第60話 武芸披露会
武芸披露会は弓術の部から始まった。
20名ずつが60メートル離れた110センチ程の的をめがけて15射してポイントを競う。
エッバベルクからドレイスデンへの旅の最中に何度かクララ様に武芸の手ほどきを受けてはいるが、弓の技術は一朝一夕に身につくものではない。
俺はかろうじて1射のみ的に当たるというていたらくだった。
先輩の番が終わった。
結果は15回射って1本のみ的の端に命中。
正直よく当てられたと思う。
たぶん偶然だろうな。
でも僕がやったらもっとひどいことになりそうだ。
間違いなく全弾外れる気がする。
いや、それ以前に矢が的に届かないかもしれない。
大会の結果なんて僕には興味がない。
どうでもいいから適当にやってさっさと終わらせてしまおうかな。
そんなことを考えていたら、一矢も当てられなかった人が雌オークにビンタをくらっていた。
あんなぶっとい腕で殴られたら首の骨が折れてしまうかもしれない。
いくら僕が年上好きの責められ好きでもベックレ中隊長はちょっとね。
はあ、ペトラさんに会いたいなぁ……。
もう一度会えることがあったら次はもっといいことをしてあげるって言われたけど、どんなことなんだろう?
えへへ……。
あ、はい!
自分の番ですか?
仕方がない、殴られるのは嫌だから魔法を使って適当に点数を稼いでおくとするか。
コウタさんに続きアキトさんも15射すべて撃ち終わった。
コウタさんが1本しか的に当てられなかったのに比べて、アキトさんは10本命中させていた。
でも、アキトさんが風魔法で目立たないように10本の矢の弾道を補正していたのを私は知っている。
どうせなら本気を出して全て命中させてしまえばいいのにと思う。
どうして外したのかを聞いたら「能ある鷹は爪を隠す」というのが「隠れ賢者の美学」なんだそうだ。
相変わらずアキトさんの言うことは難しい。
私なら迷わず1等賞を狙うのに。
だって成績上位3名はご褒美が貰えるんだよ。
優良兵士の証である青いスカーフと副賞の金一封。
得意な弓矢以外では上位に食い込むことはできないと思うから、ここで本気を出さなきゃね。
集中、集中!
……人間って集中しなきゃいけない時に限って雑念が湧いてくると思う。
なんでこんな時にクララ様とコウタさんのキスを思い出しちゃうのよ!
……でもあれはすごかった。
クララ様があんな表情をするとは思わなかったよ。
あれは私でも惚れるね。
それにしても、誰かがキスしているところなんて初めて見たよ。
クララ様には何一つ勝てないのに恋の経験でも並ばれてしまうとは。
私は自分のファーストキスを思い出して暗い気持ちになった。
あれからもう一年も経つんだなぁ。
去年の冬、ちょっといいなと思っていたイーヴォって男の子に私は呼び出されたことがある。
夕暮れの納屋の中は薄暗くてすごくドキドキしていたのを憶えている。
今考えればイーヴォのどこが良かったのよって感じだけど、当時の私は恋に憧れる女の子だったんだと思う。
「お前が好きだ、付き合ってくれよ」
告白の言葉はすごくシンプルだったけど初めての経験に私は舞い上がっていた。
それにイーヴォの顔はまあまあだったし、狩りも上手かったから付き合うのは嫌じゃなかったんだよね。
その場で付き合うことを了承したらいきなりキスを求められた。
頭の隅では、まだ早いんじゃないかな? という感情はあったんだけど、その場の雰囲気と強引なイーヴォに押される形でついつい許しちゃった。
まあ、そこまではいいのよ。
それだけだったら淡い青春の思い出としてフィーネの心の日記帳の1ページを飾る素敵なイベントで終わっていたはずだ。
だけどイーヴォの奴は調子に乗って私の胸に手を伸ばしてきた。
しかも服の下から直だよ!
痛いっつうの!
力任せに揉みやがって!
あまりのことに頭の中が真っ白になっていたけど、先っぽをつままれて正気に返った。
私は鼻息荒く胸を揉むイーヴォの顎に下から思いっきり拳を突き上げてやった。
告白から破局まで僅か10分。
気絶したイーヴォを納屋に残し、私は一人で家に帰ったのだった。
これが私の初めての経験……。
ああ、思い出したら腹が立ってきた!
的にイーヴォの顔を思い浮かべて射ってやる!
午前の内に弓術の部は全て終了した。
クララ小隊の中ではフィーネが大健闘して全兵士の中で2位の好成績を収めた。
流石は元猟師だけのことはある。
一発必中で動物の急所を狙う猟師には二の矢はない。
そういう気構えで一矢ずつ射れば命中率は上がるのだろう。
肉体もそうだけど精神や集中力の鍛え方が違うんだろうな。
「フィーネ、集中するコツとかあるの?」
「……内緒です」
何でそんなに怒った顔をしているのだろうか?
ちなみに1位の兵士はベックレ中隊長直属の部下だった。
続いて訓練用の武器を使った試合が行われる。
これは分隊ごと五人一組の団体戦で、使用する武器は何を使っても構わない。
ただし弓などの飛び道具は禁止だ。
俺たちは分隊には属していないので出番がないと安心していたらベックレ中隊長から直々に参加するように命令されてしまった。
「エマ・ペーテルゼン曹長、ヒノハル伍長、ヨシオカ伍長、フィーネ、ハンス、お前たち五人で分隊を組むといい」
ええ、何でいきなり!?
要するにイジメなんだろうけどさ。
「ぐふふ。下士官が3人もいるのだ。無様な戦いを見せたら下の者に示しがつかんからな、しっかりと戦え」
嫌味な笑いをしやがる。
「先輩、雌オークに嫌われるようなことしましたか?」
「俺は雌のアンコウに対してもジェントルマンだぞ」
不細工だけど差別しないで美味しく食べる。
「どうせクララ様へ対しての当てつけなのです。トーナメント表をご覧なさい」
エマさんに言われて張り出されているトーナメント表を確認すると第一回戦でベックレ中隊長の直属部隊と当たるようになっていた。
しかもベックレ中隊長自ら大将として参加している。
自分たちでクララ様の部下をいたぶってやろうという腹積もりとみた。
ひょっとすると雌オークはクララ様が自分に代わって中隊長の地位に就くことを恐れているのかもしれないな。
「中隊長が参加してもいいんですかエマさん?」
「普通はしないですけどね、ベックレ中隊長は腕自慢なのですよ。上官の前でいい恰好がしたいのでしょう」
よく聞いてみると魔法が使える貴族は参加しないのが暗黙のルールということだった。
だからベックレ隊長が参加するのは問題ないわけだ。
クララ様はもちろん参加しない。
もし参加したら魔法を使わなくても優勝してしまいそうだけどね。
団体戦のルールは先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の順番で戦う勝ち抜き戦の形式だ。
先に全選手が敗れたチームが負けとなる。
「やっぱり大将はエマさんですよね」
エマさんは貴族だし階級も曹長で一番上だ。
こういうところは気を使ってあげないとね。
「はい。そうしていただけると助かります。ペーテルゼン家の者として恥をかくわけにはいかないので」
貴族様は見栄っ張りなのだ。
「さて誰が先鋒をするかだけど……」
「ハンス、お前が行け」
「はい」
エマさんの容赦のない一言で先方はハンス君に決まった。
でもハンス君は気弱そうな顔の割に意外と武芸は達者なんだよね。
さっきの弓術でも789人中27位なんて上位に食い込んでいる。
ヨシオカは229位で俺は734位だった。
「ハンス君、頼めるかな?」
「お任せください。全力を尽くして戦います」
エマさんはハンス君に厳しすぎるんだよね。
ショタのお姉さんに好かれそうなタイプだと思うんだけどな。
もっともエマさんは男嫌いらしいから仕方ないのか。
俺たちのことはセラフェイム様の一件以来無条件で受け入れてくれてるみたいだけどね。
「じゃあ次は次鋒だけど――」
「先輩お願いします」
「私もコウタさんがいいと思う」
こいつらかぶせ気味に押し付けてきやがった。
「自分が出たら魔法を使っちゃいますよ? 痛いのやだから」
「私はちゃんと戦いますけど、勝てる自信はあんまりないです」
フィーネは狙撃兵タイプだから仕方がないか。
吉岡にいたっては大騒ぎになりそうな気がする。
魔法が使えることがばれたらすぐにでも騎士に推薦されてしまうぞ。
だけど騎士に叙任されるとまず最初にポルタンド王国との最前線に送られるんだよね。
平和な時だったらすぐにでも叙爵してもらうところだけど、これがあるから魔法の力を公にできないんだよな。
「吉岡わかってるのか。攻撃魔法なんか使ったら前線送りだぞ」
「だから、先輩が次鋒で頑張ってくれなきゃ」
まあ全力は尽くしてみるさ。
観覧席からクララ様が俺たちのところにやってきた。
「皆も参加すると聞いたが、どういうことだ?」
「ベックレ中隊長の差し金ですよ」
事の経緯をクララ様に説明する。
「そうか……。皆、遠慮はいらん。全力で戦うように」
上官だからって遠慮するなってことだね。
俺も自分のスキルの「棒術」がどの程度のものなのかを確かめたいと思っていたところだ。
だって、クララ様が相手だと多少はうち合えるようになっただけで、まだ一本も入れられていないんだよね。
ベックレ隊だったら遠慮はいらないし、思いっきりやってみることにするか。
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