、土下座紳士だ」
……こいつらは本当にスパイか?
少し自信がなくなってきた。
「それにしても寒いっすね。エルケさんになんかかけといたほうがいいんじゃないですか? 風邪ひいちゃいますよ」
「そうだな、ダウンでもかけておくか」
絶対にスパイじゃない気がする。
これから尋問する相手に上着をかけるなんてあり得ないことだ。
私なら精神的に追い詰めるために水をかけるところだぞ。
そもそもスパイの顔はここまでのほほんとしていない。
もしこれが演技だとしたらとんでもない凄腕だ。
覚悟を決めて二人と話してみることにした。
ダウンをかけてあげようとしたらエルケの目が開いた。
バッチリ目が合い一瞬だけ怯みそうになるが、事前に決めておいた通り捜査官ぽく振舞うことにする。
「こんなことになってしまってすまない。だがどうしても聞かせて欲しい」
俺は「すまない」と謝りながらも絶対妥協しない日野春捜査官だ。
「何が知りたいんだい? それと、おっぱいを揉みたいんなら土下座なんてしなくてもいいから好きなだけ触ればいいじゃないか」
聞かれてしまったか……非常に魅力的な提案だがそこは無視だ。
「君はどこの組織に属している? ツェベライ伯爵邸で何をしていた?」
「……喋らない時はどうなるんだい?」
ええ!?
どうしよう?
「君を痛めつけることになる……こいつが」
「ええっ!? 自分には無理ですよ!」
こらこら、そこはちゃんと演技しようよ。
そもそも俺たちに尋問なんて無理だったんだよな。
「本当のことを言うと、どうするかはまだ考えてないけど話してもらえないかな?」
エルケは大きく息をついた。
「まったく、真面目にやっている私が馬鹿みたいじゃないかい。わかったよ、こっちのことを教えるからセンパイたちも何をしていたか教えておくれよ」
最初にエルケは自分の素性について話してくれた。
「私はザクセンスのとある騎士団の末端組織に属している。何という騎士団かは聞かないでおくれ。答えても知らないと思うしね」
世間一般には無名の騎士団か。
「ぷぷっ、もしかして影の
「なんだよ、その安直なネーミングは!」
俺と吉岡が笑いながら話しているとエルケの顔が真っ青になった。
「な、なぜその名前を……」
当たっちゃった……。
「そこまで知っているなら隠しても仕方ないね。そう、私たちのトップは宰相のナルンベルク伯爵さ」
初めて聞くお名前ですな。
なんにしろ宮廷の息のかかった組織というのは嘘じゃなさそうだ。
「で、
「……他言は無用にしておくれよ。私たちは聖女の素行調査をしてたのさ」
なんとグローセルの聖女は同盟国であるフランセア王国の第一王子の嫁さん候補になっているそうだ。
嫁さん候補は王族の中から選ばれるはずだったのだが、フランセアの第一王子が宮廷舞踏会で一目ぼれしたユリアーナを貰えないかと打診してきたそうだ。
「家柄、容姿、気立ての良さなどはクリアしているんだけどね、もし男でもいたら問題になるだろう? 後は同性愛者でないかというのも重要になってくる」
それで聖女の素行調査か。
確かに同盟国の王子に嫁ぐのに同性愛者だったら困るかもね。
双方にとって地獄だ。
「というわけで今夜も悪い虫が聖女の窓辺で愛を囁きに来ないかと見張っていたら、センパイさんが現れたってわけさ」
悪い虫じゃなくてヤモリです。
「調査結果はどうだった?」
「開始してまだ3日だが今のところおかしな点はない」
3日か、殺人事件が起こったのは4~5日前だ。
「私の方は全部話したんだからね、今度はセンパイさんの番だよ」
スキル「犬の鼻」のことがバレてしまうけどまあいいか。
「実はな――」
俺はこの下水道で起こった殺人事件のこと、現場に残されたユリアーナの匂いのことなどを説明した。
「にわかには信じられないようなことだね。……だけど百歩譲ってそれが事実だとして、アンタたちは何者だい?」
「知っているだろう? 王都警備隊南地区中隊所属クララ小隊のヒノハルとヨシオカだよ」
「魔法や特殊能力が使える伍長たちって、そんなのは普通いないんだよ!」
ここにいるんだから仕方ないじゃないか。
ちなみに日給は600マルケスだぞ。
あ、俺たちの給料って下水道の掃除夫より低かったんだ!
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