第64話 庄内と川越

 南地区に借りた秘密の隠れ家で俺と吉岡はいつもの商人姿に変装した。

今夜はベルリオン侯爵の館で新たに仕入れた腕時計を披露する約束になっている。

予め頼んでおいたレンタルの馬車を借りて出発だ。

城門で市内に入るのに身分をあらためられたがベルリオン侯爵の書状があったので問題なく通過できた。

 無言で馬車を操っているとどうしても考えはグローセルの聖女に思い至ってしまう。

俺にはあの少女が事件と無関係とは思えなかった。

偏見でも予断でもない。俺の「犬の鼻」がそう告げているのだ。

「そういえばリアへの手紙は出しましたか?」

ユリアーナのことを考えていた俺を吉岡が現実に引き戻した。

「ああ、きょうギルドに行って頼んできたよ。3800マルケスとられた」

封書一通送るのに3800円とは恐れ入った。

交通網が発達していないから手紙を送るのにも結構な料金がかかるのだ。

しかも相手に届く確率は78%くらいらしい。

それでも俺がリアに手紙を送ったのには訳があった。

実は俺はリアに王都にきてくれないかという打診をしているのだ。

というのも、俺たちは今商人に偽装しているわけだが、これから城壁内に店舗や住居を構える予定だ。

当然その住居には日本で仕入れてきたものがたくさん溢れるだろう。

そして基本的にこの世界の住人には俺たちの出自を知らせたくはない。

だったら信用が置けて俺たちがどこの誰かを既に知っているリアに家や物の管理を任せるのが得策だと考えたのだ。

慣れない王都では困惑してしまうかもしれないがラガス迷宮で魔石取りをするよりは家令として商家の家政を取り仕切る仕事の方が安全だと思う。

もちろんゾットとノエルも一緒に連れてくるように書いてあるし、三人が暮らしていくのに充分な給金は払うつもりだ。

それにリアが来てくれれば召喚される回数が増え、俺のスキルの数もその分増えるかもしれない。

双方にとって損はない話だと思うのだ。

「リアが承知してくれるといいんですがね」

「ああ。ただ故郷を離れるのは不安かもしれないよな」

話をしている内に馬車はミアブッシュ地区へと入っていた。



 贅を尽くしながらもどこか寛げる居間で、ベルリオン侯爵は特に仲の良い友12人と食後酒を楽しんでいた。

先程、デザートの後に出されたコーヒーのカップの美しさにゲストが一様に驚き、今はブランデーグラスの煌めきにうっとりとしている。

その様子を侯爵は満足そうに見ていた。

「さあ侯爵、そろそろ教えてくれてもよろしいのではないですか? 先程のカップやこのグラスをどこで手に入れたのかを。らされる事を楽しむのは貴婦人のたしなみというものですが限度というものがございましてよ」

手に大粒のサファイヤの指輪を付けた伯爵夫人が一同を代表して声を上げた。

「まあまあ、もう少しだけ私にこの優越感を味あわせていただきたいものですな。ですが、これ以上はご婦人方が許してくれませんかな?」

「ご婦人だけではないぞ。私とてもう待ちきれないのだからね」

初老の男がブランデーの入ったグラスを掲げながら目を細めている。

これは王族の一人だった。

「バルタザール様にそう言われてしまえば白状するしかありませんな」

ようやくこれらの品々の出所を話す気になった侯爵にゲストの視線が集まっていた。

「実を言えばこれらの食器はこの世界のものではないのです」

少しトーンを落とした公爵の声に皆は耳をそばだてた。

「もしかして、異世界から召還された勇者の持ち物なのですか?」

美しい30代の貴婦人が質問してくる。

この女性は侯爵がずっと愛人にしたいと思っている男爵夫人だった。

彼女の夫は国の研究機関に勤めており、その関係で男爵夫人は異世界から勇者召還された人物の持ち物を内緒で見せてもらったことがあるのだ。

平たい小さな板のようなもので、不思議な質感をしていた。

なんでも遠く離れた場所にいる人と会話をするための装置らしいのだが、今は魔力が切れていて使えないとのことだった。

「そうではないのです。私の知り合いに大変不思議な商人がおります。元々はブレーマン伯爵の紹介で知り合ったのですが。その者たちは……異世界の品々を召喚できるそうなのです」

その場にいた全員がハッと息を飲んだ。

異世界からの召喚者は神々からギフトと呼ばれる特別な力を与えられている。

目の前で異彩を放つ品物も同じように異世界から来たというのなら、この神々しい輝きにも納得ができるというものだ。

「そのような商人がいるのならば是非引き合わせて貰いたいものだ」

「もちろんですバルタザール様。今夜はスペシャルゲストがいるとあらかじめ申し上げたではないですか」

「まあ、さすがはベルリオン侯爵ですわ。ご自分のお買い物を私たちに見せびらかそうなんて!」

伯爵夫人の貴族ジョークを侯爵は軽く微笑んで受け止めた。

「今夜の買い物では私が優先的に品物を選びますが、その後は皆さんがそれぞれに交渉されたらよろしいでしょう」

「だが何者なのだ? 異世界の物品を召喚する術など聞いたことがないぞ」

バルタザールという王族が首をかしげている。

「極東から北方諸国経由で我が国にやってきたと本人たちは言っていましたね。なんでも船が難破してスウェーダスに流れ着いたそうです」

「なるほど……」

バルタザールが更なる質問を投げかけようとした時に居間の扉が開いて侍従が姿を現した。

「旦那様、ショウナイとカワゴエの二名が到着いたしました」



 相変わらずベルリオン侯爵の館はゴージャスだ。

しかも今夜は12人もの招待客が来ている。

予め侍従さんに失礼のないように注意されているが招待客の中には王族もいるらしい。

ひょっとすると今夜の商談のでき如何いかんでは王宮への出入りも許されてしまう可能性もでてきた。

浮浪者殺害事件とグローセルの聖女のことが頭をちらついていたがしっかりと切り替えていこう。


「お目通りをお許しいただきありがとうございます。こちらは侯爵にご賞味していただくために持参した酒でございます。どうぞお納めください」

ロイヤルカスタマーにはブランデーをプレゼントです。

「うむ、今日も楽しませてもらうぞ。書状には腕時計が手に入ったとあったな」

侯爵の口ぶりから察するに腕時計を知っているようだ。

この世界にも置時計と懐中時計が存在していることはリサーチ済みだが腕時計も既に開発済みなのか?

「侯爵様は腕時計をご覧になったことがあるのですね」

「うむ。数年前に召喚された勇者が身につけていたものを見たことがある。動かなくなってしまって久しいと聞いている。今は王国の宝物殿に保管されたそうだ」

そうか、勇者召還された人が見につけていた時計があるんだね。

きっと電池が切れて動かなくなってしまったんだな。

そういえばこの国にも勇者が召喚されていたな。

その内に会うこともあるかもしれない。

とにかくこの世界で開発された腕時計は無いようで安心した。

それなら俺たちの商売も成り立つかもしれない。

「本日は以前よりお見せいたしておりました食器類に加え、今お話しのあった腕時計と懐中時計をご覧に入れたいと存じます」

吉岡は侯爵家の使用人たちに燭台をさらに五つも運んできてもらって設置している。

光源と光量はなるべく多くした方が宝石は輝いてくれるからだ。

使用人たちは100マルケス銅貨ですでに買収済みだ。

彼らは抜かりなく蝋燭やテーブルを用意してくれた。

今日は黒いベルベットの布も用意してあるぞ。

この上に置くと宝飾品である時計の見栄えがすごくよくなるのだ。

さあ、貪欲に食いついてくれ。一点目は縦長の楕円ケースにダイヤモンドをあしらった小さな女性用腕時計だ。

プラチナとゴールドを加工した丸みのあるブレスレットが特徴である。

「この輝きはミスリルか?」

「いえ、プラチナでございます」

「ばかな! プラチナの加工は大変難しいと聞いている。それなのにこのような柔らかみのある細工が施せるとは……」

皆が眩しそうに眼を細めている。

「いかがですか、よろしければお手につけてみてください」

吉岡がでっかい宝石のついた指輪をした奥さんに試着を勧めた。

ナイスだ。

この人は自分の欲望に忠実そうな顔をしているぞ。

「ああ……素敵だわ……」

「とてもよくお似合いでございます。奥様のように白く綺麗な肌をした方が身につけるとプラチナの映えも一段上がるというものですね。どうぞ皆様にお見せしてあげて下さい」

よしよし、指輪の奥さんはうっとりと陶酔しているようだ。

出足は好調だな。さあ今夜も売って売って売りまくるぞ!

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