第59話 今夜二人は

 兵士たちが午前中いっぱいかけてもできなかった仕事をホルガ―はものの30分程でやってのけて見せた。

「殺された男の名前が分かりやしたぜ」

早いなおい!

「それで?」

「旦那、先に頂くものを頂かないと」

出された手の平にクララ様が100マルケス銅貨を落としてやった。

「まいどあり。死んだ男はクンツと呼ばれておりやした」

クンツは一月前からこの辺りの下水路に住み着くようになったそうだ。

「どうもやっこさんはギャンブル狂いのようで、あちらこちらに借金があったみたいでさぁ。取り立ての奴らから逃げ出すために地下へ潜り込んだみたいでして」

だったら金銭トラブルで殺されたのかもしれないな。

「殺しの現場を見た人は?」

「目撃者は見つかりませんでした。ただ、クンツの着ていた服は手に入れることが出来ましたぜ」

ホルガ―はどんだけ優秀なんだよ!

「よく見つけられましたね!」

「兵隊さんには何も話さないですけどね、下水路の住人達は朝からこの話題で持ちきりなんでさぁ。クンツが殺されたことなんて支線の先まで広がっておりやす」

ほほう、浮浪者たちもゴシップは好きなんだ。

「で、持ち主が犯人ってことは?」

「そりゃあないです。この服を持っていたのは六十を越えた肺病みの爺さんでさぁ。それに比べてクンツは普段は飯場で働く四十男ですよ。腕力が違いすぎる。その爺さんが言うには今日の夜明け前に服を着たまま下水の中に浮いていたって話ですよ。何とか水辺まで引き上げて服を剥いだと言ってましたが、嘘はついてなさそうでした」

ということは浮浪者による物取りの線は消えたな。

服を調べてみると腹の部分に二カ所穴が空いていた。

おそらくここを剣かナイフで突き刺されたのだろう。

よく洗ったらしく湿っており既に血の跡は薄くなっていた。

丁寧な洗濯のお陰で残念ながら服についている犯人の匂いは消えていた。

「他に手掛かりは?」

「今のところこれだけでさぁ。これ以上のことは調べてもわからないと思いますぜ」

現場の遺留品はこの服だけで目撃者もなしか。素人の俺にはもう手が出ないぞ。

「わかった、助かったよ」

「へい。そんじゃあ、あっしはこれで」

身をひるがえして去って行こうとするホルガ―の背中に声をかけた。

「ホルガ―さん、また仕事を頼みたいときはどこに行けばいいのかな?」

ホルガ―は嬉しそうに相好そうごうを崩した。

「あっしにご用のある時はそこいらにいる浮浪者にそのことを伝えて下さい。そうすればすぐにあっしの方から伺いやす」

自分のねぐらは知られたくないのだろう。

でも、こういう人との人脈はあったほうが色々便利そうだ。

俺は握手するふりをして1000マルケス銀貨をホルガ―に握らせた。

「今後ともよろしく頼みます」

「へへっ、旦那の為ならいい仕事をいたしやすぜ」

ニヤリと笑う歯抜けのホルガ―はやっぱり憎めない顔をしていた。




 雌オーク(ベックレ中隊長)の意地悪でここ四日間アンスバッハ小隊はずっと下水道掃除夫の監督業務をやらされている。

もはや専任と言っても差し支えないレベルだ。

俺も何人かの掃除夫や浮浪者と顔見知りになっていた。

夕方、クララ様に呼ばれて執務室へ行くと予想していた事態が起きていた。

「今日の会議で殺人事件の捜査は終了となったよ」

あれから事件に関していくつかの聞き込みを行ったがホルガ―の調べてきた以上の収穫はまったく上げられないでいた。

確かに犯人を検挙するのは難しいと思うけど、打ち切りは早すぎないかい? 

「こうなるとは思っていましたが予想より早いですね」

「うむ。死んだのが浮浪者だからな……。いつまでも人員は割けないというのが上の意向だ」

本当は死体が見つかったその日に捜査は打ち切られる予定だったのだが、クララ様が粘って三日間の猶予を貰っていたのだ。

「残念です」

「ああ……」

クララ様の表情は暗い。

会議で嫌味でも言われたのかな?

「お疲れのようですね。マッサージでもしましょうか?」

「なっ!」

クララ様が固まってしまった。

前回マッサージをした時に愛の告白を受けてからなんだかんだできちんと二人で話していないんだよね。今晩はいい機会かもしれない。

「クララ様」

「……」

そんな風に俯かれると俺も不安になるよ。

もしかしてあの告白を後悔している?

「何かあったらすぐに私に話して下さいね。お力にはなれないこともあるでしょうが出来る限りのことはしますから」

「わかっている。……コウタはいつだって優しい……」

ぶっきらぼうにそんなことをいうクララ様が愛しくてたまらない。

「クララ様、私は傍にいますよ。これからもずっと貴女のお傍に」

顔をあげたクララ様の瞳に涙が溢れていた。

「本当に?」

「はい。軍務が終わって貴方がエッバベルクに帰ってもずっとです」

「よいのだろうかそれで?」

「私は貴方の召喚獣なのです」

溢れる涙を優しくぬぐってクララ様の唇にキスした。

しがみつくように抱きついてくるクララ様の髪と背中をゆっくりと撫でる。

日本? 

会社? 

過去? 

全てがどうでもよくなっていた。

俺はこの人と共にこの世界で生きていこう。

改めてそう誓ってもう一度だけ口づけを交わした。


え? 

そこで押し倒せだって? 

そんなことできるわけないだろう。

この国の貴族は建前上は貞淑な観念をたっとぶんだよ。

婚前交渉をせまるなんて相手に対しての侮辱ととられかねないのだ。

万が一誰かに知られてもことだしね。

それに……さっきからフィーネが隣の従者控室から息を殺して覗いてるんだよ。

匂いでバレバレだ。

後でお仕置き決定だな。



 ずっと続いていた下水道掃除夫の監督業務だが今日は久しぶりにお休みとなる。

なぜなら南地区駐屯所の武芸大会のようなものがあり偉いさんがやって来るからだ。

王都警備隊長官のカルブルク子爵だけではなく、その上のナンチャラ将軍とかも来るらしい。

ここの責任者の雌オークは腕自慢だからやたらと張り切っていて、昨日は遅くまで会場の整備にこき使われた。

しかも他の兵士たちには直前まで武芸大会のことは知らせず、自分の直属部隊だけに特別訓練をさせていたようだ。

体は大きいくせに人間としての器が小さい。

きっとそうやって上官にいいところを見せて中隊長の地位まで上り詰めたのだろう。

でも雌オークドーリス・ベックレという人は魔法が使えない貴族だ。

その根底には忸怩じくじたる思いがあったのかもしれない。

軍でのし上がるにも相当な努力が必要だったことだろう。

そう考えれば可哀想な気がしないでもない。

せめて俺に迷惑をかけないでくれれば俺も優しくできると思う。

そのぶっとい首にマッサージをするくらいのことならやぶさかではないのだ。


 練兵場には800人近い兵士たちが整列していた。

正面の高い観覧席にはカルブルク子爵や長髪の将軍様が座っている。

更にその一段下にはベックレ中隊長や各小隊の隊長たちが並んでいて、クララ様もその列に加わっていた。

掃き溜めに鶴。

泥中でいちゅうはちす

万緑叢中紅一点ばんりょくそうちゅうこういってん

もうね、クララ様だけが光り輝いてるんだよ。

女性の騎士も何人かいるんだけど月とスッポンてやつですよ。

うわあ、俺はあの人とキスしちゃったんだ……。


「これより南地区駐屯所の武芸披露会を開催する!!」

胸の内に沸いた感慨をかき消すようにベックレ中隊長の濁声が響いた。

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