第66話 謎の一団

 顔がバレることだけは何とか避けたいところだ。

クララ様に迷惑がかかるし、王都警備隊が聖女の調査をしていたなんて受け取られると面倒なことになる。

もっとも、それ以前に俺の命を心配するべきか。

いきなり殺さないところを見るとこちらの正体を知りたがっているのだろう。

こんな風に冷静に分析できるのも「勇気六倍」のお陰か。初めて貰った時はクズスキルかと思ったけど、こうしてみると本当に役に立つスキルだ。

さて、このピンチを切り抜けなくては。

俺の左手は剣を首筋につけているやつの腕に触れたままだった。

だったら……。

ゼロ距離での麻痺魔法は外れるわけもなく、硬直した相手はそのまま大地に倒れこんだ。

それと同時に振り返り魔力を具現化して棒を作り出す。

「……」

だが敵は一言も発せずに俺を取り囲んできた。

一人一人が荒事に慣れているようだ。

プロか……。

倒れた男を含めて敵は全部で6人。

しかし、こいつら何者だ? 

伯爵家の人間なら大声で人を呼ぶだろうが、仲間がやられても声一つ上げないなんておかしいぞ。

しかも全員俺と同じように覆面をしている。

「お前たち、盗賊か?」

俺の誰何すいかに答える者はいない。

そりゃそうだ、覆面をしているやつが正直に答えるわけがないよな。

俺だって正体を知られたくないからバラクラバを被ってるんだもん。

と思ったら向かい合っているやつらの一人が武器を下げた。

「その声、それにさっきの魔法……もしかしてセンパイさんかい?」

え? 

その呼ばれ方はこれまでの人生の中で1度しかされてない。

たしか王都への旅の途中で出会った……。

「マッサージをしてあげたお姉さん?」

ごめん、名前は忘れちゃった。

「ああ、エルケだよ」

そうそうエルケだ。

本名かどうかはわからないけど。

「センパイさんは確か王都警備隊で軍務についてたはずだったねぇ……」

あの時、そんな話をした気がするな。

「そういうエルケさんは何者なんだい? ブレーマンの街へ行くと聞いた気がするけど」

覆面の奥にあるエルケの目が細くなった気がした。

「私たちは敵同士ではないと思うんだよね。少し場所を変えて話せないかい?」

武器を向けられて敵じゃないといわれても説得力はないぜ。

まあ。伯爵家の人間でないことは確かだろう。

それに5対1では少々分が悪い。

「そういうことなら武器をひっこめてくれないかな? 話し合いに剣は必要ないだろう?」

暫くの間はあったが、俺を取り囲んでいたやつらは全員が剣を鞘に納めた。



 伯爵邸を出て少し行ったところに小さな橋があった。

橋の下には両脇の建物の間を縫うように幅4メートルほどの川が流れている。

ここなら話し合いの場所に丁度いい。

いざとなったら「水上歩行」で川の上を走って逃げられるからね。

「この橋の上で話そうか。 ところでここはどこだい?」

「ライムント通りだよ……」

ライムント通りの橋の上か。

それだけわかれば大丈夫だろう。

今さら隠してもしょうがないのでかぶっていたバラクラバを脱いだ。

エルケも覆面を外している。

エルケの仲間には見える範囲で少し離れた場所にいてもらった。

「改めて自己紹介した方がいいのかな?」

「その必要はないさ。エッバベルク騎士爵クララ・アンスバッハ様の従者のセンパイさんだろ? 以前にきいたよ」

よく覚えていられたもんだ。

でもセンパイは名前じゃないんだよね。

吉岡がそう呼んでいるのを聞いて勘違いしたのだろう。

まあ訂正しなくてもいいや。

「すごいね、旅の途中で一度会ったきりの人間を憶えていられるんだ」

「仕事柄、そういうことは得意なのさ」

「で、エルケさんのお仕事って?」

言葉を選ぶように、少しだけエルケは沈黙した。

「私は宮廷のとある組織の一員だよ。以前ブゲンドルフの町で会った時は、センパイさん達が決闘したカンマーシュテット男爵の不正を暴くために活動してたのさ」

諜報機関とか監察機関みたいな組織かな?

「もしかして監察官?」

「そんな偉いさんじゃないよ。私らはその手足としてこき使われる方だね。「影の目」なんて呼ばれる者たちさ」

よくわからないけど秘密の実働部隊なのかな? 

忍者みたいだ。

「それで、センパイさんは何を探ってたんだい。単に覗きが趣味ってわけじゃないんだろう?」

話してもいいけどこちらの情報だけ伝えるのは癪だな。

「エルケさんが何をしていたかを教えてくれるなら俺も正直に話すよ」

エルケは呆れたように片をすくめる。

「たいした自信だねぇ。こちらは一人気絶しているとはいえまだ5人もの人数でセンパイさんを取り囲んでるんだよ。手荒なことはしたくないから素直に話してもらえると助かるんだけどね」

橋の両サイドに人を配置して退路を塞いだつもりなのだろう。

この寒空に川に飛び込むとは思っていないらしい。

「そちらこそ随分と強気だね……」

「センパイさんの得意技は麻痺魔法だろう? 5人同時に掛かれば……」

「麻痺魔法だけじゃないかもしれないぜ?」

もちろんブラフだ。

魔法に関しては麻痺魔法だけなんだよね。

ああ、新しい魔法スキルが欲しい。

実際のところ5対1じゃ勝負にならないと思う。

「……わかった。話すよ」

エルケは表情を崩さぬまま軽く頷いて先をうながしてきた。

さて、どれくらい時間稼ぎができることやら。


「ことの始まりは三日前だ。俺の上官にエマ・ペーテルゼンという曹長がいるんだけどね、その人にグローセルの聖女の話を聞いたのがきっかけだった……」

ここから俺はのらりくらりと、どうでもいい作り話を始めた。

話に聞いた聖女が俺の生き別れの妹にそっくりというとんでもなくデタラメな作り話だった。

「聖女様が妹だとは思わない、だが俺はもう一度あの優しい妹に会いたかった。そして今日俺は聖女様にはじめてお目にかかり確信したのだ。あれは俺の妹に間違いないと」

もうメチャクチャだな。

エルケの目が段々怖くなってきてるぞ。

「さっきからわけのわからないことを。 ……元からそちらの情報は話す気はないということか」

小さな橋の上に剣呑な空気が張り詰めていく。

そろそろ逃げ出さなきゃダメかなと思っていた時、やっと待っていた声がイヤホンに響いた。

「(先輩、お待たせしました)」

途中で引き返してきた吉岡が到着したようだ。

俺はエルケたちと橋の上に来る途中からずっと無線機の通話ボタンを押しっぱなしにして吉岡に状況を伝えておいたのだ。

「残念だけどセンパイさんを拘束するよ。出来れば抵抗しないで欲しいね」

剣を抜いたエルケを俺は正面から見つめる。

「エルケさん、本当のことを話してほしかったら貴方の上官と所属を明らかにして下さい。信用できると判断すればきちんと話します」

「……交渉は決裂だね」

エルケの言葉が終わらない内に橋の左右に大きな火の壁が出現した。

俺は欄干から建物の壁に「ヤモリの手」で張り付いて登り、身動きの取れなくなった相手に麻痺魔法を撃ちこんだ。いつも通りの黄金パターンだ。

「助かったよ吉岡」

建物の陰から現れた吉岡をみてぎょっとなる。

火遁かとんの術でござる」

「いつの間に黒装束買ってんだよ! ずるいぞ」

「中野で買ったでござるよ」

「ござる」がちょっとウザいけど忍者装束はかっこいい。

鎖帷子の代わりにチェーンメイルを装着しているのか。

足はゴム裏の防水足袋たびか。

「で、どうします?」

「エルケさんだけ下水路まで馬車で運んで尋問しよう」

「なんですか、そのエロゲ展開は!?」

「ばか! 話を聞くだけだよ」

別にいやらしいことをしようなんてつもりはない。

話を聞いたらすぐに開放するつもりだ。

協力できるようならこちらの情報を流してもいいくらいだぞ。

荷馬車にエルケを乗せて夜の街を移動した。

ザイルでエルケを縛る時に、ちょっとだけ興奮してしまったのは内緒の話だ。

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