第52話 領地と名馬

 警備隊就任を五日後に控えてやることは多かった。

最初にドレイスデンの大まかな地理を覚えなくてはならないし、上官など人の顔と名前も覚える必要もある。

俺たちはクララ様の従者なのでどこかの分隊に組み込まれるわけではなく、直属の兵士としてクララ様を補佐することになるそうだ。

ちなみに警備隊における俺と吉岡の階級は伍長になった。

読み書き計算ができること、それからバーデン湖で魔石の密輸を未然に防いだ時の感状が役に立ったらしい。

下っ端はなにかと大変そうなのでありがたく拝領しておいた。

騎士見習いのエマさんは曹長でフィーネとハンス君は平の兵卒となる。

攻撃魔法が使えれば騎士になることも可能なのだが、クララ様との契約があるのでとりあえずは今のままでいいと思っている。

先ずはやらなければならないことを順番に消化していくことに努めよう。

そして軍務と並行して自分たちのやりたいことやイケメンさんに頼まれたことも始めなくてはならない。

「いずれにせよ先立つものが必要ですよね」

吉岡の言う通り、店舗を開くにしろ新聞を立ち上げるにしろ必要になるのは資金だ。

今こそブレーマン伯爵の紹介状が役立つ時が来た。

クララ様にお願いしてブレーマン伯爵から紹介された貴族を巡ることにした。


 3人で協議して地位の高い順に巡っていくことになり、最初の行先はベルリオン侯爵という人になった。

訪問に先立ち俺がアポイントメントを取りに行ったのだが、ベルリオン侯爵の館がある城壁内は城壁外とは別世界だった。

金のかかった建物が多いというのもあるのだが、街路が城壁外と比べてあきらかに清潔なのだ。

聞いたところによると国家予算で専門に雇われた人間が定期的にゴミを拾い、道を掃除しているそうだ。

治安も城壁内はとてもいい。

不潔な格好をしているとそれだけで旧市街には入れてもらえないそうだ。

街に入るのにドレスコードがあるって結構すごいことだよな。

俺は警備隊の制服を着ていたので問題なく通してもらえた。

しかも今回は道案内もいる。

「すいませんねエマさん。わざわざ道案内をしてもらって」

「い、いえ。ヒノハル……殿のお手伝いが出来て光栄です」

エマさんはイケメンさんこと、セラフェイム様の姿を見てからずっと俺たちに緊張しているんだよね。

俺たちが天使ではなく人間であることは納得してくれたみたいだけど、かなり畏れられている気がする。

でも、そのおかげで協力的になってくれたのはよかった。

たぶんイケメンさんもその辺のことを考えてあの時エマさんにも自分の姿を見せたのだろう。

「エマさんのご実家もこの辺りにあるんですか?」

俺の質問にエマさんは大袈裟な身振りで答える。

「とんでもない。ペーテルゼンの家は城壁内とはいえ南端になります」

今俺たちがいるのは王宮のある中心地から少し北へ行ったところだ。

城壁内は高級住宅街とはいえ、その中にもいろいろランクがあるようだった。

「我々が向かっているミアブッシュ地区とはどういったところなのでしょうか?」

「そうですね、この王都で一番のお屋敷街といっても過言ではないでしょう。私のような男爵家の次女にとっては少々気後れする場所でもありますね」

国一番の金持ちたちが集う地区というわけだな。

だったら遠慮はいらない。

今夜もレッツ・ボッタクリだ!


「ところでコウタ殿、クララ様はベルリオン侯爵にどのようなご用があるのでしょうか?」

エマさんには俺たちの商売に関してはまだ内緒にしている。

「北方貴族の領袖りょうしゅうたるブレーマン伯爵からなにか頼まれごとをしたようですよ」

ここは適当に誤魔化しておこう。

「ああ、そういうことですか。手紙やお荷物を預かったのかもしれませんね」

ずっと二人きりで歩いてきたのでエマさんとも少しずつぎこちなさが取れてきた気がする。

傍から見れば若い上官と中年の副官といった感じに見えるのかな。

恋人には見えないことは自分でも自覚しているからわざわざ言われなくても大丈夫だ。

 街の中心地へ近づくごとに建物の密集度が緩和されていく。

一つ一つの御屋敷の敷地面積がどんどん上がっていくのだ。

そして案内されたベルリオン侯爵の邸宅を見て俺は自分になじみ深い建物を思い出していた。

これって迎賓館になんとなく似ている! 

迎賓館赤坂離宮は俺の職場やアパートのある四谷からすぐの場所だ。

鉄格子の正門から見ると遥か向こうに大きくて瀟洒な建物が見えるその様子が日本の風景を思い出させた。

ちなみに迎賓館赤坂離宮は1000円くらいで内部を見学できることはあまり知られていない。

ベルリオン侯爵は不在だったが家令にブレーマン伯爵の紹介状を預けることはできた。

これでそのうち返事が来るだろう。

電話がない世の中はのんびりしているとつくづく思った。



 髪型が変われば人の印象は大分変る。

ウィッグを付けた俺を眺めてクララ様は感心した様な声をあげた。

「ブロンドのかつらをかぶるだけでこうも見た目とは変わるものなのだな」

「まだまだですよ。ファンデーションを塗って、付け髭を付ければ更に変化しますからね」

俺へのメークは吉岡が担当している。

「本当はカラーコンタクトを買ってくれば完璧だったんですけど、その時間はなかったのが残念です」

以前、吉岡がアキバで買ってきてくれたグッズを使って俺たちは変装の最中だ。

首都警備隊の兵士が陶器やクリスタルガラスを売るというのも変な話なので、俺たちは北方諸国経由でこの国にやってきた商人に偽装することにしたのだ。

とりあえずはこれで何とかなるだろう。

肝心の商品の出所についてだが、これは大量の財宝を時空神に捧げることによって、異世界から召喚していることにした。

この世界の何処にも生産場所はないし、偽装することも不可能なのでこういう設定にするしかなかったのだ。

それに商品は実際に日本から運んでいるので完全な嘘ではない。

とにかく商品の量は少なく、手に入れるには金と手間暇がかかるという印象操作をすることが肝心だ。

人はレアなものほど欲しくなる。

 一番上等なスーツに着替えて黒いマントを羽織った。

この方が俺たちも着慣れているし、この世界の人にとってはミステリアスな印象を与えることが出来るかもしれない。

借りてきた馬車を使って、指定された時刻である21時に送れないように出発した。


 ベルリオン侯爵の居間に通された時、侯爵は友人たちとカードをして遊んでいた。

カードは地球のトランプとそっくりで4人一組で楽しむゲームのようだ。かなり白熱しているようで俺たちが室内に入ってきても侯爵はカードから目を離しはしなかった。

「しばらく待ってもらおう。もう少しで男爵からパルテンブルク村の所有権をいただけそうなのでな」

「いやいや、そうはいきませんぞ侯爵。例のレースで優勝した黒馬を今夜こそは私のものにして見せますからな」

領地と名馬を賭けてるんだね。

お馬さんはともかく領民はびっくりだろうな。

それともこの世界ではこの程度のことは大したことではないのかもしれない。


 15分ほど待たされたが勝負は侯爵の勝利となり、パルテンブルク村は侯爵のものとなった。

負けた男爵には申し訳ないが、こちらとしても取引相手の機嫌はいい方がありがたい。

幸先の良い展開だ。

「さて、確かブレーメン伯爵からの紹介だったかな?」

ベルリオン侯爵は労働などしたことのない白い指を組んで優雅にこちらを見上げた。

「はい。是非とも私共の商品を見ていただきたくまかりこした次第でございます」

恭しく頭を下げる俺たちに侯爵は別段の興味も示さずに言った。

「伯爵の紹介であるから品物は見せてもらうさ。せいぜい楽しませてくれたまえ、今夜は私のごく親しい仲間も来ているからな。カードの合間の余興にはちょうど良いだろう」

「私としては早くカードテーブルに戻りたいものですな!」

さっき賭けに負けた男爵が哀れな声を出して一同を笑わせていた。

それにしてもついている。

侯爵の家にお友達まで来ていたとはね。

わざわざ宣伝する必要が省けるというものだ。

「まずはこちらのクリスタルガラスからご覧くださいませ」

 侯爵家の居間は金持ちだけあって部屋のあちらこちらに置かれたランタンや燭台によって明るく照らされていた。

いま、俺の取り出したグラスはそうした多数の光源からの光を受けて様々な角度に光の粒を反射する。

「一品目、花のモチーフを施したロックグラスでございます」

俺の説明に何か言うものは一人もなく、しばしの間その場の全ての人間が目を凝らしてグラスを見つめていた。

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