第61話 やっぱりアレは100倍で
向かい合って整列したベックレ隊の面々は全員がごつかった。
俺も吉岡もこの世界では長身の方なのだが相手には2メートル近い筋肉隆々の兵士もいる。
フィーネにあんな奴の相手をさせるのは可哀想すぎる。
残酷ショーになってしまうぞ。
「ぐふふ。アンスバッハ殿がどの程度部下を鍛えているか見てやろう」
そんな殊更に大きな声で言わなくてもいいだろうに。
雌オークは何とかクララ様を貶めたいようだ。
でも、これで負けたら立場がないぞ。
でも、自分から出てくるということはそれだけ自信があるということか。
「エマさん、ベックレ中隊長ってどのくらい強いんですか?」
「去年行われた御前試合では予選の決勝まで残ったそうですよ。最後に負けて本戦には出られなかったみたいですが」
御前試合とは国中から武人が集まりトーナメント形式で戦う、ザクセンス王国のナンバーワンを決める大会で3年ごとに開かれているそうだ。
いうなればZ-1クランプリだな。
魔法の使用はなしで純粋に武術を競う大会だ。
予選を勝ち抜いた48人で争われる本戦は国王陛下をはじめ国の重臣たちの前で繰り広げられ、一般庶民も有料ながら見物が出来る。
ドレイスデンの住人たちが最も楽しみにしているお祭りだともいわれている。
「本戦の48人には入れなくてもベスト96には残れたわけだ。じゃあこの国で100番以内に強い人なんですね」
「厳密にいえばちょっと違いますけど」
戦争に行っていて参加できない兵士や、地方に住んでいるために参加が難しい人もいるそうだ。
ザクセンスは広いからね。
御前試合でベスト4に残れれば庶民でも騎士の身分が授けられ、既に騎士の身分の者は軍における昇進が約束される。
過去にはこの大会の優勝者が剣術道場を開いて成功したなんて例もあるそうだ。
数少ない立身出世のチャンスとして大勢の人が参加を申し込んでくるらしい。
そんな中で予選の決勝まで残ったのならそれなりに強いということだろう。
人数が多いので練兵場をいくつかに分けて試合は行われている。
もう試合を開始したところもあるようで会場のあちこちから喚声が上がっていた。
こちらの準備も整ったようだ。
「ハンス、死んでも一勝をもぎ取ってこい」
エマさんはもう少し応援してあげようよ。
「危なくなったら降参しちゃえ」
吉岡……。
ハンス君の相手はがっちりした身体つきの男だ。
パワーはありそうだけどスピードはハンス君が上のはずだ。
武器はどちらも槍。
というか、槍以外を選択している人はいないね。
みんな模擬戦用のタンポ(槍先につける宛て布)がついた木槍を持っている。
槍以外の武器を使うのは俺くらいのもんだ。
魔力を具現化するところを見られないように、さっきトイレの個室で棒を出してきた……。
名前を呼ばれた二人が中央に出て構えをとる。
おや、ハンス君の相手は
これは相手に対して正面を向く構えだ。
自分の身体の多くの部分を敵にさらしてしまう構え方だが、その分直線的な機動力に優れる。
戦場で突撃する兵士はこの構えが当たり前だが試合に使う人間は少ない。
パワーで圧倒しようという作戦かな。
それに対してハンス君はスタンダードな半身の構えだ。
こちらの方が相手にさらす有効打突部位は少なくて済む。
「はじめっ!」
開始の合図とともに敵は突進してきたがハンス君は上手にいなして敵の側面に潜り込んだ。
そこから高速の連撃を繰り出す。
だが相手は突進を止めずにそのまま走り去ってしまった。
重い一撃を浴びせてそのまま離脱する戦法のようだ。
重量のある兵士が身体ごとぶつかってくるのは中々迫力がある。
だけどリズムが単調すぎた。
2回目に同じ攻撃をしてきた時にハンス君は相手のタイミングに合わせてカウンターの突きを繰り出して、それが敵の腹部に決まった。
慣性の法則は怖いね。
なまじ体重のある人が全力疾走でカウンターをくらったのだから衝撃は自分に返ってくる。
先鋒の兵士はタンカで運ばれていった。
さっきから雌オークが顔を真っ赤にして怒っている。
先鋒だけで5人抜きでもしようと思っていたらしい。
それにしても意外なのはハンス君の強さだ。
普段は表に出さないが実はなかなかの実力を隠しているようだ。
そんなハンス君は次の試合も勝ってまさかの二人抜きだ。
「すごいじゃないかハンス君!」
「ハア、ハア……ありがとう……ございます」
流石に二試合連続は疲れているようだ。
ここで吉岡の回復魔法をかけて上げられればいいのだが、それはさすがに狡いよね。
やっぱり試合は正々堂々とやらなくては。
「どうする、次の試合は代ろうか?」
規定では勝者は任意で次の人に交代できる。
「大丈夫です、やらせてください!」
頬を紅潮させてやる気を
ギリギリの試合の中で今この瞬間にも才能を開花させているのかもしれない。
もしかしたらこの地味で目立たない少年は未来の騎士かもしれないな。
「わかった。君に任せるよ」
「はい」
インターバルを終えたハンス君の前に今度は痩身の男が立ちふさがった。
目は細く酷薄そうな表情で独特の雰囲気を持っている。
今までの奴とはなんとなく違う気がした。
「あの男、怖いね」
フィーネが心配そうにしている。
「ああいうタイプは人を傷つけるのに迷いがないんだよ。ハンス君が少し心配……」
はたしてフィーネの心配は現実のものとなっていた。
既にスタミナがつきかけていたこともあったし、元々の技量も相手の男の方が上だった。
ハンス君はじわじわと追い込まれていった。
この男の嫌なところは猫がネズミを嬲るように少しずつハンス君の体力を削るところだった。
いつでも有効打を入れることが出来ただろうにわざと浅くつき、ハンス君の傷を増やしていった。
そして最後に男はハンス君の頭部、脚部、腹部に三連撃を加えて試合を終わらせた。
本来そのような攻撃を加えなくても勝敗はついていたはずだ。
「吉岡、ハンス君を頼む。フィーネは吉岡と一緒にハンス君を連れて行ってあげて」
ヘルメットをかぶっていたとはいえ頭部への一撃はかなり強烈だった。
腹の肋骨も心配だ。
軍医の手当てよりも吉岡の回復魔法の方が確実だろう。
この場で吉岡が回復魔法を使うわけにはいかないので休憩所まで連れて行って治療することにした。
俺が試合場へ入るとハンス君を打ち据えた男がニヤニヤと笑いかけてきた。
「おいおい、中堅と副将はどこへ行ったんだ? このままじゃ試合にならないぜ」
「必要ない」
男の笑いが引っ込む?
「どういうことだ?」
相手の質問には答えずに構えをとった。
澄ましているんじゃない。
「勇気六倍」を使っても男の顔が怖かったのだ。
バトルジャンキーみたいな顔しやがって。
俺が審判なら青の顔に反則を取るところだぞ。
「はじめっ!」
審判の掛け声と同時に無造作に見えるほどすっすと間合いを詰めた。
相手が牽制で出してきた突きを中段受けで払い、そのまま膝の裏を打ちすえてやる。
バランスを崩した男は片膝をつき、下がってきた頭部に回し蹴りをいれた。
棒術には蹴り技も組技もあるんだよ。
知らなかった?
相手の首筋に棒の戦端を当てると審判が試合を止めた。
「勝者、ヒノハル伍長!」
先ずは一勝だ。
「汚いぞ! なんだ貴様の槍は? しかも蹴り技まで!」
雌オークがクレームをつけてきた。
「自分は槍ではなく棒使いです。武器の選択は自由でしたよね?」
「くそ、
棒というのは言ってみれば単なる木だから簡単に手に入るんだよね。
だから棒術というのは庶民の間で発展してきたという歴史がある。
そういうわけでザクセンス貴族の中には棒術を差別的にみる輩もいるのだ。
何とでも言うがいい。
貴女の言う賎民の技というのをとくとご覧に入れようじゃないか。
怖いから口に出しては言わないけどね。
やっぱり勇気は100倍欲しい。
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