第53話 ザクセンスの経済事情
テーブルの上に広げられた6670万マルケスをみつめて、クララ様は茫然とし、吉岡は不敵に笑った。
「まさか全部売れるとは思わなかったよな」
「よっぽど金が余ってるんでしょうね」
ベルリオン侯爵とその仲間は俺たちが持ち込んだ品を全て買い取ってくれた。
しかも即金で払ってくれたのだ。
最初はツケで購入しようとした侯爵たちだったが現金購入以外は受け付けられないと強気で断ると、すぐにご用商人に連絡を入れて金貨を用意させていた。
きっと商人に金を預けて運用していたのだろう。
そしてこれからも珍しい品が手に入ったら館に来るようにと約束させられた。
今後は侯爵家、伯爵家が二家、男爵家に出入り自由としてお墨付きまで貰ってしまった。
こうして無事に商売は終わったのだが俺たちが帰る頃になって、売られたばかりのティーセットやグラスを賭けて再び侯爵たちのカード勝負が始まったのには驚いた。
庶民の俺には未だに王侯貴族の金銭感覚は理解できない。
「次に仕入れた商品が捌けたら、いよいよ店舗購入に向けての資金が出来そうですね」
6670万円分の商品がこれまで通り12掛けで売れれば約8億マルケスの売り上げか。
四分の一も売れれば充分だろう。
「用地の選定を今からしておいたほうがいいな」
「やっぱり店を出すんなら城壁内ですよね」
ターゲットは貴族などの富裕層なのだから当然そうなる。
一般庶民で字を読める人はほとんどいないので、新聞を読める人間はやっぱり城壁内の住人だ。
「次の送還は明後日だったよな」
「ええ、忙しくなりそうです」
問題は送還されれば日本時間で12月20日の22時であるということだ。
さっさと商品を仕入れたいのだが20日は既に店が閉まっているし、21日は火曜日だから会社があるのだ。
「もういっそのこと二人して明日辞表を提出しましょうか」
「それは皆に悪いと思うぞ……」
同僚の顔が頭に浮かぶ。
プライベートな付き合いこそないが仕事では良好な関係を築いてきたのだ。
いきなり同じ課の人間が二人も抜けたら迷惑をかけてしまうので心苦しい。
「三枝さんなんて真面目だから毎日終電まで残業しちゃうと思うぞ」
三枝さんはうちの課のお局様的な人だ。
俺は新人の頃からお世話になっている。
かなり地味でぽっちゃりした体型だから職場で異性としての人気は低い。
だけど仕事はできるし、人を思いやれるし、料理も上手なので俺は好きだった。
「確かに三枝さんには悪い気はします。でもあの部長のことを考えると“ざまあ!“としか思えませんよ。……まあ自分も届けを出したその日に離職できるとは思っていませんけどね」
民法では辞職の意思表示をしてから2週間経過しないと労働契約は解約されないことになってるんだよな。
だからもしも会社にまだ来てくださいと言われたら最低2週間は出社しなきゃいけないわけだ。
ただいずれ辞表は出すつもりだ。
だったら早い内に意思表示をして今後のことを話し合った方がいいだろう。
離婚を機に田舎へ帰ることにしちゃおうかな。
本当はザクセン王国への移住なんだけどね。
「全部リセットしてゼロに出来たら楽なんだろうな」
「難しいですよね」
離婚より退職の方がよっぽど面倒だと思ったが、それは口に出さずにおいた。
それにしても6670万マルケスか。
これだけ分の仕入れは結構大変そうだ。
100万円くらいのセットを買うにしても66セット以上になる。
買うのも大変だが運ぶのはもっと手間がかかるだろう。
俺の空間収納は高さ33×横幅38×奥行63(cm)しかないのだ。
これでも少しだけ大きくなっているんだけど、焼け石に水だな。
「全部仕入れに使うのは実質無理でしょうから、少し運用してみますか?」
「ふむ、商人か個人に貸し付けるか? 国に貸すという制度もあるぞ」
クララ様も領地経営をしているだけあってそういうことには詳しかった。
基本的にこの世界における利殖によるお金の運用方法は3つだ。
先ずは知り合いの商人に預けること。
商人は預かった資金を元手に商売をし、結果として分配金を支払う。
利息は純利益の何パーセントかになるので大繁盛した場合の見返りはデカい。
その代わり商売が失敗すれば利益はでないので提供した資金よりも戻ってくるお金が少ない、元本割れの可能性もある。
システムとしては地球の株式投資に似ているだろう。
次に個人への貸し付けがある。
日本でお金を借りる場合、金融機関では法定金利の上限は15%~20%と決まっている。
それ以上の利息はつけてはならないのだ。
100万円を借りた場合は一年間の利息が15万円を超えることはない。
ではザクセンス王国はどうか。
なんと日本より金利が低いのだ。
上限は7%である。
もしお金を借りるのならば日本の銀行やサラ金で借りるよりザクセンス王国で借りた方がずっと安くつく。
だけど、落とし穴もあるんだよね。
ザクセンス王国では担保に人間が適用されるのだ。
だから、借金のかたに娘や子どもが娼館に売られるなんてこともよくある話らしい。
ほかにも西大陸へ出かける貿易船の船員に無理やりされたりもする。
日本に置き換えるとマグロ漁船に乗せられる感じかな?
最期に国に貸し付けるというのがあるのだがこれは国債を買うようなものか。
「アンスバッハ家でも国に若干の金を貸しているのだよ」
「国が相手なら信用できますもんね」
吉岡がそう言うとクララ様は少しだけ顔を顰めた。
「そうでもないのだ。貸し付けたのは亡き父上でな、戦費を賄うために貴族たちに貸付金を募った際に応募していたのだ。新興貴族ゆえの見栄というものもあったらしい」
半ば強制的な要請だったようだ。
貸付期間は5年で利率は年に14%つくそうだ。
「すごい高利率じゃないですか! 日本の国債の200倍以上だぞ」
「今は超低金利ですからね」
日本の国債は長らく利率1%を切る状態が続いている。
国が相手だから安全な投資先ではあるそうだけど俺は買ったことはない。
だけどザクセン王国のそれは国債とは少し性質が違うようだ。
「それでもコウタ達の国では貸付金は確実に返ってくるのだろう?」
え?
ザクセンスでは返って来ないの?
「償還の原資はポルタンド王国からはぎ取る支配地域の徴税権なのだよ」
つまり、戦争で領土を広げないと貸した金が返って来ないというわけですか。
「それは……なんというか……」
「呆れる話であろう? 父上もそれで必死に戦功を立てようとしていたよ。戦争に勝たなければなけなしの貯金が無くなってしまうのだからな。エッバベルクの人口を減らした原因の一つさ」
下級貴族も大変だが、領民も大変だ。
「そういうわけで国への貸付だけはお勧めできんな」
クララ様の皮肉気な笑いに心が痛んだ。
戦況はザクセンスが優勢で、国境沿いのいくつかの街を包囲しているそうだ。
このままうまく開城されればクララ様の資金は増えるだろう。
だけどポルタンド王国の援軍が包囲網を破ったり、噂になっているオストレア公国の参戦が決まったら状況はどうなるかわからない。
俺たちとしてもいつデフォルトするかわからないようなものに投資する気にはなれなかった。
「商人へ金を預けるのが無難だとは思うが、今一番盛んなのは西大陸会社への投資だな」
西大陸会社とは西大陸との貿易独占権が与えられている国王勅許の会社だ。
会社といってはいるが商業ギルド的な側面が強い。
「地球で言う東インド会社みたいなものですね。重商主義に貿易差額主義ですから、確実に儲かるとは思います」
吉岡は結構乗り気みたいだけど、俺としては今一つやる気が起こらない。
だって西大陸会社が儲かるということは、それだけ西大陸の獣人たちが
植民地支配される側のことを考えてしまうと気軽に投資という気分にはなれなかった。
自覚はないけど俺って犬顔らしいだろ?
ラインガ川のほとりで初めて猫人族の兄妹に会ってから、なんとなく獣人には親近感があるんだよね。
投資の話は急ぐことではなかったし、配当を受け取れるのもずっと先の話なのでとりあえずは保留となった。
暫くはまっとうな商売でボッタくることに邁進しよう。
日本へ帰ったら高額商品をなるべくたくさん仕入れることで話は決まった。
アルミ製の軽い
次の送還に向けて辞表を書いたりザクセンス語のフォントを作ったりとやらなければならないことは多かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます