第62話 次鋒 ヒノハル
初戦は余裕をもって勝利できたように見えるが実はそうではない。
楽に勝てたのは相手が俺の棒術を知らずに油断していたことが大きな要因だ。
普段の俺は弓、剣、槍ともに大した使い手ではない。
これでもクララ様に鍛えられて少しは強くなっていると思うんだけど、せいぜい普通の兵士の技量だ。
ベックレ中隊長たちは俺の訓練風景を事前に見て、そのことを知っていたのだろう。
だから慢心していたのだと思う。
俺程度が相手ならば余裕で勝てると信じていたはずだ。
おかげでそこに付け入ることが出来た。
だけど本番はここからだ。
もう敵は油断してこないだろう。
……俺が思っていた以上に「棒術」のスキルは優秀だったようだ。
心配していた続く副将戦も無難に勝つことができてしまった。
足の甲に一撃をくらった相手は戦意を喪失して
やべえ、「棒術・半棒術」はかなり使える。
スキルは微妙ながら成長することは証明されているから、今後はクララ様に相手をしてもらってさらにクオリティーを上げていくとしよう。
自陣を見ると治療を終えたハンス君達が戻ってきていた。
でもなんだかハンス君の顔色が悪い。
「どうした? まさか回復魔法が効かなかった?」
「いえ、アキト様が回復魔法を使えるなんて知らなかったものですから……」
ああ、それでびっくりしちゃったんだね。
俺たちが魔法を使えることはハンス君やエマさんにも話していなかったな。
さっきまで「アキトさん」と呼んでいたのにいきなり「アキト様」にランクアップしてるよ。
「内緒にしといてね。僕は聖職者になるつもりはないから」
「アキトさんは隠れ賢者ですもんね」
なんだその称号は?
吉岡らしいけどさ。
いよいよ次は大将戦だ。
流石にこれまでのようにはいかないだろうから気合を入れて試合場に入る。
既にベックレ中隊長は用意を済ませて待っていた。
……中隊長の雰囲気が変わったな。
それまでは上官にいいところを見せたい爵位なしの騎士の顔をしていたのだが、今目の前にいるのは戦いに臨む一人の武人だった。
いつもの人を貶めようとする意地悪な顔は鳴りを潜め、ただ心静かに試合の始まりを待っている感じだ。
これは手強い……。
開始の合図と共に突っ込んでくるような愚を中隊長は犯さなかった。
ゆっくりと時計回りに動きながら間合いをはかっている。
移動時に体軸をわざとずらして左肩に誘いの隙を見せてやったが引っかかっては来なかった。
随分と慎重になっているな。
こちらから仕掛けてみるか。
俺とベックレ中隊長では戦いの間合いが違う。
槍より棒の方がやや近距離だ。
相手の懐に飛び込めるかどうかが勝敗を分けるカギとなるだろう。
そして武器を持った敵の懐に飛び込むという行為はとんでもなく恐ろしいことなのだ。
頼むぜ俺の「勇気六倍」!
牽制の
しかもパワーが段違いなので、受け返された時にこちらの態勢が流れそうになる。
流石に御前試合の予選決勝進出は伊達じゃないな。
たまに繰り出してくる突きもスピードと重量があって完全に払いきることは難しかった。
完全に払えないから次の動作へと移るのに一瞬のタイムラグが出来てしまう。
一連の動きが流れるように決まれば連続技にいけるんだけどね。
互いに攻撃し易い場所へ踏み込もうとして体の位置や踏み込み先の取り合いになっている。
そんな陣取り合戦のような状態がしばらく続いている。
打ち、受け、誘い、躱し、踏み込む。
こんなことを繰り返している内に、いつしか俺は試合が楽しくて仕方がなくなっていた。
生まれて初めて強者と戦うことに喜びを感じていたのだ。
自分の技量に近しい相手と戦う時に感じる、肉体も精神も研ぎ澄まされていくような感覚がこんなに心地いいなんて知らなかった!
クララ様との稽古の時は圧倒的に向こうが強かったからわからなかったんだよね。
そして俺の抱いている気持ちはベックレ隊長も同じなんだと思う。
よく漫画とかで「拳で語り合う」とかあったけど、今ならなんとなくその気持ちがわかるな。
もっと、もっと、自分の持っている技の全てを出し切るくらい戦い続けていたかった。
何事にも終わりはやって来る。
きっかけはベックレ隊長がいれた一つのフェイントだった。
緊張を強いられる場面ではついつい身体は相手のフェイントに反応してしまうものだ。
攻撃の虚実を見極められず、フェイントに釣られてしまえばそこを付け込まれる。
だがフェイントというのは裏を返せばそれ自体が隙でもあるのだ。
試合が長引くにつれて隊長のフェイントは惰性の中段突きが多くなっているのに俺は気が付いていた。
ここは一つフェイントに合わせてみよう。
繰り出された中段突きがもどされる瞬間にその流れに乗るように懐へ飛び込んだ。
攻撃を受けずに懐に飛び込めた瞬間に俺の勝利は確定していた。
槍を使っている隊長にとって超近距離での攻撃方法はほぼない。
俺は棒を隊長の脇の下に入れ、脚をかけて地面に組み伏せた。
「…………まいった」
一体どれくらいの時間を戦っていたのか分からなくなっている。
周りを見るとたくさんの将兵が俺たちの試合を見に来ていた。
倒れていた隊長が起き上がろうとしたので手を差し出すと拒否せずに手の平を強く握られた。
腕に力をいれてベックレ隊長を起き上がらせた。
「お疲れ様でした」
「ああ」
短い返事だけでベックレ中隊長は自陣へと去って行く。
その顔は悔しそうながらも、どこか清々しささえあった。
大きな拍手に包まれた会場で俺はしばらく自陣へ帰ることも忘れてぼんやりしていた。
……そうか、俺は勝ったんだ。
その後も俺たちの快進撃は続き優勝にこぎつけることが出来た。
戦ったのは俺とハンス君だけなんだけどね。
おかげで優勝分隊に送られる青いスカーフと金一封を貰えることが出来た。
奨励金は皆で分けようといったのだが、エマさんとフィーネは受け取ることに難色を示した。
「私は大将で一試合も闘っていないんですよ。なのにスカーフはともかく賞金を受け取るような
「私も弓術の部で自分の賞金は貰ったしいいよ。コウタさんとハンス君で分けたら?」
だったらみんなでご馳走でも食べに行こうか?
クララ様も誘って皆でいくことにしよう。
ドレイスデンは地方に比べたら少しだけ物価も高いけど6人で5000マルケスあればかなりのご馳走が食べられる。
「どうしよう。私、高級店にいけるような服なんて持ってないよ」
「兵隊なんだから制服で大丈夫だよ。俺たちも制服でいくからさ」
学生さんとか兵隊さんとかはこういう時は便利だな。
洗濯してある制服に今日貰ったばかりの青いスカーフを付ければそれなりに見栄えはするものだ。
俺と吉岡は商人に偽装する時の比較的いい服をもってはいるが、今日は皆に合わせて制服でいくことにした。
クララ様とエマさんは貴族らしいお出かけ用の服に着替えている。
エマさんのスカート姿を初めて見たけれど、これはこれでよく似合う。
普段より1.5割増しで可愛かった。
王都での冬の贅沢と言えば魚介類だ。
ドレイスデンは内陸部にあるが寒くなるこの季節はラインガ川を遡上して運ばれる海の幸が楽しめる。
辛口の白ワインと共に皆でふんだんに海の幸を楽しんだ。
一夜明けて、俺たちは何故か王都警備隊本部に呼び出されていた。
長官であるカルブルク子爵直々の呼び出しだという。
何か変なことでもしたっけ?
執務室に通されると機嫌よさげな子爵が出迎えてくれた。
「よく来てくれたアンスバッハ殿。それに後ろの諸君も昨日はよく頑張った。私も試合を観覧していたが、なかなか見ごたえのある内容だったぞ」
よかった。
お叱りを受けるようなことでもあったかと心配したが、そういうことではなさそうだ。
「君たちに来てもらったのは特別任務に就いてもらうためだ。昨日の武芸披露会をご覧になったバシュ将軍からのご依頼だぞ」
「はっ。ご命令を拝聴します」
「うむ。君たちにはグローセルの聖女の護衛についてもらう」
聖女の護衛?
もしかして魔王退治にでも駆り出されるのか?
「アンスバッハ殿の武勇は私もよく知っているし、君の従者たちも優秀であることは昨日の武芸披露会で分かった。聖女様の護衛であれば女性の多い君たちがうってつけだろう」
なんだかわからないがエマさんが感激している。
聖女の護衛がそんなに嬉しいの?
状況をよく呑み込めないまま貴族街のお屋敷へ聖女様を迎えに行くように指示された。
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